2 走馬灯でも夢でもない。
先生の荷車によって、私は家まで運ばれた。
村自体がそんなに広くも裕福でもないため、人同士が助け合って生きている分、噂も秘密もないほど全ておっぴろげだ。
「家に着いたよ。背負うから、ほら、腕を伸ばして。ユーラン、荷車のかぼちゃ一個持ってくれないか」
先生はテキパキと動き、家の中に進んでいく。
するとジナンに呼ばれた母が青白い顔をして出てきた。
「エマ!!!」
「母さん…」
「先生、ありがとう。重たかったでしょう。子供と言っても、もう7歳だから…」
そう言いながら母は、私を腕の中へ移動させる。
「いや、大丈夫だよ。先程までかぼちゃと荷車で運んできたから。ユーラン、そのかぼちゃをハンナさんへ渡してくれ。…ハンナさん、きっとエマも体力を消耗したはずだから、このかぼちゃでも食べさせてあげて」
「まあ!迷惑をかけちゃったのに…ありがとう。今度また何かでお礼するわ」
ジナンとユーランが何かを言いたそうにしていた。
「もちろん、ジナンもユーランもかぼちゃ持って帰りな。疲れただろ。」
「いいのか!!」
「やったー!!」
先生はやはりよく見ている。
「ゆっくり休んで」
そういって先生はジナンとユーランと共に帰っていった。
「エマ、お願いだから心配させないで。」
いつも眠る前には身体を拭いているが、今回ばかりはさせてくれないらしい。
「ごめん、母さん…」
私は、母によって寝かされた布団の中に入った。
母は、悲しそうな顔をして、夕飯を作りに台所に戻っていった。
溺れた時に暴れたおかげで、すごくお腹が空いていたはずなのに、それよりも眠たい。
眠気に抗えず、私は夢の中に潜った。
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「これ、やっといて」
「次の会議までにこれよろしくね」
「先輩、これわからなくてぇ、お願いしてもいいですか?」
仕事仕事仕事仕事
大学生の頃は将来に希望を感じていたはずだった。
先輩も、入社当初は優しかった。
それが今では…。
「仕事ってなんだかな〜。よし、終わった」
転職してる友人のように他に何かに踏み切れるほど勇気もない
「残業しすぎで、むしろこの時間が定時よ!」
お酒を一缶握りしめた男性が横たわったホーム
近いうちに同じようになりそうで地獄に感じていた。
「おい、何見てる」
「え?」
「おんな、いつもいつもいつもいつも馬鹿にしたような目で見て!ッ!オレだって!好きでこんなんに!なってないんだ!!!」
先程まで横たわっていた男性が缶ではなく、ナイフを持ってこちらに走ってきた。
ああ、死ぬ前はスローモーションに感じるとはこのことか。
この男性もきっと明日になれば私を刺したことを後悔しているかもしれないし、忘れているかもしれない。
私を刺す気でいたのか、自分を刺す気でいたのか。
私もこの男性も何か人生の節目を求めていたのかもしれない。
脇腹に熱く、赤く、輝いたものを感じたのはそれからすぐのことで、不思議と明日の仕事について何も思わなかった。
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「んっ…」
眩しくて、思わず目を開ける。
目をあけ、視界に入ってきたものは、木と、木漏れ日と、うさぎ…
「うさぎ!?」
声に驚いてうさぎが去っていく。
「えっ、なにこれ?どんな走馬灯?森に入ったことないんだけど」
起き上がって周りを見渡しても、仕事用のカバンもない。着ている服も違う。
なにこの手作り感満載の服…布を紐でくくっただけじゃない…。柄もないし
「一体どう…」
「いたぞ!!!!!!」
「えっ」
森の奥から男性が五人ほど走って出てきた。
男性達は私と同じような服を着ていた。
「ナタリー!無事だったか!!!」
安堵したような表情をしている。私を追っていたわけではないらしい。
けど、ナタリーって何その名前
これは走馬灯じゃなくて夢なのね。刺された後どうにか生き延びたのか。辛坊強いわ。
けれど夢の中で名前が違うのはいただけないわ。
わからなくなってしまうもの。
「私、ナタリーじゃなくて木梨リンよ。リン」
私は夢の中で生成した男性たちに修正を求めた。
「えっ?ナタリー、何を言っているんだ?」
「どういうことだ?」
「冗談を言っているのか?」
「いや、村で騒動になったほどだ。そんなことを言える勇気などあるものか」
「冗談じゃないということか?」
男性達が何か囁いて相談し合っている。
どうしたものか。木梨リンをこんなにすんなり受け入れてくれない夢もあるのか。
というより、夢を見ていることを自覚してるなんて明晰夢なのね。
これから、この男性達に着いていくのが夢の醍醐味なのだろうかと思いながら男性達の動向を窺っていると、男性達がこちらに熱視線を送ってきた。
一目惚れ…?逆ハーレムの願望でもあったのかしら?
「ナタリー、いや、リン…様でしたね?」
一人が地面に座っている私の目線に合わせてしゃがんで、いや、跪いてきた。
「ええ、」
「リン様、貴女様は神の使いです。王城へ参りましょう。申し訳ございません。そちらの身体はナタリーという女が勝手に使用しており、決して綺麗とは言えません。貴女様の行くべき場所、いるべき場所へ案内いたします。」
相変わらず、強い熱視線だ。
いきなり王様のいるお城へ案内されるとはどんな夢なのか。神の使いだなんて、変なの。
そう思いながら、立ち上がった私は男性達に前後を挟まれた状態で森の中を歩いていた。
「痛っ」
「ナタリー!い、いや、リン様!大丈夫でしょうか?」
道という道もない森の中で、私は折れた枝に脚を引っ掛けてしまった。
…痛いわ。夢なのに何故?
「リン様!血が出ておいでです!ああ!もったいない!神のお力が!!!」
私の後ろについて歩いていた男性が騒ぎ立てる。
神のお力って…。そんなに神がすごいのかしら。
確かに死にかけたけれど、神様とはお話ししていないのに。早く修正しなきゃ。
けれどこんな熱視線を受けている中で否定はしづらい。
王様に直接言えばいいのね。お城も行ってみたいし。
「え、ええ。それと、私は確かにリンだけれど、この世界でナタリーだったのなら、ナタリーでいいわ。」
私は脚を気にかけながら、この身体の持ち主だったナタリーを一番心配していた男性に向けて声をかけた。
きっと、村から探してきてくれたこの男性はナタリーの事が好きだったのね。
「ナタリーの事を奪ってしまってごめんなさい。大切にしますね。」
ナタリーの事を心配していた男性が目を潤ませながらも、小さな声で「ありがとうございます」と顔を伏せた。
傷を負った脚の熱さは、駅のホームで感じた熱さと似ていた。
私は、夢でないと、そう思った。