1 俺、転生したかも
人は生まれ変わる。時を、場所を越え、未知の先へ。未知から今へ。
最近出来たというおかしな団体がそんな事を訴えていた。
何故急にそんな団体の言葉を思い出したかというと、今し方頭を打った時に見えたからだ。
クワでも壊せないような塊が、継ぎ目無く天を突くほどに聳え立つ不思議な世界の光景が。
そこでは貴族が見れば大枚を叩いて手に入れようとすると思われる質の良い生地で作られは服を着る集団が居た。
俺の目にはどれも同じに見えるその服の集団は、何処へ向かおうとしているのか分からなかったけれど、性別関係無く列を成して歩いていた。
その横には、馬車とは違う、車輪に似た円い物を四つ付けた棺桶を二段重ねにしたような高さの箱が人以上の速さで動いていた。
周囲の人は皆、生気の無い顔をしていた。まるで不作で収穫量が少ない年の、税を村長に渡した後の両親と同じ顔をしていた。
不思議な世界が物珍しく、俺は何度も周囲を見合していた。
そこに、先程から何度も視線が合う奴が居た。
そいつは、俺が最初に見た継ぎ目のない塊の中に居た。
そこだけ塊とは物が違うようで、水を張った桶に物が映っている時のようだった。いや、正しくは、桶の水よりももっとずっと、綺麗に映っていた。
余りにも目が合うものだから、俺はそいつと話そうと思い、近付いた。すると、相手も同じ事を思ったのか、近付いてきた。
奇妙な事に、近付くとそいつの向こうにも人の姿があった。透けているそいつの向こうでは、椅子に座り、手を見つめる村長くらいに老け込んだ人だったり、一つだけだとすぐに収穫期の小麦のように垂れる薄い何かを何枚も持ちつつ何かを考えている人が居た。
「なあ、あんた。あれは何をしているんだ?」
透き通ったままの相手に指を指し、尋ねる。すると、何故か相手も指差した。
もしかして俺も透き通っているのかと不安になり、自分の体を触った。
ボロボロだったり、ごわごわしていない生地の手触りに俺は驚いた。普段来ている古着よりも質が良い。売ればかなり儲かりそうだった。
よくよく考えると、先ほど貴族が欲しがりそうだと思った服と同じ物を着ていた。
それから、自分の体におかしな所が無い事を確認しつつ、そんな事を考えていると、一つ気が付いた。
(透き通ってる奴も同じ物を着てないか?)
顔を上げ、もう一度透き通った奴を見た。そして、自分の手を動かし、相手の動きを確認した。
間違い無く俺だった。
髪に元気が無く、目に輝きが無い。髭の剃り跡があるから身なりには気を使っているようだけれど、何日も食事を口にしていなかった時を思い出させる痩せこけた頬の男が映っていた。
(こんなくたびれた奴が何時かの俺なのかよ)
自分のあんまりな姿にショックを受け、俺は後ろによろけた。
そこでその世界の景色が終わり、目を開けると見覚えのある自分の世界に居た。
というよりも、転んだ場所に居た。
「自分の何時かの姿には落ち込むけれど、こいつは凄いぜっ」
明らかにここでは無い場所の存在を知り、浮かれた俺は、急いで家に戻った。
「母ちゃん。俺、転生してたみたい」
ドアを開けての第一声。飛び出す母ちゃんの拳。
頭を打たれ、俺は痛さにしゃがみ込んだ。
「痛いぜ、母ちゃん。いきなり頭をぶつけた俺を殴る奴があるかよ」
「痛いのはあんただよ。頭をぶつけておかしくなったんだろ? どうだい、今ので戻ってないかい?」
そんな家電製品みたいな直し方があるかよ。
「ん!? 母ちゃん、家電製品って知ってるか?」
「更に悪くなったね。どれ、もう一発」
肩をグルグル回し、より威力が出るようにと準備に入る母ちゃん。
「待ってくれ。何度も殴られちゃ、あの世に行っちまうよ」
「うちは供養するほどの金は無いからね。これ以上馬鹿言って殴られたくないならもう止めな」
「殴られたくは無いけど、本当だってば。信じてくれよ」
母ちゃんの目を見て、俺の本気を伝えてみる。
すると、母ちゃんは生暖かい目で俺を見始めた。
「洗い場の川があるだろ。あそこに船が一隻あるから、それに乗りな」
俺をあの世に送る気らしい。
「また殴られちゃたまらねぇ。こんな家、出てってやるからな」
「体に気を付けて行っといで。頭が治ったら戻っといで」
着の身着のままで家を飛び出す俺に、母ちゃんはそう言って送り出した。
「絶対異世界はあるんだよ。ちくしょう……」
頭の中を見せれれば一番なのにと、出来ないもどかしさに腐る俺。
「川に船って言ってたな。お、あれだな」
俺が住んでいた村は王国の土地の中でも端も端。金なんて無い貧乏村だ。
だから、俺が見つけた旅立つ相手用のおんぼろな送り船としか見えない船が一隻だけあったとしても、俺は驚かなかった。
「冷静に考えたら、俺船泥棒だよな。まあ、村の中で罪人が出て、その罪人が逃げたら家族に責任が向かうんだから、きっと泥棒じゃないな」
母ちゃんが勧めたのだから、大丈夫だろうと、俺は陸に上がっていた船を川へと押し出した。
乗り込むと、俺が出来る事は無いから、横になった。
「この川の終わりには港か町があるらしいからな。そこで俺の話を信じる奴を探そう」
と、目を瞑った。
しばらくすると、背面に濡れている感覚があると気付いた。
もしやと思い起き上がると、船に水が入り込んでいた。
「おいおい、母ちゃん。ほんとに送り船だったのかよ!!」
下手に動けば確実に沈む。かといって、このままでも沈む。
川に逃げても流れが速いから、助からない。逃げ場無しだった。
「これ、また転生すんのかよ!?」
俺は頭を抱えて叫んだ。そして、川の中を泳ぐ船と共に水中に沈んだ。