4.エマとして考えること
「エマ、起きた?」
目を覚ますと母が目の前にいた。
心配そうな顔をして覗き込んでいる。
「うん、母さん。ごめんね」
心配させまいと、なるべく笑顔で返した。
グゥゥゥ
「…母さん、おなかすいた!先生にもらったかぼちゃたべたい」
「ふふっ、少し寝たら元気になったみたいね。すぐあっため直すわ」
7歳であることは自覚していても、お腹が鳴るのはやっぱり恥ずかしい。
母が寝室から出て行く。
お腹は空いたが、考えなければいけないことがいくつもある。
まず一つ、大事なのは”記憶持ち”であることをバレないように生きる事。
エマの記憶を辿るならば、この村は王都から少し離れていて神の信者が少ない。聖女や聖人だけでなく、”記憶持ち”を見つけ次第売ろうという魂胆は感じない。
だけれども、商人や運び屋などがどのように情報を入れているかはわからない為、気遣いが必要だ。
次に二つ目、衛生的な観点だ。
前世の記憶が戻った後、考えても衛生的に悪すぎる。
私が聖女として働いていた時、どうしても衛生面の悪い所へ目がいってしまい、女性としての知識を存分に振る舞っていた。
私の与えた知識が城内だけでなく、街や村まで渡っていると思っていた。
でも、どうやら違うみたいね。
ナタリーの住んでいた村に少しでも還元できるように、と思っていたけれど…
城と与えられた屋敷の往復しか移動を許されなかった前と違って、今は自由なのだ。
あの頃自由と引き換えに行っていたことが無駄ではなかったと信じたいけど、エマの生活を見ていると浸透しているとは言えない。
それに、正直日本に住んだ後大きな屋敷でメイド付きだったのにエマになった途端この暮らしは耐えれるものではない。
調べてみようかしら…でもどうすれば…
う〜ん。考えても出ないわ。
次にいきましょう。
気を引き締めて、三つ目はこの村の金銭面だ。
衛生面と繋がることもあるけれど、エマの持っている記憶と先生の荷車に乗っている時に見ていた時に感じていた。裕福ではないのは私の家だけではなくこの村全体であることだ。
…これも7歳児のエマが考えることではないかも知れないし、変に動くと怪しまれるわ。
まだ、エマの記憶もあるから凄い拒否反応があるわけではないけれど。
そして、記憶が戻った時に気になっていた四つ目…
「エマ、かぼちゃと穀物の柔く煮たの、出来たわよ」
消化の良さそうなものを持ってきた母により思考が切られる。
「母さん!ありがとう、おいしそう」
「暑いから気をつけて」
ふぅふぅ
「おいしい!」
「よかったわ。…ねえ、エマ。どうして川に飛び込んだりしたの?前みたいなこと…」
ん?前?
「母さん、前って?」
「エマは覚えてはいないわよね、…。あなたはもっと小さかった時にもよく危ない真似をしてたのよ」
少し考え込むようにして、エマの母は言葉を選んだ。
「何度止めても棚に頭から突進したり、井戸に落ちようとしたり、キッチンのナイフを掴んだ時もあったわ。それからちょっとして、桶に溜めていた水に顔を入れて溺れたのよ。大きな熱を出して、それからは危ないことをしてはいけないことを覚えたと思っていたのに」
「ごめん母さん。気をつけるから。今日は川で大きい魚を見つけてはしゃいじゃったの」
「気をつけてね…」
エマの母はエマに布団をかけて、悲しそうな顔をして、空いた皿を下げに再びキッチンへ戻っていった。
…それにしてもエマは、2、3歳の頃に何回も私の潜在的自殺願望によって、死にかけていた。
エマの記憶があるとは言ってもそのことは覚えていない。
溺れてから、私の記憶と一緒にエマの中でも記憶が強制的に閉ざされたのね。
2、3歳のエマでは死にかけた事を覚え続けていなかったけれど、今回川で溺れたことによって前世の記憶が再び蓋を開けた。
「…ごめんなさい、エマ。あなたを不幸にはさせない。決して変な目を向けられることがないように動くから。」
私は小さな声でエマに決意した。