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ハルはエフィとの訓練を終え、少し疲れた様子で家へと向かっていた。
空では太陽が一番高い位置に鎮座し、燦燦と笑顔を振り撒いている。
「うぅ、体の節々が痛い・・・」
「おやハル君、今帰りかい?」
疲れ切った様子のハルを見て、一人の男性が声を掛けてきた。
立派な顎髭をたくわえたその男性は、成人というには少し、いや、かなり小柄な体格の持ち主だった。
やや武骨な体付きをしてはいるが、その言葉遣いや仕草からは、落ち着いた大人の雰囲気を感じさせる。
彼はハルが来るまで何かを作っていたらしく、右手にはナイフが、左手には木材が握られていた。
「こんにちは、ヴェルクさん」
「こんにちは、ハル君。 何だかお疲れのようだね?」
「えっとその、ちょっとエフィお姉ちゃんを怒らせちゃって」
ハルは結論だけを伝えたが、それでもヴェルクは黙した部分を汲み取って状況を理解した。
「あ~、なるほど。 エフィ君は体育会系だから、訓練でみっちりしごかれたってところか」
「ええまあ、そんなところです」
「ははっ、あんまり彼女を怒らせるようなことをしちゃダメだよ?」
「はい、気を付けます。 ところで、今日は何を作っているんですか?」
ハルはヴェルクさんの左手に持っているものに興味を示し、質問してみた。
それはまだ作っている途中なのか、木で作ったロケットのような形をしていた。
「ああ、これかい?」
「うん。 いつも作ってるお椀とかお皿じゃないみたいだし、おもちゃにしては変な形をしてるから」
「これは玩具じゃなくてね、仏様を彫っているんだよ」
「ホトケ・・・様?」
ハルは仏様というものを知らないらしく、首を傾げてヴェルクに尋ねてみた。
「仏様っていうのはね、僕たちのことをいつも見守ってくれていて、正しい方向に導いてくれる存在のことだよ」
「んー、それって神様みたいなもの?」
ヴェルクは少し言葉に詰まってしまった。
知識上では双方は違う物と分類されているが、それはどちらも会ったことの無い未知の存在であることに変わりなく、実は同じものなのかもしれないとヴェルク自身も思っていたからだった。
なので、仕方なく言葉を濁して返答することにした。
「うーん、正確には仏教だから神様ではないんだけど、僕たちよりも上の存在って言う意味では近いものなのかもね」
「ふーん? よく分からないけど、ホトケ様ってすごい人なんだね」
「そうそう。 だから誰も見ていないからといって、悪い事とかしちゃダメだよ?」
「うん、ボク悪いことはしないよ! だって、悪い事したらお母さんが悲しむから!」
「そうだね。 じゃあハル君にとって、お母さんが仏様みたいなものなんだろうね」
「え? お母さんはお母さんだよ?」
どうやらヴェルクの例え話を、その言葉そのものとして捉えてしまったようだった。
ハルのその真っ直ぐな問答に、ヴェルクの方がキョトンとしてしまう。
だけどすぐにまた、いつもの彼自身に戻って言葉を続けた。
「・・・そうだね。 ちょっと変なこと言っちゃったかな?」
「ううん。 ヴェルクさんの話ってちょっと難しいけど、ボクの知らないお話が聞けるから楽しいよ」
「そうかい? まあ、ハル君が楽しんでいるならいいかな」
ハルの元気になった姿を見て、ヴェルクは安心をした。
「あ、そのホトケ様っていうのが出来たら、ボクにも見せてね!」
「いいよ。 仕事の合間に作ってるから、気長に待ってくれると嬉しいな」
「うん分かった、楽しみに待ってる! じゃあ、そろそろお昼だからボク帰るよ!」
「ああ、引き留めて悪かったね」
「またね~!」
ヴェルクは手を振りながら去っていくハルのことを、同じように手を振りながら笑顔で見送った。
ハルの姿が見えなくなったのを確認すると視線を作りかけの仏像の方に移し、それをまじまじと見つめて呟いた。
「本当に僕たちのことを見守って導いてくれるのなら、なぜ僕はここにいるんだろうね・・・」