残念男爵令嬢は今日も自虐します
設定ゆるゆるのお話です。
温かい目で見て頂けると嬉しいです。
私エリザベート・カリアータ男爵令嬢の朝は早い。朝の五時には目を覚まし着替えを済ませると屋敷の周りを三十周ほどランニングして、筋トレ、木剣を素振り五百回。それが終わると汗を流して身支度を整えて家族揃っての朝食。
それからは、勉強したり稽古したり勉強したり稽古したり。
ええ、淑女の嗜みはそこそこです。刺繍は人に見せられたものではないので、諦めました。え? 諦めていいの? ですって? 本当ならダメでしょう。でも私は本当に壊滅的で、教えてくれていた侍女が私に諦めることを勧めてくれました。ありがたい話です。いざとなったら代わりに刺してくれると約束してくれたので問題は解決です。
ダンスは結構いけます。運動神経が良いので自信があります。でも、なかなか披露する機会が無いので残念ながら宝の持ち腐れです。え? なんで披露できないの? ですって? 私の身長が百六十九センチでして、とても高いのです。百七十センチはありません。決して誤魔化してはいません。私はそんなちっさい女ではありません。ええ、そうです。小さくないんです。
女性の身長は百五十五センチ前後にヒールの高さを加えて百六十五センチ前後くらいが理想です。残念ながら私は高すぎて、お父様と兄様くらいしか踊ってくれる人はいません。その兄様にも婚約者がいますから、私をエスコートしてくれる人はもっぱらお父様で、いい歳してお父様にエスコートを頼み続けるのも恥ずかしいので、パーティーにはほとんど参加をしていません。
令嬢同士のお茶会ですか? 親しい友人のユーリス侯爵令嬢、セザンヌ男爵令嬢、アライア子爵令嬢とはしますよ。他の方は無理ですね。私は笑いの種なので楽しくありません。なので、限られた方としか交流はありません。
ちなみにユーリス様は兄様の婚約者です。え? 身分が不釣り合い? 気にしないでください。兄様は身分を超越するほどの美男子です。
ユーリス様のひと目惚れで、ガンガン押しまくっていつの間にか二人はお付き合いするようになり、ユーリス様が侯爵様をあの手この手で説得して婚約までこぎ付けたそうです。
しかも婿入りするので、男爵家は私が継ぐ予定です。え? そうです、兄様は嫡男です。変ですか? 問題ありません。私を嫁に貰ってくれそうな方は見つからなそうなので、むしろ追い出される心配をしなくて済みます。しかも、親戚から養子をとることもできるので大丈夫です。お父様はとても自由な方です。
はい、そうです。私は身長が高すぎて女子力が低いため、二十歳になっても婚約者が居ません。
ハー、言わせないでください。落ち込みますので。
しかも、私には前世の記憶があります。前世で私は、日本人男性でした。アクション俳優志望で時代劇ではいつも斬られ馬から落ち、川に浮かぶ可哀そうな人役でした。
特選ヒーロー物にも出たことがあります。えー、もちろん頭からすっぽり被り物を着ているので、顔が映ったことがありません。台詞は「ホーホー」でした。もちろんフクロウではありません。雑魚キャラで、ただ殴られ蹴られ斬られ爆風で吹っ飛ぶ役です。
高い所からは落ちてません。高所恐怖症だったので。生傷は友達でした。
そんな私の前世の記憶が戻ったのは、兄様と遠乗りをして競争している時でした。
兄様と目的地前まで接戦だったのに、何かが目の前に落ちてきたと思ったら私の目に掛かりました。あまりに突然だったの、吃驚して手綱を引いてしまい、そのままバランスを崩して馬から落ちたのです。いえ、正確にはバランスを崩した瞬間に、飛び降りて受け身を取って回転しました。
そうなんです。その時なんです、記憶が戻ったのは。すんごい既視感でした。あれ? こういうの何度か体験してるなぁって思ったんです。エリザベートである私は、一度も落ちたことなかったんですけどね。
兄様も驚いていました。
もちろん、今の技を教えてくれって言われたので断りました。自分でも何がどうなってそうなったのか分からなかったですし。むしろ、なぜ私の身体の心配もせずに、私が飛び降りたことを感心しているのか疑問です。
因みに私の目にかかったのは鳥の糞です。本当、私って残念な人なんです。
それからの私は、前世の記憶と格闘していました。だって酷いんです、私の過去。
役者志望は貧乏が基本なので、アパートは風呂無し共同トイレのボロアパートでした。バイトは引っ越し業社でしたが、撮影がある日は仕事に入れないので結構ウザがられてました。
しかもエキストラの仕事は、給料は安いのに拘束時間は長いんです。落ちたり、車にはねられたりすれば一回の給料は良いけど、私はスタントマンじゃなくてアクション俳優を目指していたので、そこまで身体を張ることはしませんでした。
それなのに、なんであの時引き受けちゃったんだろう。先が見えない不安と給料の良さで契約書が輝いて見えたんです。長くやられ役をやっていたので、現場ではちょっとした常連でした。そんな私を何かと世話してくれたディレクターが困っていたのもあります。恩返しとか考えちゃったんですよね。
え? どんな仕事かって? 火だるまですね。これ以上は言えません、思い出したくないので。お察しの通りその仕事で、私は転生をしたようです。
これを自分の中で消化するのに一か月程かかりました。分かります? 今の私は身も心も女性です。そんな私が、男の人だったんですよ?なんか色々生々しくて一人でベッドで悶えてました。
え? そこ? って思われたあなた。想像してください。男性の身体とかいろんな機能とか熟知している自分。もう最悪です。
二十歳の処女がやたら情報だけ豊富っていう残念耳年増ですよ。
あ、ここがどんな世界なのかは知らないので聞かないでください。本の世界とか、異世界とかいろいろあると思いますけど、私にそんな知識はないので。
そんな私が一念発起したのは、転生前を思い出してからです。
私は時代劇が好きでした。私が成人する頃にはすっかり少なくなってしまいましたが、子供の頃は毎日何かしらの時代劇がやっていたのです。
それから養成所に通ってアクション俳優を目指したわけですが、憧れの芯になりたかったんです。芯とは立廻りの主役のことですね。真ん中に立っているとやられ役が突っ込んできて、芯が華麗に斬って斬って斬りまくります。
あ、ここで重要なのは芯より斬られ役です。芯が引き立つように派手に斬られ、腕を掴まれれば芯に迷惑をかけないように、腰を落とし腕を一切ブラつかせません。しかも、ただ握られているだけなのに、締め上げられているかのように、顔を苦しそうに顰めたりとかして。はい、ここが結構重要です。芯が腰を落とす人なら、握られた人はさらに腰を落として芯より目立たない。足も腰もプルプルですよ。
残念ながら私は斬られる専門だったので、芯になるという夢は果たせませんでしたが。
そういうわけで、私は騎士になろうと思います。今、安直と思った方。まぁ、その通りなので否定できません。芝居じゃないんだぞ、人斬れるのか? って思った方、大勢いらっしゃると思います。今は戦時中ではないので、そうそう人を斬るなんて物騒なことは起こりません。たぶん、大丈夫です。
お父様は健在で、しばらくは自由にしていいと言われております。
それに私には、何も無いのです。本当に何も。持っているのは、高い身長とお父様や兄様に似た切れ長の目の、男装すれば立派に男に見える凛々しい顔だけです。
家族は可愛い可愛いと言ってくれます。お友達も美しいと褒めてくれます。無理に褒めさせて申し訳ないといつも思っています。私は、可愛くないし男顔です。
あぁ、前世が女性でこの顔なら宝塚を目指せたでしょうか? いやいや、私如きが宝塚など、役者の方たちに失礼でしたね。申し訳ありません。
とにかく私は騎士を目指すべく、入団テストを受けることになっています。本当なら、騎士学校に通って基礎を身に付けて、テストを受けてようやくという順番がありますが、私のチート能力『兄様の婚約者ユーリス侯爵令嬢のコネで、試験に捻じこみ作戦』を発動しました。
ここで注意しなくてはならないのが、兄様のご友人、ダイアン・コーエン伯爵です。
ダイアン様は王家直轄の騎士団第三部隊の隊長です。兄様の学生時代からのご友人で、何度も我が家に遊びにいらっしゃっています。私はお茶の席に同席させていただいたことがありますし、遠乗りをご一緒したこともありとてもよくしていただいていると思います。とても溌剌とされていて太陽のような笑顔の素敵な方です。
ですが、私が剣を握ることをあまりよく思われていませんでした。
私が剣を握るようになったのは、前世の記憶を取り戻してからなので十七歳の時からです。
当時ダイアン様は兄様と同じ十九歳で、すでに騎士団でご活躍をされていました。そんな彼に憧れていたのもあって、私が十八歳の頃に騎士学校に入ろうかと思うと、ポロリとダイアン様に言ってしまいました。十八歳なんてずいぶん遅い入学になりますが、私は年なんて気にしません。
でも、ダイアン様に反対されとても怒られてしまいました。女性騎士は何人もいるのに、なぜそんなに怒られたのか分かりませんでしたが、兄の様に慕っていたダイアン様に怒られたのは結構ショックでした。
それで騎士学校は諦めましたが、やはり私は騎士になりたいのです。兄様に頼みこんで騎士学校で学ぶことをいろいろ教えていただきました。
兄様はちょっと変わり者ですが、成績上位でご卒業された優秀な方です。侯爵家への婿入りの話しが無ければ、騎士団に入ってご活躍されていたはずです。
そうして、貴族学園に通いつつ家では兄様に剣技や体術を含め色々教わりました。
もちろん、ダイアン様には絶対に言わないでと口止めを忘れません。口止め料は、毎朝兄様を褒め称えよ、と言うものでした。一体何がしたいのか分かりませんが、とりあえず毎朝兄様を褒め称えています。
試験を終わるまでは続くようで、二年も毎朝やっているんです。何なんでしょうね、うちの兄様は。えぇ、そうです。アホな残念美男子です。
そうして今日までひたすら自分を磨いてきました。剣を振れば振るほど、私にはその道しかないように思えてしまうのです。高い志があるわけではありません。ですが、結婚もできないと不貞寝するより、手にしたい夢を掴む努力をする方がよっぽどいいと思うのです。
あ、ちょっと湿っぽくなってしまいましたね。忘れてください。
なので、ダイアン様にはバレないように願書を出しまして。ついに明日は試験の日です。
そう、明日が試験なのにいまだに問題が一つあります。それは私の剣技です。どうしても前世の癖が抜けないのです。違いますよ、斬られ癖が付いたとかそういうのじゃないんです。
騎士のスタイルと武士のスタイルの違いと言いますか、私はどうしても、足を開いて腰を落としてしまうんです。なんと言っても、幼いころに観まくった時代劇が、がっつり頭に擦り込まれていますから。
睨み合いの時に、騎士なら前後に足を開いて前足を曲げて、いつでも応戦できるスタイルと取る方が多いのです。もちろん私も基本はそうですよ。
ですが、人って興奮すると本性が出ると言いますか、剣を合わせているうちに気が付くと足が後ろより、どちらかと言うと横に大きく開き腰を落として、美しくないんです。斬られ役ばかりでしたから、美しい必要もありませんでしたし、そのスタイルの方が剣を振り落とした時に力が入ります。腰を落としているのでバランスを崩しにくいのですが、如何せん美しくないんです。
あぁ、二回も同じことを言ってしまいました。
そんなことで試験に落ちることはないよ、と兄様は言ってくださいましたが、兄様とダイアン様が時々手合わせしているのを見ていた私には、落ち込み要素しかありません。だってお美しいんです、お二人の剣技は。もちろん戦いに美しさは必要ありませんが、見ればわかる上級者の無駄のない動き。私の様に体重を掛けなくても、鍛え上げられた体幹から繰り出される剣には鋭さと力強さがあります。そして、美しい。
ドアをノックする音が聞こえました。
「エリィ、ちょっといいかい?」
ドアを開けると兄様が立っていました。
「どうされましたか?」
「ちょっと話があってね。客間まで来てくれないかな?」
なんでしょう。ちょっと困ったようなお顔をされています。
「分かりました。すぐ参ります。」
「ああ、悪いね。それと、人が来ているので、それなりの格好で来ておくれ」
どなたでしょう? なんだか嫌な予感がします。兄様を見上げれば、なぜか目を逸らします。
「うん、ダイアンが来ているんだ」
え? ダイアン様が? あー、これはバレましたね。兄様の顔もそうおっしゃっています。
ちょっと怖いですが、ビビってばかりいられません。願書は通っていますから問題ありません。
着替えて、気合を入れて客間に向かいました。客間には、兄様とダイアン様。お二人が揃うと、もうそこは異世界。まぁ、本当に私にとっては異世界なんですけど。
「お待たせ致しました」
「こんにちは、エリィ」
「ダイアン様、お久しぶりです」
本当にお久しぶりです。怒られてから気まずくなって、ダイアン様が遊びにいらしても私は逃げるように出かけたり寝たふりをしていましたから。
「今日はどうされたんですか?」
ワザとらしいですか? あー、もうこの空気が耐えられません。ダイアン様の目がちょっと怖いです。私は目をキョロキョロさせて挙動不審です。
「エリィ、私は前に騎士になることを反対したはずだよ。覚えているね?」
「……はい」
やばいです。涙出そう。
「今日、受験者のリストの中に君の名前を見つけたんだが」
「うっ……」
「別人だろうか?」
「……」
「エリィ?」
「はい、別人……ではありません」
あー、言っちゃった、あー、顔上げられない。
「エリィ、なぜ言うことを聞いてくれないんだ? 騎士は命懸けの仕事なんだ。体に傷を作ることもある。死ぬこともあり得るんだぞ、何より君は女の子だろう?」
「でも、ダイアン様。私は、私は、ほ、本気で騎士になりたいんです。生半可な覚悟ではありません」
「そういうことを言ってるんじゃない」
「じゃ、じゃあ何ですか? 私は本気なんです」
私の最後の砦なのです!
「君に何かあったら家族はどうすればいいんだ」
「そ、そんなの、騎士じゃなくたって何かある時はあります」
「それでも、騎士になるよりはその心配は少ない」
ダイアンはまったく譲る気がなさそうですね。なぜでしょうか?
「なら、それはダイアン様だって、ダイアン様だって同じです。ダイアン様は伯爵家当主なのに、騎士じゃないですか。まだ、ご結婚もされていないのに」
「私はいいんだ」
「なぜダイアン様はいいのですか!」
まさか女だからなんて言わないですよね?
「だから、君は女の子だろ? 男の私とは違う」
言ったー! この人、本当に言った!
「そんな言い方狡いです。女性騎士だっているじゃないですか! なぜ、私はダメなんですか? 女性は力が弱いから足手まといですか?」
「違う、そういうことじゃないんだ」
もう、全く埒があきません。これでは同じ言い合いを繰り返すだけです。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
兄様がようやく間に入ってくれました。
遅いですよ。何度も目で合図送ってたのに。わざとです、間違いありません。
「二人の言いたいことは分かるけど、お互いの意見を理解しようとしていないから、このままだとずっと平行線だよ」
ダイアン様が大きく息を吐きましたけど、それ溜息ですか? それは、私がやりたかったやつです。怖くてできませんけど。
「私はエリィのことが心配なんだよ。騎士として今まで勤めてきた経験から言っている。もちろん、女性騎士が役に立たないと言っているわけじゃない。私は彼女たちを認めているし尊敬している」
「私だって認められたいです。私は、ただの背の高い行き遅れ令嬢でいたくありません」
「何! そんなこと言う奴がいるのか?」
「いえ、誰かに言われたわけでは……」
いや、言われているかな、いろんな方から。直接ではないですけど、あ、直接言われたこともありましたね。
兄様、俯いて笑わないでくださいませ。自分の身を削ってる私が哀れです。
「私はダイアン様に憧れています」
「え?」
「騎士として立派にお仕事をされていて、私の目標なんです」
「あ、そっち」
え? どっち?
兄様の肩がさらに大きく揺れてます。いや、もういっそのこと声出してください。怖いですよ、兄様。
「私は、女性らしくありません。背も高いし、男顔だし、男装すれば兄様と間違えられると思います」
「いや、そんなことはない」
「いいんです。無理に慰めないでください。惨めになります」
「いや、本当にそんなことは……」
「私の学園でのあだ名は男女です。何の捻りもなくて本当につまらないあだ名で言いたくもないんですけどね」
「いや、捻り云々は……」
「もちろんダンスは身長の問題もあって、お父様と兄様以外の方と踊ったことはありません。婚約は釣り書きだけでお断りされています。もう、こんなこと言わせないでください」
「いや、言わせたつもりは」
「だから、私は騎士になりたいんです」
「突然だなぁ」
「私は、下らないことで自分を卑下するのをやめたい。大好きな剣を辞めたくはないし騎士も諦めたくはない。女性らしくは生きられないけど、自分らしく生きたい。だから騎士になるチャンスを絶対に逃したくないんです」
あー、涙が出てきちゃいました。泣くつもりなかったんですけどね。自分に酔ってる? とか言わないでくださいね。酔ってますから。
「あ、え、いや。エリィ、その、私は決して君を泣かせたいわけでは」
「あー、ダイアン。俺の大事な妹を泣かせたな」
「いや、アーサー違うだろ? 私は、え? 泣かせたか?」
兄様が意地悪なニヤケ顔で私に親指を立ててきました。私もこっそり親指を立てて、いいね! しておきます。
「え? いや、すまない」
あ、完全に困ってますね。ダイアン様、意外とチョロいです。狼狽えるダイアン様にもうひと押し行きます。
「私は今回の試験を最初で最後にします。これでダメなら諦めます。ですので、今回だけ受けさせてください」
「……」
なんでしょう? ダイアン様って私の何でしたっけ? 兄様のお友達ですよね? 私、何、涙流して説得してるんでしょう?
少し我に返れば、今の状況はちょっと変な気もしますが。いや、ここはノリ的に止めてはいけない案件です。
兄様はすでにソファにうつ伏せて、笑い死にしてます。
そのまま、召されよ。
「……分かった。これが、最初で最後だな」
「はい、そうです」
「落ちたら、諦めるんだぞ」
「……ダイアン様、わざと落としたりしませんよね?」
「私はそんな卑怯なことはしないし権限もない」
よかったです。その権限があったら、間違いなく落ちてるし、権限使ってなくても落ちたら疑ってしまいそうです。
「それに、君は男女じゃない」
「え?」
「きっとそんな事を言った人は、君の美しさを前に、正直に美しいと言えなかったのだろう」
「ふふふ、冗談でも嬉しいですわ」
「じょ、冗談ではない」
ダイアン様のお顔が少し赤いのは、本当はダイアン様は照れ屋さんだからです。ダイアン様はお優しいので私のことをよく褒めてくださいますが、こうして時々赤くなってしまいまう時があります。どんなタイミングで赤くなるのかまでは分からないのですが。
とにかく、小さなことでも目敏く見つけて誉めてくださいますし、本当に、私如きに気を遣っていただくなんて申し訳ない気持ちです。
「今度パーティーがある時には、私がダンスのパートナーを務めよう。私はアーサーより背が高い」
「え? 本当ですか?」
「ああ、私でよければだが」
「もちろんです!」
「それから、私に釣り書きを送ってくれ。私は断らない」
「……は?」
「あ、いや」
あ、ダイアン様、私を慰めようとして余計なこと言ってしまいましたね。お顔が最高に真っ赤です。大丈夫です。そんな嬉しいお言葉を、鵜呑みにする私ではありません。
「まぁ、私の釣り書きを受け取ってくださるのですか」
「あ、あぁ、君が良ければだが」
「嬉しいお話ですが、それはできませんわ」
「え?」
「私がダイアン様に釣り書きを送るなんて。そもそも、身分も釣り合わない私がそんな図々しいことできよう筈もございません。ご安心ください」
「い、いや、そんなことは……」
再びうつ伏せた兄の肩が激しく揺れてます。まだ生きていました。
「ダイアン様」
「ああ」
「私は明日に全てを賭けています。ですので、今日はもう休もうと思います」
「え? まだ夕方だが?」
「ですが、私は明日は三時に起きますので」
「早過ぎないか」
「毎朝のトレーニングをして、兄様に手合わせをしていただいてからテストに行くつもりです」
「えー、俺も早く起きるの?」
兄様が突然起き上がって文句を言い出しました。妹の一大事に、ぶつくさ言わないでほしいです。
「そうですよ、兄様。私のために頑張ってくださいませ」
「やだよぉ、三時って夜中だよ」
「ちょっと早い朝ですよ。それに兄様は三時じゃなくて五時でいいですよ」
「それも早いよ」
「それなら私が付き合おう」
ダイアン様が申し出てくださいました。ですが。
「ありがたいお話ですが、ご遠慮させていただきます」
「え?」
ダイアン様のお顔が青くなられました。なんだかお忙しいお顔ですね。
「いえ、ダイアン様が嫌なのではありません。むしろありがたいのですが、ダイアン様のキラキラしたお顔を正面に剣を向けたら、間違いなく練習になりませんしテストを失敗する気がします。それにダイアン様が明日いらっしゃるとか、もう私、間違いなく眠れません」
「ん? 言っている意味がよく分からないな。もう一度いいか?」
「無理です! とにかく、兄様なら気兼ねなく剣を振れますので、ご心配なさらないでくださいませ」
「ひどいなぁ」
兄様はどんなにキラキラしていても兄様ですから、いつも倒す気で打ち込んでいます。勝ったことはあまりありませんが。
「……分かった。今日はここで失礼しよう。エリィの朝は早いしな」
「申し訳ございません」
「いや、私も突然すまなかった。だが、覚えておいて欲しい」
「はい?」
「とにかく無理をするな」
「分かりました、無理はしません」
「絶対だぞ」
「はい、約束します」
「……頑張れ」
「……はい! ありがとうございます!」
ダイアン様から許可が出ましたー。なぜ、ダイアン様から許可が必要なのかは触れないことにして、とにかくこれで安心してテストに臨めます。
◆◆◆
テスト会場は騎士団の駐屯地で、筆記は建物の中で実技は演習場で行われました。
筆記は主に一般教養と騎士道についてで一般教養には歴史、情勢が含まれます。これは簡単です。勉強しかやることがなかったので、すらすら解けて時間が余ってしまいました。チートじゃないですよ、私に特別な能力なんてありませんから。
次に実技です。
大体、騎士学校を卒業してから入団テストを受けるのでテスト生はほとんどが十八歳です。運悪く不合格になって再挑戦する方もいらっしゃいますが、学校は卒業してしまうため、自分で腕を磨かなくてはならず、モチベーションを維持できるのは1年が限界の様です。三度目の挑戦をする人はほとんどいないので、今回私と同じ年の人はいないようです。
テスト生の中に私が知っている人はいませんでしたが、私を知っている人はいるようです。私を見てニヤニヤしている人が何人もいますので。きっと嫁の貰い手がないので、とか余計なことを言っているのでしょう。対戦相手をあいつらにしてほしいです。コテンパンにしてやります。
最初は基礎体力をみます。演習場内を二十周走って腕立て、腹筋、剣の素振り等。とりあえず遅れは取らなかったと思います。走っている最中に誰かにぶつかられましたが、ワザとではないと思っています。本当のところは分かりません。
遂に木剣を持った模擬試合です。プロテクターを付けての試合で、勝敗は合否に関係なく、技術のみを見られます。もちろん美しいスタイルも必要ありません。
私の初戦は女性でした。私より若いし多分学校に通っていた方でしょう。一緒にいた男性たちと楽しそうに談笑していらっしゃいましたから。
向かい合い互いに礼をして構えます。お相手の方はとても美しい構えでちょっと惚れそうです。そしてにっこりされました。
「あなた、婚期逃した男女のエリザベートさんでしょ? 男漁りでもするつもりですか?」
「え?」
「始め!!!」
お相手の方の言葉が終わるか終わらないかの時に開始の掛け声が響きました。
すかさず跳び込んで打ち込むお相手の剣を受け流しながら頭を整理します。
私は侮辱されたのでしょうか?
そうです、侮辱されました。
自問自答で瞬時に解決。
お相手は手数が多めですが、ワンパターンで一振りが軽いので、実のところ少し力を抜いて受け流しています。
「どうしたんですか? 受けてばかりでは勝負になりませんよ!」
お相手は剣でも言葉でも私を攻撃するつもりのようです。
「おばさんの体力が尽きる前に降参してください。頑張る顔が、結構酷いですよ!」
え、顔酷いですか? 全然疲れてもいないですけど。でも、あなたは息が上がってますね。
「ここは騎士になるための場所で、婚活会場じゃありません、身の程をわき、わき、弁えてください」
いやもうあなた、息も絶え絶えで喋らないでください。
そうですね、そろそろ受けるのも飽きましたので反撃します。
相変わらずワンパターンに斜め上から振り下ろしてきた剣を、斜め下からはじき返し、驚いたお相手はスンゴイ目で睨み付けながら突っ込んできます。
「クソばばぁ!」
いや、もうそれ試験に関係ない罵倒ですね。試験官に聞かれちゃいますよ。
ちょっと私が身体を横に逸らすとお相手は、振り下ろした剣と共に、闘牛のように私の横を抜けていき、慌てて振り返って体勢を整え、剣を振りかぶったところに回し蹴りでお相手の腹を蹴り込みました。
試合終了です。
お相手は蹲って腹を押さえています。健闘を称えるために試合終了時には再び礼をするのがマナーですがそれは無理のようなので、私からお相手に近づいて手を差し出しました。お相手はチラッとこちらを見ましたが、それだけです。
「あなたの剣、軽すぎて話になりませんでした。鍛え方が足りないんじゃないですか? お嬢ちゃん」
そっと囁いて礼をし、私は颯爽とその場を去りました。
言ってやりました! きっと私のこと睨み付けてますよねー。私はかなりビクついていますが、平静を保った顔でとりあえずトイレに駆け込みます。ビビッて心臓バクバクして手が震えてますので。
「あー、ビビった。めっちゃ緊張したし怖かった。あんなこと言っちゃって、あとで刺されたらどうしよう。あー、こわっ!」
便座で頭を抱えて落ち着くまで待ってトイレを出ました。
すでに何試合か済んでいるようでほとんどの方が初戦を終えています。ちょっと離れた所で、先ほど対戦したお相手と談笑されていた男性陣が、私を睨み付けているのが見えました。
やばいです、狙われます。
キョロキョロして、騎士と思われる方がいるところの近くに行きました。ここなら迂闊に喧嘩を吹っ掛けることはできないでしょう。
二戦目は男性でした。体格のいい方ですが、兄様よりは背が低く私よりは高いくらいでしょうか。こちらもニヤニヤして悪意のある顔をしています。
何なんでしょうか。対戦相手って皆様こんな感じなんですかね。
礼をして構えると、お相手は片手で構えて私に切っ先を向けてきました。私など片手で倒せると言いたいのでしょう。バカにしています。
「始め!!!」
掛け声と同時に私から突っ込みました。打ち合う気なんてさらさらありません。一気に間合いを詰め、少し怯んだ相手の剣を上から振り下ろした剣で叩き付けそのまま踏みつけ、相手の胸ぐらを掴んで私の剣を相手の喉元につき付けました。
試合終了です。
お相手は呆然としていました。舐めてかかって何もできずに敗北、という情けない結果です。
「この剣、本物なら死んでますよ」
私は掴んでいた手を放して、自分の立ち位置に戻ります。ちょっとカッコイイ捨て台詞は、役者根性が抜けていないせいでしょうか。お恥ずかしい。あ、でも相変わらず手は震えていますよ。ミジンコサイズの心臓なので。
最後にお相手した方はとても礼儀正しい方でした。腕前はかなりのものです。兄様と似た感じの太刀筋で、実直で真面目な剣です。もちろん敵うお相手ではなく、ギリギリついていく感じです。振り下ろす剣は早くて重みがあります。
少し間合いを取った時には、私の足が摺り足になっていました。少し横目に広く開いた足はがに股で、右手に持った剣の剣先を地面に向ける私の一番リラックスした体勢です。
腰を深く落としているので前後左右どちらにも移動できます。周りはざわついていたようですが、私には聞こえません。不格好な私の構えを笑っているのでしょうが、そんなこと知ったこっちゃないのです。はっきり言って今、最高に楽しいのです。
どちらが先に仕掛けるか、睨み合って互いの様子を伺います。
こちらから行かせていただきます。
躙り寄った足を一気に前に踏み込んで、下から斜めに袈裟懸けに振り上げ剣を弾きます。残念、力が足りずに思うほど弾けませんでした。が、身体を横に移動して今度は上から剣を叩きつけます。これもお相手が素早く向き直り受けられました。
このまま一気に上から体重を掛けて押し込みます。しかしやはり力が足りずに押し返され、剣を落としてしまいました。
ならばと、回し蹴りで相手の脇を狙いましたが、後ろに跳び退き当たりません。続けざまに放った後回し蹴りで剣を弾くことができました。
「いったぁ!」
足の裏じゃなくて足首辺りに剣が当たってしまいました。もうー! 涙目ですが、ここは耐えたくては。が、ちょっと怯んだ隙にお相手に腕と胸ぐらを掴まれ――。あれ? 地球が回ってる? あ、回っているのは私か……。
試合終了です。
あー、負けちゃいました。空が青いなぁ……とか青春ですね。
お相手の方が手を差し出してくださいました。その手を取ると引っ張って起こしてくれて。もう、善い人! ニコッと笑った笑顔も素敵です。互いに礼をして終わりました。
まだ、他の方の試合が行われていますので、先ほどの騎士たちがいた場所近くに避難しようと思います。が、残念捕まりました。
「おい」
後ろからずいぶん不機嫌な男性の声です。振り返ると先ほどから私を睨み付けていた男性陣。
「何か?」
「お前、調子に乗ってるんじゃないぞ」
「何のことでしょうか」
「ばばぁが、調子に乗ってしゃしゃってんなって言ってんだよ」
あなた、言うに事欠いて二十歳の女性にばばぁって、私より年上の女性に睨まれますよ。
「ちょっと試合に勝ったくらいで騎士になれると思うなよ」
「そんなこと思っていませんよ、先ほどは負けましたし」
「まったく見事な負けっぷりだな、服も汚れまくってみっともない。そんな汚い格好でウロウロすんな」
えぇ、今試合が終わったばかりだし、服が汚れてるのなんて私だけじゃないですよ。あ、私が一番汚れているか。
「とにかく目障りだ。さっさと尻尾巻いて帰れ」
「お断りしますわ」
「なにー!」
「どこのどなたかは知りませんが、私にそんなこと言う権利はないでしょ?」
「俺が誰かも知らないのか! バカだな」
「知りませんよ、そんな地味顔のしょんべん臭いガキなんて」
「じ、地味だとー!」
「しょんべんってなんだ?」
彼の取り巻きから、間抜けな質問が小声で聞こえます。
「君! カリアータ男爵令嬢!」
私が声のしたほうへと振り返ると、先ほどのお相手の方が早足でこちらに向かってきています。
「まぁ、先ほどの」
「さっきはありがとう、とてもいい試合だったよ。何か取り込み中かい?」
私に詰め寄ろうとしていた男性陣は、彼の登場にかなり怯んでいます。
「ジャン、君まさか、彼女にくだらない言い掛かりをつけているわけじゃないよな?」
「や、何をいっているんだ、カール」
ジャンと呼ばれた暴言ボーイが慌てた様子で首を振っています。どうやら先ほどのお相手であるカールさんには弱いようです。
「分かっていると思うが、ここで問題を起こせば騎士にはなれないぞ」
「わ、分かってるよ。……行くぞ」
言い掛かりを付けていた男性陣は私を睨み付けると去っていきました。
助かりました。
「ありがとうございます」
本当にこの方は紳士です。
「いや、礼を言われるようなことではありませんよ」
「でも助かりました。私はほら」
手を広げて見せると、かすかに震えているのが分かります。
「震えているでしょ? 小心者なんです」
「小心者なんて、そんなことはありません。堂々としていて、とても格好良かったです。それにさっきの試合だって」
「あぁ、さっきは本当に気持ちのいい投げられっぷりでしたね」
私は思い出して笑ってしまいました。
「あれは! ……本当にすみません。自分で言うのもなんですが、私、結構剣には自信があったんです。まさか試合で剣を落とすなんて思いもせず、動揺して咄嗟にあなたを投げてしまいました」
彼はしきりに謝ってくれましたが、私は本当に楽しかったので、また手合わせをお願いしたいくらいです。
「本当に気にしないでください。それで……」
「はい?」
「お名前を伺っても?」
「あぁ、失礼しました。私はカルクロス・エイデンと言います」
エイデン侯爵の次男カルクロス様ですね。多くの優秀な騎士を輩出された名門で、彼の兄君は騎士団第一部隊の隊長だったと思います。
「ご存じとは思いますがエリザベート・カリアータと申します」
「はい、存じております。あなたのお兄様はとても優秀で私の憧れでしたから」
「兄をご存じですか?」
「もちろんです。騎士学校に通っていた同年代の者なら知らない人なんていないはずです」
「それは嬉しいですわ。私も兄のことを尊敬していますから」
ちょっと変な人ですけどね。
「カリアータ令嬢は、騎士学校には通われなかったんですよね」
「えぇ、私はちょっと色々あって貴族学園に通いました」
「そうでしたか、それであの腕前とは本当に凄いですね」
「剣は兄に教えてもらいましたの」
「そうですか! それなら納得です」
エイデン様は本当に兄様のことを尊敬してくださっているようです。まさか、こんなところで兄様の後光を浴びることになるとは。なぜか兄様の高笑いが聞こえてきます。
「一緒に騎士として頑張りましょう」
「ふふふ、まだ合格が決まったわけではありませんよ」
「いえ、絶対に合格しますよ。私が保証します!」
「まぁ、ありがとうございます。心強いです」
本当にこの方は善い方ですね。イケメンで強くて礼儀正しい名門のご子息。言うことなしです。
「エリィ」
ダイアン様がいらっしゃいました。
「ダ、ダイアン先輩!!」
ちょっとエイデン様の声が上擦っています。
「ダイアン様」
「お疲れ様、よく頑張ったな」
「見ていてくださったんですか?」
「もちろんだよ。おや、君はエリィの最後の試合の相手だったね」
ダイアン様がエイデン様に声を掛けられました。
「はい! カルクロス・エイデンと言います!!!」
カルクロス様の声、でかいでかい。
「あぁ、ケンネル隊長の弟君だね」
「はい! 兄がお世話になっています」
「いや、世話してないよ。先輩だし、私が世話をされているほうだ。君、面白いね」
「え? あ? そうですか? 初めて言われました」
「いや、いいよ。君みたいな子、私は大好きだ」
な? なんですと? 私が一度も言っていただいていない大好きを、なんでエイデン様があっさりといただいているのです?
「あ、ありがとうございます! あ……」
エイデン様の視線をたどると、その先にエイデン様の兄君であらせられるケンネル隊長がお姿が見えました。
「すみません、ちょっと兄にあいさつをしてきます」
そう言ってていねいに礼をして、そちらに向かわれました。
今日は、騎士候補生を品定めする日でもあるので、隊長・副隊長・ちょっと暇な騎士が入れ替わり立ち代わり見学に来ます。
「ダイアン様、今日はずっと見ていらしたのですか?」
「いや、ずっとではないよ。でもエリィの試合は全部見た」
え? それってつまり、ずっといたってことではないんですか?
「部下を交代で見にこさせて、エリィが出る時には呼んでもらったんだ」
職権乱用ですね。
「その、ど、どうでしたか?」
「…………」
え、返事なし。そんなにヤバかったですか? 嘘でしょ……。
「びっくりしたよ」
「え?」
「君がここまでやるとは思わなかった」
「本当ですか?」
あーよかった、本当によかった。やめてください、変な間を作るのは……!
「アーサーが心配ないって言っていたのが分かったよ」
「う、嬉しいです。ダイアン様にそんなこと言っていただけるなんて」
「頭ごなしに反対してすまなかった」
「え、そんなこと言わないでください。私のことを心配してくださっていたことは分かっていますから」
「それでも、君の夢を潰そうとしたことには変わりない」
真面目! ダイアン様は真面目です。そんなに気にすることないのに。でも、そこがダイアン様らしいところなのです。
「それでしたら、もし合格したら食事をご馳走してください。それでその話はおしまいです」
「それでいいのか?」
「もちろんです。むしろ最高のご褒美ですから」
「分かった、約束しよう」
やりました! これは何が何でも合格したいです。
そう思っていたら、ダイアン様が私に袋を渡してくださいました。
「これは、なんでしょう?」
「エリィには大きいとは思うが私のシャツだ。着替えておいで」
「え? 大丈夫です。そんな申し訳ないですから」
「着替えはあるのかい?」
「えっと、ドレスは持ってきています」
「そうか。でもそれに着替えるわけにはいかないだろ?」
「そうですけど、もうテストも終わりましたから」
「背中がかなり汚れているからな。せっかくの綺麗な髪が汚れてしまうだろ?」
いやー、なんかこれどうなんでしょう。はっきり言って嫉まれ案件ですよ。やめてください、その優しい顔。私の兄ですか?
「いいから着替えてきなさい」
あ、お父さんでした。
「分かりました。ありがたくお借りします」
私はトイレに言って着替えましたが、これって彼シャツですよね。彼氏じゃないでないですけど。
大きめですが、ズボンの中にしまってしまえば問題ありません。とりあえず匂いを嗅いでおきました。めっちゃいい匂い。やばいです。匂い嗅ぐの止められません。彼シャツふぉーえばー。
演習場に戻るとダイアン様の姿はありませんでした。演習場の中央をテスト生が囲んでいて声援が上がっています。近づいて見てみると、ダイアン様とケンネル隊長の模擬試合が行われている最中でした。監督官が言っていたデモンストレーションでしょうか。
ひと振りの速さも力強さもテスト生とは段違いです。さすが隊長同士の戦い。次の動きが予想できません。もう、惚れ惚れしながら見ていました。
最後は、ケンネル隊長がダイアン様に剣を突き付けて決着しましたが、ダイアン様も全く負けていません。素晴らしい剣技です。
試合が終わるとテスト生がお二人を囲んで興奮を伝えています。分かります、その気持ち。私も言いたいことはたくさんありますが、この人込みをかき分ける勇気はないので、少し離れたこの場所で拝んでおきます。ありがたやー。
ひと通りのテストが終わり、デモンストレーションも終わったところで監督官がテスト生を集めました。
「皆さんお疲れ様でした。合否のご連絡は、各自指定の送り先に送付させていただきます。しばらくお待ちください。今日はこれにて解散!」
終わりました。全ては出し切ったと思います。今日は早く帰って寝たいです。
「エリィ」
帰り支度をし始めていたところへ、ダイアン様がいらしてくださいました。
「ダイアン様! 先ほどのデモンストレーション最高でした!」
「ありがとう、負けちゃったけどね」
「いいえ、ダイアン様は負けてません。最高です」
「ハハハ、そうか、エリィがそう言ってくれるなら嬉しいよ。もう帰るのかい?」
「はい、疲れたのでまっすぐ帰ります」
親しい友人でもいれば打ち上げでもしたいところですが、そんな方もいませんし。
「送ってやりたいけど、私はまだ仕事が残っててできないんだ」
「そんなこと気になさらないでください。時間になったら兄様が迎えに来てくれることになっていますので」
あの人、ちょいちょい気まぐれ起こすので、来てくれるのかちょっと心配はしていますが。
「そうか、それなら安心だな」
いえ、安心というわけではないのですが言わないほうがいいでしょう。
「ご心配をおかけしました」
「私が勝手に心配しているだけだから」
「あとシャツを貸してくださってありがとうございます。洗ってお返しします」
「それは返さなくていい。エリィにあげるよ」
「いえ、そんなわけには」
「たくさん持っているから本当に気にしないで」
えー、こんなの貰ったら毎日匂い嗅いじゃいますよ。やばい人になってしまいそうです。……まぁ、いいか。匂いを嗅いでいられれば満足なのですら、私は害のない変態です。
「じゃ、じゃあ、ありがたくいただきます」
袋に入れて密封して、匂いが消えないようにしなくては。
「ああ、気を付けて帰るんだぞ。それから、今週末の予定を空けておいてくれ。お祝いの食事をしよう」
「え、まだ合否出てませんよ」
「いいんだ。私が食事に誘いたいだけだから」
えー、何ですかそれ。優しすぎます、兄様と兄役を代わってほしいです。
「分かりました。楽しみにしています」
「あぁ、詳細はまた連絡するよ」
「はい、お待ちしています」
ダイアン様が仕事に戻られたので、私はドレスには着替えずにそのままの服で駐屯地を出ました。
なんと! 兄様がゲートで待っていてくださいました。しかも顔が、来てやったぞって得意げな感じです。
普段なら、ゲッと思ってしまいますが、さすがに今日は疲れたので、感謝して馬車に乗り込み、気がついた時には屋敷に着いていました。寝てしまったようです。
「さすがに疲れたか」
目を覚ました私の頭を、兄様がポンポンをと叩きました。
「で? そのシャツはなんだい」
兄様がニヤニヤしながら私を見ています。なんでしょう、あの顔は?
「頑張ったご褒美、第一弾です!」
面倒なことを聞かれる前にさっさと馬車を降り、屋敷に駆け込みました。お行儀が悪いですね。
私は汗を流して食事をすることもなく寝てしまいました。本当に、今日の私は頑張ったと思います。
今日は私の数少ないお友達のユーリス侯爵令嬢、セザンヌ男爵令嬢、アライア子爵令嬢と私の四人でお茶会です。いつもならユーリス侯爵令嬢宅で集まるのですが、今回は王都で一番人気のサロンの個室を貸し切ってお喋りする予定です。
「御機嫌よう、皆様方」
お三方ともすでにいらっしゃっていて、私が一番遅く来てしまいました。
「遅くなり申し訳ございません」
「私も今来たばかりですわ、おほほほ」
私が席に着くと、ケーキと紅茶を注文しました。私はいつもレアチーズケーキとダージリンティですが、今日はアールグレイにしてみましょう。
全員の前にケーキと飲み物が揃うと、侍従が退室しました。呼びたいときには鈴を鳴らすのです。
「……」
「ぷっ!」
ユーリが堪らず吹き出して、一斉に四人で大笑いです。お嬢様然としているのは人前だけで、四人だけの空間になれば次々とお喋りに花を咲かせ、大きく口を開けて笑うただの女の子です。二十歳ですけど。
「エリィ元気だった? 本当に久しぶりね!」
セザンヌは栗色の大きくうねった長い髪が美しい、胸が大き目のナイスバディな美女です。
「えぇ、元気だったわ。しばらくお茶会に参加できなくてごめんなさい」
「仕方がないわよ、エリィは勉強と稽古で忙しかったんだから」
アライアは金髪に垂れ目でちょっと小柄な、ついつい構いたくなってしまう小動物系の可愛らしい女性です。
「そうよ、アーサーが言ってたわ。とても頑張ってるって!」
ユーリは兄様の婚約者で、まっすぐに伸びた真っ黒な髪と薄紫の瞳が美しい妖艶な色気を持った情熱的な女性です。
因みに私は白に近い銀の髪を腰まで伸ばし、ルビーのような赤い瞳をしている百六十九センチの男女です。すみません、自虐しちゃいました。っていうか、こんな自己紹介いまさらですね。
「テストの結果はいつわかるの」
皆さんも入団テストの結果をずっと気にしてくださっています。私がお茶会になかなか参加できなかったのも、勉強と稽古が忙しかったからですし。
「もうそろそろ手紙が届くとは思うんだけど」
落ちつかない毎日を過ごしております。
「大丈夫よ、エリィは絶対に合格しているわ。だってダイアン様のお墨付きだもの!」
「まぁ、ダイアン様の?」
「それなら絶対だわ」
「ダイアン様はお優しいから」
ダイアン様はいつでも褒めてくださいます。だからというわけではありませんが、話し半分くらいで丁度いいのです。
「ダイアン様と言えば!」
「そうよ!」
「え?」
「どうなっているのよ、二人の関係は?」
誰と誰のことでしょうか? ダイアン様と兄様かしら?
「エリィとダイアン様よ。どこまで行っているの?」
三人とも目がギンギンしていて顔が怖いですわ。
「どこまでって、三番街のレノアに行きましたわ」
「あぁ、あの高級レストランね! って、違うわ!」
「びっくりしたわね、ベタ過ぎて」
「えぇ、鼻からケーキが出るところでしたわ」
汚いわよ、アライア。
「そうじゃないでしょ。二人の関係のことを言っているのよ」
「二人の関係? 何のことよ。私たちは兄様の友達と妹よ」
「まさか」
「そうなの?」
何を言っているのでしょう? 私は時々三人の話についていけない時があるのですが、それがまさに今です。主語は? 述語は?
「レノアで何の話をしたの?」
「もちろんテストのことよ。主に実技の話をしていたわね。特にダイアン様とケンネル隊長のデモンストレーションでは、私、本当に興奮してしまって、気になることを一つ一つ説明してもらったわ。もう、本当に充実した時間だったわ」
「ダメね、これは」
「本当ね。ダイアン様も意外と情けないわ」
「これじゃ、一生二人の関係は変わらないんじゃない」
一体何がダメなのかしら?
「いい? エリィ。ダイアン様がお食事に誘ってくださるなんて本当に凄いことなのよ」
「分かっているわ、そんなこと」
「本当に? 分かってる?」
「もちろんよ、ダイアン様は伯爵家当主として、騎士団第三部隊隊長としてお仕事をされていて、とても忙しい中、私とお食事をしてくださったのよ! 本当に凄いことよ」
「「「違う!」」」
「えー-」
三人の溜息が大きすぎる。
「いい? 私たちがする説明をしっかり聞きなさい」
「はい」
目が怖いわ、セザンヌ。
「ダイアン様は、コーエン伯爵家当主にして騎士団第三部隊隊長でいらっしゃる、人望と実力を兼ね備えたとても優秀な方です」
実はダイアン様は、史上最年少で隊長に上りつめた実力者なのです。
「それと同時に、類まれなる美貌を持ち背の高さを悩むエリィより、更に二十センチ近く高く、あなたとのバランスもとれる素晴らしい体躯をしていらっしゃいます」
そうなのです。ダイアン様は、私が十センチのヒールを履いても安心の百九十センチという高身長!
「さらに、女性から圧倒的な人気があるのに、いまだに婚約者がいらっしゃらない為、多くの女性がダイアン様に猛アタックを四六時中仕掛けてる、今一番落としたい男ナンバーワンの優良物件」
「えー、そうなの?」
「「「そうなのよ!」」」
ハーーーって、またまた溜息が長すぎる。
「そんなダイアン様と二人きりでお食事をしたなんて、新聞で号外出ちゃうくらい凄いことなの」
さすがはダイアン様です。
「いい? いくら親友の妹だからって、ダイアン様とデートなんて普通はできないからね」
いつの間にかデートになってる。一緒にお食事をしただけなのに。
「合格祝いと称して合否が出る前に食事に誘われ、その理由が誘いたいから! これがどういう意味か分かるでしょ?」
誘いたいから誘ってくださったんでしょう。遠乗りに行く時も、誘ってくださいますし。
「誘ってくださって光栄だわ」
「……え?」
「それだけ?」
「ほかに何か?」
「本気で言っているの?」
「え?ほ、本気、ですけど」
「「「何もわかってない」」」
分かりませんよ!!
「てなことがあったんですけど、ダイアン様はどう思います?」
「……それを私に聞くのか?」
「兄様に聞いても笑い転げるだけで話になりませんし、皆様は自分で考えなさいって言って教えてくださらないし、もうダイアン様に聞くしかないじゃですか」
「いやー、私に聞くのが一番ダメだと思うが」
「そうなんですか?」
ダイアン様は少し顔を赤くして、目の前の紅茶に口を付けています。
「ところで、明日の準備は終わったのか?」
「は、はい、制服は三回着てみました」
「そうか」
私は騎士団入団が決まり、明日は入団式です。部隊はダイアン様が隊長を務める第三部隊に決まり飛び上がって喜んでしまいました。
「楽しみ過ぎで今日は寝付けなそうなので、夕方にはベッドに入ろうかと思います」
「早いな」
「ずっとベッドに入ってると温まってきて、ぼーっとして九時くらいには寝られるんです」
「割と早くから寝られているんだな」
あれ、言われてみれば寝てますね。
「そういえば、ダイアン様は明日の準備とかないんですか?」
「私は、もう特にすることが無いからな。今回式を取り仕切るのは第一部隊だ、とは言えあまりのんびりもしていられないから、今日はここら辺で失礼するよ」
「はいわざわざお越しいただいてありがとうございました」
「明日は遅刻するなよ」
「はい!」
ダイアン様は素敵な笑顔で帰って行かれました。
あれ? 何しにいらしたんでしたっけ? あぁ、そうそう、食事のお礼をしたいとお伝えしたら、わざわざいらしてくださったんでした。これからほとんど毎日お会いすることになるのに、わざわざいらしてくださるなんて、本当にお優しい方です。
新人騎士は三十二名。第一部隊に十二名、第二部隊に十名、第三部隊に十名配属されました。第三部隊にはカルクロス・エイデン様もいらっしゃいます。
私に因縁を付けてきたジャンシャン・ユリアルド侯爵子息は、第二部隊なのであまり顔を合わせずにすみそうです。
隊員としての毎日は忙しいです。私が所属する騎士団は王家直轄で、第一部隊は国王陛下、第二部隊は王妃陛下、第三部隊は王太子殿下と所属が分かれます。私は第三部隊なので王太子殿下直属となり、殿下が関わる政務の中で活動します。
私のような下っ端はとにかく雑用がメインで武器の整理や、駐屯地宿舎の警備や訓練をこなします。それから仕事に慣れてくると先輩方について回り、王城の殿下の執務室前の警護や、外出された際の警護等ができるようになってきます。
戦時ではないので、剣を抜くような仕事は滅多にありませんが、ないに越したことはありません。
そうして一年、二年と過ぎました。
「トレジャー、エリィ、今日は君達が当番かい?」
本日は早朝から、殿下の執務室前の警護です。私も三年目に入り仕事にもずいぶんと慣れました。殿下は、とても気さくな方で私のことを愛称で呼び、笑顔で話し掛けてくださいます。
「殿下、おはようございます。本日は私達が警護をさせていただいます。が、エリィはおやめください」
「だって君はエリィだろ?」
「私のことは家名でカリアータとお呼びください」
「長いから無理だよ」
「長くないですよ」
「まぁまぁ、今日も一日よろしくね」
「は、お任せください」
こんなに軽口を利けるのも殿下の懐が深いからです。初めての警護の日、ガッチガチに緊張した私の口に飴玉を放り込んで笑っていらっしゃいました。
昼前にダイアン様が執務室にいらっしゃました。何やら問題が起きているようで、その後も何度かいらっしゃいました。そのたびに、ダイアン隊長は優しい笑顔を向けてくださいますので、私の疲れもすっかり吹っ飛んでしまいました。
警護の交代時間になりその場から離れようとした時、執務室のドアが開いてダイアン隊長から声が掛かりました。
「エリィ、ちょっといいか?」
「はい」
なんでしょう? ずいぶん長くお話をされいていたので、きっと難しい案件があるのでしょうが、もしかして――。
「何かございましたか?」
「エリィに、特務だ」
来ました、特務!! 一体どんな仕事でしょう? 騎士になって初めてです。
めっちゃ興奮していますが、顔には出さないように必死に平静を装います。
「とりあえず座ってくれ」
「は、失礼します」
隊長は大きな溜息を吐いています。何事なのでしょうか? 珍しく殿下のお顔が真剣です。
「実は、ある貴族の家に潜入して欲しい」
「潜入ですか」
「あぁ、その貴族の家であるものを探して欲しいんだ」
「それは」
「私の指輪だ」
え? 殿下の? え? もしかしてそれは、あの代々王家に受け継がれている婚姻の指輪でしょうか? あ、そうみたいです。
「実は、あるご令嬢と先日のパーティーの席で意気投合してね」
あー、聞きたくない下世話な話が想像できます。
「楽しく飲んで酔っ払っちゃったんだよね」
「はぁ」
「あれは多分盛られてたと思うんだけど、寝ちゃったんだよ。あ、変な想像しないでよ、一切手は出していないから。本当に寝ちゃっただけ」
「想像していません。それで、警護はどうしていたんですか」
「その日はカールだったんだけど、ちゃんと部屋の前には立っていたよ。でも、中には入れないでしょ? さすがに」
この言い方から想像すると、侍女も部屋から出したということですね。下心、まるっと見えちゃっていますね。
「あ、その顔は、変なことを想像しているね。でも残念。彼女が秘密の相談があるけど他人に聞かれたくないっていうから、侍女も廊下で待機させたんだ」
へー、なるほど?
「んん! それで、朝になったら、ご令嬢はいなくなっていたんだけど、指輪もなくなっていたんだ」
「泥棒じゃないですか! 早く捕まえましょう!」
「いやそれがさぁ、先手を打たれて、僕が令嬢に指輪を渡して愛の告白をしたって噂を流されちゃってさ」
ハハハハなんて殿下は軽く笑っていますが、大事ですよね? これって。
「指輪は本物だし、私の部屋を出ていくところを何人かに見られているらしくて」
「城のメイドがそんなことペラペラ喋るでしょうか」
「そう思うけど、そんなことしない、とは言い切れないだろ?」
「……わかりました。つまり、その指輪を取り戻して、ある貴族とご令嬢の自作自演に持ち込みたいんですね」
「そう! さすが、エリィ。話が早くていいね」
なんだか想像と違う特務でがっかりですが、そんなことを言ってはいられません。
ちょっとノリの軽い殿下は女性関係が多少華やかですが、警戒心も強くこんなミスはされなかったのですが、何かを盛られたのは確かでしょうね。
件の男爵は、殿下にご令嬢との婚約を迫っているそうですし。とはいえ、殿下に落ち度がないかと言えば、落ち度しかありませんけど。
婚姻の指輪は自分が生涯を共にするお相手にお渡しする婚約指輪で、絶対に反故にはできません。なので、指輪をお渡しするのは結婚の日取りが決まるくらいギリギリのタイミングが慣例で、持ち主が相手の方にプロポーズする時に渡される大切なものです。
普段は大切に保管されているため、なくすことはあり得ません。殿下から渡されるか、部屋に入り込む以外見ることもできないのです。
つまり、ご令嬢が殿下ととても親密で、ご結婚が秒読みと思われても仕方のないことなのです。
話を聞いた国王陛下から呼び出された殿下は、早急に取り戻せ、できなければ王太子剥奪、最悪の場合廃嫡と言われ、何が何でも取り戻さなくてはならないそうです。もちろん、殿下の婚約者のカルドレア公爵令嬢にバレるわけにはいきません。いや、バレてますね、絶対。
さて、奪還作戦はこうです。
対象はユーゲル男爵とそのご令嬢テレサ様。
数日後に開かれる男爵家主催のパーティーに潜入し、指輪を奪還し偽物とすり替える。そして、殿下がパーティーに到着する前に指輪を殿下に渡し、殿下が「お前たちの持っているのは偽物だ!」と糾弾する、だそうです。
何でしょう、このザルでありきたり作戦は。時間がないので仕方がありませんね。
指輪のありかは分からないので潜入してから探すことになりました。
指輪はゴテゴテしていて、指にはめるためには作られていません。実際はめるのは婚約者に合わせて作られる普通の指輪です。なので令嬢がはめることもありません。
「私はどうすればいいのですか?」
「とりあえずパーティーに参加して、指輪を奪還。それで任務完了だ」
「え? それだけですか? 作戦は?」
「それが作戦だ」
丸投げですか?
「何人か隊員を投入するから、手分けをして探してパーティーを抜け出してくれ」
「分かりました。ですが私は面識がありませんので、パーティーの招待状がありません」
「大丈夫だ、それは手に入れたから同伴者として参加してくれ」
「どなたの同伴ですか?」
「メルシャンだ」
「なるほど?」
はい、私と同じくらいの身長です。もちろん動きにくいので低めのヒールにしますけど、私の方が背が高くなりそうです。
指輪奪還作戦は、潜入をメルシャンさんと同伴で私、パーティーの臨時要員として先に潜入しているのはカーチスさんと、ロハンさん。外で待機しているのがダイアン隊長とイーライさん、ケイトさん、トレジャーさん。
殿下はかなり遅くに到着する予定です。「私を呼びつけるなんて、身の程知らずなやつらだ!」なんて殿下はおっしゃっていましたけど、自業自得ですからね。これに懲りて羽目を外さず自重して欲しいものです。
パーティー当日。
私は目立たないように、光沢の入ったブラウンのマーメイドドレスにしました。金糸の刺繍が縁どられた綺麗なドレスですが、皆様、ピンクや黄色などの明るい色が好まれるので、私は置物程度にしか見えないと思います。
パートナーのメルシャンさんが、顔を赤くしておられますが、緊張しているんでしょうか? 大丈夫です、私もかなり興奮していますので。
会場に入ると、ひと際可愛らしい笑顔を振りまいているご令嬢がいました。彼女がテレサ様でしょう。破裂するのではと思えるほど大きなお胸に、何人もの男性の目が釘付けです。殿下が好きそうですね。
私たちは不自然にならない程度にあちらこちらを歩き回りました。すると、会場の脇の部屋にやたらとガタイのいい警備が二人立っています。会場周辺などならわかります、殿下を呼びつけているのですから、厳重に警備するべきでしょう。ところが周辺は大して多くない人数の警備で、なぜあの部屋の入り口二人も警備が?
怪しいですね。メルシャンさんも気が付いたようです。
まずは男爵とご令嬢にご挨拶です。メルシャンさんはお父様の名代として、私は、パートナーとして自己紹介します。男爵は私をご存知なかったので、背の高さに驚くだけで、特段怪しまれることはありませんでした。
ご令嬢は、やはりというか私のことをご存知の様で、ちょっと意味深な笑いを浮かべながら自己紹介をしてくださいました。チクりと婚期を逃した男女を口にされましたが、そんなことにいちいち反応しているわけにはいきません。でもちょっと悔しいので令嬢の耳元に顔を寄せて言ってやったのです。
「私、結構逆ハーレムを楽しんでいますの」
フフフフフ、何ですか逆ハーレムって! 経験したことありませんけど? でもいいですよね? ちょっと嘘をつくくらい。
メルシャンさんが肩をすくめて呆れています。
ご令嬢に睨み付けられましたけど、さっさと退散です。私なんかに構ってないで、頑張って婚約前提のお付き合いをしっかり周知したらいかが? あまり調子に乗っていると、カルドレア公爵家に潰されますけどね。
侍従として潜入したロハンさんと接触できました。臨時なので重要な情報は知らされてはいないが、殿下がいらっしゃったら、先ほどの部屋に大切に保管されている『あるもの』がパーティー会場に運び込まれる手筈のようです。確定ですね。
人が集まってくる前にどうにかしなくては。とりあえず、ロハンさんが警備員に酒を持って行ってみました。あっさりと拒絶されてます。全く使えませんね。
次にメルシャンさんが酒を飲みました。彼はこの世界では珍しく下戸で、ワイン一杯も飲めません。でも、今日はちょっと飲みました。
はい、酔っ払いのでき上がりです。捨て身ですね。
フラフラしながら警備員の方まで行きました。頑張れメルシャン!
あ、あ、あ! リバーース! 見事なリバースで警備員を一人撃退しました。もう一人の警備員にも少しかかったようです。着替えたそうですねぇ。分かります。
そこへもう一人の潜入要員のカーチスさんが向かいました。彼もガタイがいいので、見ただけで強そうです。実際強いんですけどね。
自然な感じで、着替えをしたそうな警備の方のお役目を代わりに引き受けています。さすがに、汚れた服で立っているわけにはいかないですよね。
酔っ払ったメルシャンさんは空いている部屋で休ませるようです。
二人の警備がいなくなったところで私が部屋の前に向かいました。部屋には鍵がかかっています。髪に挿しておいたピンを鍵穴に入れて、ガチャガチャッと回してみました。え、それで鍵が開けられるのかって? もちろん、開けられません、やってみたかっただけです。
なので、辺りの様子をうかがっているロハンさんを呼んで開けてもらいました。彼の手先の器用さはぴか一です。
中に入ると部屋の真ん中に、仰々しい箱に入れられた指輪がありました。これですね。私は持っていた偽物の指輪と入れ替えました。さっさと去りましょう。
メルシャンさんは――大丈夫でしょう。とりあえず置いていくことにします。
部屋を出るとずいぶんと人が多くなってきています。私はさっさとその場を離れましたが、カーチスさんは警備が戻って来るまでその場に……いるわけないですね。ロハンさんとカーチスさんは厨房出入口から逃げる予定です。
まだ招待客が入ってくるこのタイミングで、会場入り口から出るわけにはいきません。取り合えず逃げられそうな場所を探しましたが、外に繋がる場所には警備員がいます。早く出ないと殿下に渡せません。とにかく出られる場所を探してウロウロしていたら、ウロウロしすぎて侍従に呼び止められてしまいました。
「いかがなさいましたかお客様」
「あ、お手洗いを」
「……そうでしたか、ご案内いたします。こちらへ」
なんだかヤバそうな雰囲気です。なぜかお手洗いに行くというのに上の階に案内されています。なにやら人相の悪い人があちこちにいますね。
侍従が私を少し大きめの部屋の前まで案内しました。ここがお手洗いでしょうか。
ドアを侍従が開けると、私の背中を思い切り押して部屋に押し込めました。全然お手洗いじゃない。
「何するの?」
「は! お前、見るからに怪しいぞ」
「怪しいってなに? 私は招待客よ、こんなことしていいわけないでしょ!」
「いや、お前はここにいてもらう」
「お断りよ。ここから出して。大きい声を出すわよ」
「出せばいい、こんな場所から叫んでも誰にも聞こえないよ。大体お前みたいなでっかい女が貴族のわけないだろ」
貴族ですけど! 背の高さは関係ありませんけど!
「あとで可愛がってやるから、せいぜい怯えながら待ってなよ」
そういうと侍従はドアを閉めて鍵を掛けました。
「失礼しちゃうわ。だいたい、可愛がってやるって悪者がやられるフラグですから」
まぁ、状況は最悪だけど窓を割れば外に出られるので逃げ道は確保できそうです。ここ、二階ですけど。
とりあえず、隠し持っていたナイフで、ドレスのスカート部分を膝上から下に向かって切り裂き、動きやすくしました。
次にカーテンを思いっきり引っ張ってみましたが離れません。仕方がないのでナイフでカーテンの上の方に切り込みを入れて、勢いよくぶら下がりました。すると端からビリビリをカーテンが破れていきます。これ細く切っていけば紐になるでしょう。
そう思って、さらに切ろうとした時が鍵を開ける音がしてドアが開きました。
「あ、お前何してるんだ!」
さっきの侍従と何人かの男達が入ってきました。
私は、カーテンを後ろにやると、伸ばしてきた男の腕を鉄槌で叩き落し、そのまま側頭部に回し蹴りを蹴り込んで沈めました。別の男が殴りかかってきたので、横に躱しつつ相手の手首と胸ぐらを掴んで担ぐように投げ飛ばし、そのまま思いっり腹を踏みつけようとしたら、ちょっとバランスを崩してしまい、思いがけず急所を踏んでしまったようです。
「ぐえっ!」
「やば!」
「この、アマッ!」
横から突っ込んできた侍従と用心棒っぽい男を回し蹴りでノシて、とりあえず落ち着いたようです。
とりあえず、誰かに気がつかれる前に逃げなくては!
窓を開けると、少し離れた所にダイアン隊長達がいます。
「隊長!」
「エリィ! 無事だったか」
「どうしよう」
「飛び降りろ!」
「え! 無理です!!」
「ちゃんと受け止めてやるから早くしろ!」
いや、無理ですよ。マットないんですよ。どんなベテランスタントマンだって、フッカフカのマットに落ちるから無事なんです。
「考えている時間はない、絶対に落とさないから」
私はとりあえずカーテンを外へ投げました。
「広げてください。私はそこに飛び降ります」
「分かった」
皆さんが急いで広げました。あぁ、私は高い所から飛んだことはありません。前世でも高所恐怖症のせいで、五メートル上から飛び降りるのに三十分以上かかっていました。でも、やるしかないですね。女は度胸ですから。
行きます。
落ちる場所目掛けて飛んで、そのまま体を捻って背中を地面に向けました。胸と顔を下にして床に叩き付けられたら大惨事です。
落ちている時間はなんだか長く感じられました。前世と違い今世の私は高所恐怖症じゃなくてよかったです。
ボスッと音がしてカーテンに包まれました。
助かった。急いで立ち上がると、指輪を隊長に渡しました。
「よくやった」
と同時に、ぎゅっとダイアン隊長に抱きしめられてしまいました。
えーー! 何ですかこのご褒美、鼻血が出そうです。
隊長が私から離れた時の周りの方々の生暖かい目……いたたまれない。めっちゃ幸せでしたけどね。
「急いで、殿下の元に向かう」
用意しておいた馬に跨り、一気に殿下の元に走りました。
「そういえば、メルシャンはどうした?」
「あ……」
無事に帰ってきて欲しいですね。
落ち合う場所で殿下はソワソワして待っていらっしゃいました。指輪を見た時の嬉しそうな顔! でも次の瞬間、ダイアン隊長の人を殺しそうなひと睨みで真っ蒼になってましたけど。本当に反省してほしいです。
私は先に引き上げていたロハンさんとカーチスさんと共に駐屯地に戻り、隊長達は殿下と共に男爵邸へ向かいました。その日のうちに男爵と令嬢は拘束され、事件は収束しました。
今日はダイアン隊長と遠乗りに出かけます。本当に久しぶりに休みを合わせることができました。屋敷のシェフに手伝ってもらってお弁当にサンドウィッチとから揚げと卵焼きを作りました。お米があったらおにぎりを握るんですけどね。
「隊長、お待たせしました」
「あぁ、行こうか」
小さな山を越えた先に広がった一面の草原が、私のお気に入りの場所です。
天気が良く、優しい風が気持ちいい絶好の乗馬日和です。
大きな樹の下でブランケットを広げてごろんと寝転がると、空が青くて薄い雲が太陽を時々隠します。
「エリィ」
「はい」
「君はこれからどうするつもりだ?」
「え?どういう意味ですか」
「騎士を続けるのか?」
「もちろんです」
まさか、辞めろとか言いませんよね?
「……結婚は……」
「ふふ、私を貰ってくれる人なんていないって言ってるじゃないですか」
「貰ってくれる人がいたらどうするんだ?」
「また、そんなありもしない話しても……」
騎士になると女性は結婚が遠のいてしまいますからね、心配になってしまうのは仕方がないのですが、そもそもとして――。
「続けるのか」
「……もしそんな人がいても、続けたいですね。私はこの仕事に誇りを持っていますから」
「……そうか、うん、それでもいいよ」
ダイアン隊長が、ウンウンとうなずいています。
「え?」
「エリィ」
「はい」
「私はもうすぐ誕生日なんだが」
「あ! そうでしたね! プレゼントのおねだりですか?」
「そうだ」
隊長の顔がなんだか甘いです。眠いんでしょうか?
「エリィ、私の二つのおねだりを聞いてくれるか?」
「も、もちろんです」
何ですか、この、ムンムン来る色気は。
「私が釣り書きを送ったら、受けてくれるだろうか」
「……はい?」
「君が私に釣り書きを送ってくれないなら、私が君に送る。受けてくれないだろうか」
「ダイアン様……」
私は今、何を言われているのでしょうか? 求婚をされているんでしょうか?
「私なら君より背が高いから、ダンスを踊っても恥ずかしくないだろう? ……君の刺繍が壊滅的なのは知っているから無理にくれとは言わないが、もし可能ならどんなできでもいいから一枚君が刺繍をしたハンカチを貰えないだろうか。そうしたら私は天にも昇る気持ちになると思うんだ」
ああ、涙が止まりません。この人はなんて嬉しいことばかり言ってくれるのでしょうか?
ダイアン様の指が優しく涙を拭ってくれます。
「返事は?」
「……はい、こんな私でよろしければ」
「私は君がいい」
ダイアン様はそう言って、私を優しく抱きしめてくださいました。
それから一年後、私はダイアン様と結婚をしました。
すごーく幸せなことなのですが、『とても信じられない世紀の大ニュース』というタイトルで新聞の見出しを飾ったのは、いったいどういうことでしょうね?
最後まで読んでくださりありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。とても助かります!
新作です。是非お立ち寄りください。
短編
わたくしは恋心を捨てました。それなのに
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