突然の訪問
エイミーがいないと、今一つ分からないハリーの思考が、今は手に取る様に分かる。
まあ、ハリーに限らず普通の人は、きっと同じ思いを浮かべるだろう。
だってさ、こんなにじーっと見られたら、どう対応したらいいか分からないでしょう?
それも高位貴族で銀獅子団の騎士に。
この状況に至ったのは、つい先程の事だ。
帰りの馬車の準備が出来たので、玄関前まで出て来た私達。
先にハリーの選んだ3枚の絵を、馬車に積み込んでいる所で、エイミーが忘れ物をしたと言って取りに戻ったのよ。
で、ハリーと2人で待っていたら、門の方からこっちへ向かって、馬の蹄の音が近付いて来るから、何事かと思うじゃない?
そしたらなんと!馬に跨るユーエンが現れたんだから、驚いたのなんの!
銀獅子団の制服を着て、巧みに馬を操るユーエンの姿は、さながら物語の騎士の様で、ハリーと私は思わず見惚れて口をポカーンと開けてしまった。
でも、颯爽と馬を降りる姿を見ながら、ハリーがボソリと「‥あれはモテるだろうな」って呟いたのを聞いて、ハッと我に返ったわ。
「ア、アスベル卿、一体どうなさったのですか?」
慌てて尋ねる私とは対照的に、ハリーはサッと腰を屈め、胸に手を当て挨拶の礼を取る。
こういう所は流石だよねー。
日頃の接客で身に付いた物だろうな。
「聞くべき事があった。‥‥友人か?」
えっ?と思ってユーエンを見れば、ハリーの方を見ている。
「はい。僕はハリー・ゲイブルと言って、リリアとは親しくさせて貰っています。家はゲイブルの店というのをやっていますが、ご存知でしょうか?」
うん、流石ちゃっかり家業の売り込みも忘れていないね。
「‥‥リリア‥と、呼んでいるのか?」
「はい、僕達はとても仲良しなので、お互いに名前で呼び合っていますが‥」
と、答えるハリーの顔を、ユーエンはまるで睨み付ける様にじーっと見ている。
そしてそのまま数分間‥この状態。
引きつった笑顔のハリーの顔には、「助けて!」とはっきり書いてあるけど‥
でもごめん!無理だから!
私にはユーエンが何を考えているのか分からないんだもの!
いや〜どうしようかねぇと思ったその時、玄関を開けてエイミーが戻って来た。
「ごめーん、お待たせー‥えっ!?」
「エイミー!」
お願い何とかして!と、叫びたい程に、今の私達は追い詰められていた。
それは私の目線やハリーの表情から読み取ったらしく、エイミーはスカートを持ち上げて優雅に礼を取った。
「あの、アスベル卿とお見受けしました。私はリリアの親友で、エイミー・ブラッドリーと申します」
「ユーエン・ジョッシュ・アスベルだ。‥親友か?」
「はい。今日はリリアの所へお邪魔しておりまして。本当は私1人で来る予定でしたが、幼馴染のハリーが、どうしても私と離れたくないと付いて来たので、リリアには迷惑をかけてしまいました」
と、エイミーが言った所で、ユーエンはハリーから目を離した。
流石エイミー!グッジョブ!
何がなんだか分からないけど、緊迫した空気は柔らいだ。
「‥そうだったか。邪魔をした様ですまない」
「いえ、もう帰る所でしたので、お気遣いなく。ところで、アスベル卿は何かご用があって、こちらへいらっしゃったのですか?」
「用‥という程ではないが、聞きたい事があってな」
「聞きたい事‥ですか?ああ!リリアにですね!」
おおっ!!流石エイミー!何か話弾んじゃってるよ。
てか、良くそんな短い単語で理解出来るよね。
改めて尊敬!
と、エイミーに尊敬の眼差しを向けていると、顎でクイッと合図を送られた。
ああそうだった。私に聞きたい事だったな。
「ええと、私に何を聞きたいのでしょうか?」
「花は‥好きか?」
「嫌いではないですけど、特別好きという訳では‥ぐふぉ!」
ううっ‥!凄い勢いでエイミーの肘が入ったよ!
何!?何かまずい事言った私?
「あのですね、リリアは花束より鉢植えが好きです。それもスミレなんかの素朴な花を好むのですよ」
「‥そうか。鉢植えを好むのだな」
「ええ。因みに宝石の類はあまり好みません。喜ぶとしたら、画材ですね」
「画材‥か」
「はい。あ、そろそろ私達は失礼しますね。後は直接リリアと話して下さい。それじゃリリア、また明日!アスベル卿、ごゆっくり!」
「えっ!?ちょ、えっ!」
「ほら、ハリー行くわよ!」
「う、うん」
エイミーはハリーの手を引っ張り、さっさと馬車に乗り込んだ。
そしてゆっくり走り出す車窓から、ヒラヒラと手を振り、パチンとウインクを送っている。
それ、何の合図?
あのー困るんですけど。
いきなり2人にされても、ねぇ‥
チラリとユーエンを覗き見すれば、パチリと目が合う。
ここは何か話しかけるべきよねと、思った所でユーエンが先に口を開いた。
「同僚が‥花を贈るべきだと言ったのだ。謝罪の意を込めて」
「謝罪?えっ!?もしかしてこの前の事ですか?」
ユーエンはコクリと頷く。
まさか‥気にしている訳じゃないよね?
「えと、その事でしたらあの時謝罪を頂きましたので、もう結構です。ですから本当にお気遣いなく。私も生意気な口利きをしまして、反省している所ですので」
「‥‥」
ハァ、またダンマリ。
どうもユーエンとは会話が続かない。
あの2年間もそうだったもん、やり直したって変わらないよね。
「あの、良かったら中でお茶でも如何ですか?」
「いや、仕事を抜けて来たので、戻らなければならない」
「そうですか。残念です」
とは言ったけど、内心ホッとしてる自分がいる。
だってこれ以上関わってはダメだと、本能的に感じるんだもの。
「では、また」
と言ってヒラリと馬に跨り、門へ向かって走り出すユーエン。
は〜‥やれやれだわ。
思わず大きな溜息が漏れる。
ん!?待って、今「また」って言ったよね!?
全身の血の気がサーッと引いていくのを感じる。
その時私は気が付いた。
未来を変えようと足掻いてるのに、もしかして望まない方向へ向かってない?
読んで頂いてありがとうございます。