95 ミソポタミアン
北にあるとある地域で、住人を二分する問題が古くから続いていた。
東に味噌派が集えば、西にポタージュ派が集う。
睨み合い、拮抗する二つの派閥。
そんな地域の地図を見て見ると、東と西の丁度中間地点であり、地域の中心に一軒の店があった。
何とも不思議な事に、境界線を跨いで建てられたその店は、東に味噌汁を、西にポタージュを提供する飲食店だった。
そこに一人の食通を名乗る男が現れた。名を岩清水という。
その店に現れた男は、店の扉を開けると、そのまま真っすぐ歩き、店の中間の席に腰を下ろした。
そこは地域住民ならば絶対に座らない席。その席に座る者は、どちらをも選べない軟弱者と呼ばれ、この場所では暮らしてはいけない。
岩清水はこの地域に住んで居る者では無かったため、そんな事は関係無いのだが、二人のそれぞれの派閥の料理長に睨まれ、身を震わせた。
水を出し、味噌派の料理長が岩清水に訊ねた。
「ご注文はお決まりですか?」
岩清水はメニューを見ずに言った。
「この店で一番美味いものを頼む」
料理長達の間に火花が散った。
「分かりました。では、ポタージュを用意しますね」
ポタージュ派の料理長が笑顔を向けた。
「あちらよりもこちらの味噌汁の方が絶品ですよ」
と笑みを向ける味噌派の料理長。
どちらが先に最高の料理を出すか。二人の料理長の戦いが始まった。
とは言っても、従業員にオーダーを伝え、早く持ってこさせるだけのこと。
結局、同時に料理が岩清水の前に出された。
両者、岩清水がどちらから先に口を付けるのか。先に飲み干すのかを見つめ続けた。
岩清水は、最初に味噌汁を。次にポタージュをと、交互に飲んだ。
ある程度の所で、岩清水は顔を上げ、両者を見た。
「残念だ。実に残念だ」
料理長達は、何の事だか分からない。
「食通の私に言わせると、ここの料理は実に残念だ。何故、地域性を考えないのか。冬に味噌。冬にとろみ。何故この二つを合わせないんだ?」
今まで対立していた二人には全くない発想だった。
「もう一度言います。この店で一番美味い物を頼む」
岩清水はそう言うと、出された料理を飲み干した。
料理長達は、視線をぶつけ合い、意思疎通をしていた。
「俺がホットな味噌汁を作る」
「俺は温かく包むポタージュを作ろう」
二人に鍋で鍛えられた丸太のような腕がクロスした。
厨房に戻った二人は、既に互いの料理が頭にあるかのように、同時に仕上げた。
「「お待たせしました」」
味噌汁のポタージュとして、岩清水の前に用意したお椀に注がれる一杯。
「では、いただきます」
神妙な面持ちで啜る岩清水。
口からは湯気が漏れた。
「ああ、美味い。間違い無く一番美味い料理だ……」
その感想に湧き上がる厨房。がっちりと握手をする料理長達。
長きに渡る問題に光明が見えた瞬間だった。
「ではお題の方――」
味噌派の料理長が岩清水に声をかけた時、その席に人の姿は無かった。
一部始終を見ていた客が言う。
「急いで出て行ったよ」
殺気立つ厨房。全員が岩清水を追って店を飛び出した。
その後、岩清水が吊るされたのかは分からない。
新時代の幕開けとなったこの料理。
味噌とポタージュと人が一つになったその料理の名前はミソポタミアンという。