98 板前クラッシャー 後編
番組の再開は、お店の客席部分がバズーカの被害で散々な状態を片付けているスタッフ達の映像から始まった。
「はい、それでは千木良さん。今回はどのようなお料理でクラッシャーと戦おうと考えていますか?」
何時の間にか隣りには店主の千木良が居た。
「丼小堀発着の味噌を使ったてめぇ味噌のぶっかけ汁でも作ろうかと」
「先程のVTRでの説明とは違い、見た事も聞いた事も無い味噌で酷い名前の料理を作ろうとしていますが、お店としてはそれで良いんですか?」
「どうせまともに作らせてくれないんだから、誇りも信念も下水に流しちまったよ」
「ああ、それで先程までトイレに籠っていたんですね。あの、これでも一応料理番組なんですけど、分かっていますか?」
「食いもん屋でぶっ放す番組だってのは身に染みて分かってるよ」
「はい、ぐうの音も出ないので、試合開始と行きましょう。ではスタート」
タメも何も無い開始の合図で試合は始まった。
「はい、それでは千木良さん。まず初めに何から行いますか?」
「そりゃあ、鍋に水入れる所からだろ」
「ふっ、悪いが鍋には全て蟹を入れておいたのさ」
「な、何だって!?」
千木良が鍋の蓋を取って覗き込むとザリガニが入っていた。
「なら塩ゆでにして食っちまおう」
「ふふ、果してガスが点くかな?」
千木良が何度コンロを捻っても火が付かない。
「な、何故だ!? こんな時に故障かよ」
おでこを叩いてショックを受ける千木良。岩清水は不敵に笑う。
「ふ、何か月も前からガス料金の支払いを止めていたのさ。督促状は全てこちらの手の中だ」
「な、なんて姑息な……。店そのものを潰そうとしてるじゃないか」
「私は板前クラッシャー。板前が潰れるためなら何だってするのさ。法に触れない範囲でな」
既に触れているような行動ばかりだが、そこは番組。各方面には根回しを済ませ、収録語にはきちんと後腐れが無いようにしている。
が、重要なガスを止められたのは千木良にとって痛手だった。
「なら、薪だ。薪でやってやる。飲み屋の爺ちゃんから被っていた焚火台を貰っといて正解だった」
「っと、ここでトラップを発動させよう」
「今度は何をやりやがった」
「完全変形、タキビダインG3にしておいた」
「タキビダインG3!?」
「そうさ。これは焚火台から立体パズル。そしてロボットに変形する板前クラッシャーの手先の器用さが成せる唯一無二の特別なロボットに生まれ変わったのさ」
「な、なんて事を……。うちの孫はロボットが大好きなんだ。こんなレアものを渡した日にゃあ、孫の評価が獏上がりじゃないか」
「さあ、どうする千木良さん。これで火起こしをしたら、途端に孫からの評価は底抜け真っ逆さまになるだろうな。もしかしたら、一生口を聞いてはもらえないかもなぁ」
実に外道な事を言う岩清水。
千木良は歯を鳴らして悩んだ。そして、決断する。
「孫には、孫には代えられん!!」
スッと懐にタキビダインg3を仕舞い込む千木良。
「それは今回の参加証だ。大事に扱うようにお孫さんに言うのを忘れないで置いてください」
急に丁寧語で注意する板前クラッシャー。
お茶の間では、この何処に着陸するか分からない距離感が人気との事。
鍋とガスを封じられた千木良。次はどんな手段で立ち向かうのか。
「ならばまんまザリガニを出せば良い。磯臭かろうが生臭かろうが関係無い。自然の命の味を堪能すれば良いんだ!!」
板前クラッシャーの前に鍋を出そうとする千木良。この番組では、完成品を板前クラッシャーの前に置いた時点で試合終了となる。
「おっと、待つんだ千木良さん。もしもこのザリガニが病原菌を持っていたらどうする? 仮にやらせだろうと、病人を出した店というレッテルに、何か月耐え凌ぐことが出来るだろうなぁ?」
邪悪な笑みを浮かべる岩清水。
ならばと、路線変更で手千切りのサラダを出そうと試みたが、冷蔵庫の野菜室は可愛い動物達の大集合で餌場に変わり果てていた。
「鍋もガスも野菜も駄目……。残されているのは包丁か……」
しかし、包丁を使うような材料が手元に無い。
絶体絶命の千木良の耳に、米の炊ける音が。
自分は仕込んではいない。これは板前クラッシャーの罠か?
不審に思いつつ、炊飯器の下に行くと一枚の写真が貼られていた。
「こ、これは……!?」
それは千木良の孫が頬に米粒を付けながら頑張って米研ぎをする写真だった。
写真を握りしめ、千木良は板前クラッシャーに詰めよる。
「ど、どうしてあんたが孫と一緒に写ってるんだ!!」
「それはですね、私が孫の初めてを奪ってやったからさ」
放送倫理に触れそうな発言をした板前クラッシャーを庇うように画面下にデカデカとテロップが流れる。
※初めての米研ぎの事です
「な、何て事を……。孫と一緒に初めての料理をするという夢がぁぁぁ」
膝から崩れ落ちる千木良。
全種の敗北へのテンカウントが始まる。
「そこで炊き上がったコメは、料理初心者のお孫さんが力加減も分からずにもみくちゃにした完全失敗の白飯だ。そんな状態で扱いきれるかな?」
更に心を折りに来る板前クラッシャー。
残り五秒。
「――ま、だだ」
千木良が立ち上がり、カウントストップ。
「孫の初めてはまだある!!」
ギリギリを攻める千木良に再びデカデカテロップが。
※米研ぎの事です
「何を言う。お孫さんの初めての料理はこの板前クラッシャーが奪ったのだ。何をしようと、次からはセカンドなんだよ」
「考えが甘かったな、若造が。上手くできたの初めてが残っているだろうがぁぁぁ」
炊き立て熱々の白飯に手を突っ込む千木良。
熱さをものともせずに、三角の形にしていく。
「こ、これは!?」
「仕上げの塩だぁぁぁ」
頭上より高い位置から振りかける塩が、勝利への輝きのように照明に反射していた。
「出来たぁ。食えっ」
二個のお握りを板前クラッシャーの前に出し、試合終了。
料理人の振る舞いでは無かったが、この店の惨状でそれを指摘する者は居ない。
店を滅茶苦茶にされた中で、千木良は全力で料理をした。やり切ったのだ。
「さあ、それでは判定と行きましょう。千木良さん、いただきます」
判定もMCの全種なので、出された料理は彼が食す。
一口食べ、二口、三口と食べ進める全種。
「う、うぅぅ……」
泣き崩れる全種。
「ぱ、パパ!? どうしたのさ、パパ!?」
板前クラッシャーでは無く、冒頭のようなオフ状態で心配をする岩清水。
「あ、あれを食べてみるんだ」
残されたおにぎりを指差す全種。
「分かったよ、パパ」
何故、父親がこのような状態になったのか。恐る恐る口に運ぶ岩清水。
一口食べると、不思議な光景が広がっていた。
母が熱さと格闘しながらおにぎりを作る姿。
二口めを食べると、母親と二人でおにぎりを食べる光景が。
「ま、まさか……」
三口めを運ぶ。
次に見えたのは、家族三人でおにぎりを頬張る光景。
どれも岩清水が知らない記憶だったが、実際に在ったかのように鮮明に蘇ってきた。
「30年か……。ずいぶん待たせてしまったな……」
「ぱ、パパ!?」
「役所に行こうと思うんだ。そして、ママに会いに行くよ」
待ちに待ってた言葉が出たぜと、岩清水の目が大きく輝き、潤んでいた。
「一緒に行くよ。今夜はおにぎりだね」
「そうだな。コンビニで買い占めようか」
三人とも、ご飯をまともに炊けないので仕方が無い。
仕事を忘れ、全種と岩清水は店を出た。
残されたのは千木良。
「ええっと、この勝負はどうなるんだ?」
突然の出演者のご帰宅に、困惑する千木良。
「ええ~、プロデューサーです。ただいまの勝負は、千木良さんの勝利です。おめでとうございます」
最初は動揺激しい撮影スタッフ達がまばらな拍手から入ったが、次第に合わさり、大きな拍手となった。
「それでは勝利した千木良さんには賞金の――。ええ!? 着服してとんずらしたから手者とに無いだって!?。追え。草の根分けてでも探し出せ!!」
別の問題が発覚し、慌ただしくなるスタッフ達。
「すみません、千木良さん。清掃代と賞金は近日中にお渡ししますので……」
先ほど指示を出していた時とは打って変わって腰の低いプロデューサー。
「あ、それではまた次回。あなたは板前クラッシャーに勝つ事が出来るかな?」
本来なら全種が言うお約束の台詞をプロデューサーが言って番組は終了した。