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の山から駆け降りてきた風たちが、木々を揺らしながら森の中を通り過ぎていく。
その中で一際楽しいことが大好きな風の子が、木々の合間を縫いながら今日の悪戯の相手を探すように右へ左へと飛び回っている。
視線の先には、森の中に佇む集落。
昨日は寝苦しかったのか、窓が開けっぱなしになっている家があった。
窓の向こうには、真っ白なシーツに包まってスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている少年が姿が見える。
どうやら今日の悪戯の相手をこれと決めたようだ。
風の子は、それと言わんばかりに一直線にそこへ向かって行く。
びゅぅっ!
夜の冷たさと木々の緑の匂い含んだ風が窓から飛び込み、少年の頬をサッと軽く撫でると、捕まらないようにすぐに出ていってしまった。
「ん~~っ! もう朝かぁ~」
少年はベッドの上で軽く背伸びすると、窓の外をぼんやりと眺めた。
窓の外には揺れる青々とした森の木々、青から赤へとグラデーションを重ねる澄んだ空、まだ少し赤みを帯びた太陽、それに小鳥達の楽しい話し声が聞こえてくる。
「今日もいい天気だなぁ」
それから暫くの間少年は時間を忘れ、何気ない日常を満喫していた。
そんな折に、下から少年を呼ぶ優しい声が聞こえてきた。
「ハル~、もうすぐご飯の準備が出来るから降りてらっしゃ~い!」
少年は自分の名前を呼ばれて、ハッと我に返った。
どうやら、もう朝ご飯の時間だったらしい。
ハルは急いで服を着替え、下から漂ってくる温かで美味しそうな匂いを辿りながら降りていった。
「おはよう、サティお母さん」
「おはよう、ハル。 今スープを出すから座って待っててね」
「はーい」
テーブルの上には既に、木の食器に盛られたパンやサラダが置かれていた。
ハルはいつもの席に座ると、母の後ろ姿を眺めながら待つことにした。
母の頭の白い三角巾の隙間から覗く小さな黒い角、背中から生えている少し丸みを帯びたコウモリのような灰色の羽、お尻からは先っぽにピンクのハートが付いた可愛らしい尻尾がご機嫌な感じで揺れている。
ハルは自分とは違う容姿の母親を疑いもせず、いつも通りと安心して眺めていた。
スープを盛り終わると、サティも自分の席に座った。
「じゃあ、冷めないうちに頂きましょうか」
「うん! いただきまーす!」
「はい、いただきます」
二人は両手を合わせて料理に感謝の意を表した後、思い思いに食事を楽しんだ。
食事が終わって少しお腹を休めた後、いつものように食器を片付けようとした時だった。
「あ、食器は私が片付けるから大丈夫よ。 それよりも、今日はエフィさんに弓を教えてもらうんだって言ってなかったっけ?」
「あ、そうだった! 今日はエフィお姉ちゃんに弓を教えてもらうんだった! しかも、いつもより少し早く始めるって言ってた!」
「あらあら、それは大変ね。 それで、約束の時間には間に合いそうなの?」
「うーん、今から急いで準備すればギリギリなんとか」
「じゃあ、急いで準備しなくちゃね」
「うん!」
「私は片付けが終わったらロゼさんたちと森に行ってくるから、気を付けて行くのよ」
「うん、分かった。 じゃあ、準備して行ってきまーす!」
「ハル、急ぐのはいいけど転ばないようにねー?」
「大丈夫だよー!」
ハルはバタバタと音を立てて自分の部屋に戻っていった。
その後ろ姿を見ていて、サティは少し不安になってしまった。
「・・・私、少し心配性かしら?」