話の方向
我が家に着いてからの私達は、私の部屋でお茶を飲んでいた。
部屋の中央にある2人掛けソファには、いつもそうする通りにエイミーが腰を下ろし、そしてその隣には当たり前の様にハリーが座っている。
エイミーは物言いたげにハリーを睨んだが、全く気にせず座っているハリーの図太さに、呆れるを通り越して寧ろ尊敬の眼差しを向けてしまった。
ハリーを諌めるのを諦めたエイミーは、焼きたてのマドレーヌを口に運ぶと、私に向かってズバリと一言。
「ねえリリア、昨日はどんな感じだったの?」
「えっ!ええと‥いきなりね」
「そりゃそうよ!だってその為に来てるんだから」
まあ、確かに。
少し面白がっている感は否めないけど、聞いて貰わない事には始まらない。
私は観念して、昨日の経緯を2人に話し始めた。
ユーエンの態度から嫌われていると思った事、断りの申し入れをした事、その後の謝罪と歩く練習、お陰で母達に誤解されてしまった事を一通り話すと、エイミーは訝しげな顔を向けてこう言った。
「リリア、それだけの理由で断る必要ある?」
「えっ!?それだけの理由って‥」
「だって、まだ一回しか会ってないじゃない。それだけで判断するのは時期尚早だと思うわ。ね、ハリーもそう思うでしょ?」
「‥このクッキー美味いな」
っておい!聞いてないのかハリー!
「ほらね。やっぱり普通はそう思うのよ」
いや、聞いてたエイミー?
ハリーは質問に答えてないよ。
答えるっていうか、寧ろ独り言だからね。
クッキー以外に反応してないからね。
「で、でもさ、釣り合いってのがあるじゃない?私はほら、この通り地味で平凡な顔で、特に取り柄もないけど、あちらは誰もが憧れる公爵家の嫡男よ。苦労するのが目に見えてるわ」
「あら、何言ってるの?リリアは性格が地味で、ネガティヴ思考と妄想癖があるだけで、顔はとても可愛いわよ。童顔というか、小動物系?ね、ハリー?」
「あの壁にある絵ってさ、作者は誰だろ?」
っておい!やっぱ聞いてないのかハリーよ!
それにしてもエイミー、小動物系って可愛いの例えになるのか?
何気に性格について、軽くディスってるし。
「ああ!そうそう!リリアにはちゃんと取り柄があるじゃない!絵の才能よ!さすがハリー、いい所に気付いたわね」
えっ!?ハリー褒められちゃってんの?
なんで会話成立してんの?
「あれリリアが描いたのか!?何だよ〜水臭いなぁ、早く言ってくれたら良かったのに」
何故私が絵を描く事を、ハリーに教えなければいけないのだ?
よく分からないが、エイミーはウンウンと頷いている。
「あの絵は単なる趣味ってだけよ。素人作品だから、わざわざ言う必要もないでしょ」
するとハリーは人差し指を立てて左右に振り、チッチッチッ!と得意げな顔をした。
え〜と‥微妙にイラつくわ。
一体何なん?
「リリアさー、俺の家が何の商売してるか分かってる?」
商売?ハテ‥確か宝飾品とか骨董品だった様な‥
「ぼやっとだけど、骨董品とかだよね?」
「そうそう。骨董品の中には、絵も含まれてるんだよねー。リリアも知ってるだろ?俺の特技」
「あ!」
言われるまで忘れていたけど、ハリーには目利きの才能があったのだ。
というか、彼の父親に幼少期から仕込まれ、今では査定の手伝いもしている。
以前貴族至上主義の1人が、自慢していた懐中時計を紛い物だと見抜き、買った店の悪質な商売を暴いたという実績もあったのよね。
その際「お買い物は是非当店で!」などとちゃっかり宣伝もするという、根っからの商売人でもあるんだわ。
「リリアの絵だけどさ、2、3枚借りてってもいいかな?」
「‥いいけど、どうするつもり?」
私が聞くと、ハリーはニヤリと笑みを浮かべる。
横で聞いていたエイミーは、パン!と手を叩き、興奮気味に立ち上がった。
「流石ハリー!それ、いいアイデアだわ!」
いや、こっちは何のこっちゃなんだけど。
この2人は付き合いが長いだけあって、お互いに言わんとする事が分かっちゃうんだから、ある意味いいカップルだよね。
「えーとさ、私に分かる様に説明してくれる?」
「リリアの絵に、俺の目利きアンテナが反応したんだよね。だから試しに、店に飾らせて貰おうかと思ってさ。もちろん装飾の一部として。それで来店客の目に留まったら‥」
「留まったら?」
「リリアの絵は売り物になる!って事さ」
「ええっ!?」
驚いて素っ頓狂な声を出す私に、エイミーは満面の笑みで大きく頷いた。
趣味で描いていただけの絵が、そんな評価を貰えるのは素直に嬉しい。
でも、何だか話の方向が、おかしな方へ向かってない?
複雑な心境の私とは裏腹に、ハリーは私の絵を繁々と見つめている。
全体を見終わると私の方を向き、唐突に本題について意見を述べた。
「あのさーリリア、断る必要ないんじゃない?態度について言わせて貰えば、単に人見知りってだけかもしれないし。ペラペラ喋る社交慣れした軽薄な男より、謝ってくれるアスベル卿は、誠実な人だと俺は思うよ」
ええ〜!!聞いてなかったんじゃないの?
いや、いきなりだなぁハリー。
驚いて目を丸くしたけど、的を得た意見を述べられたら、何も言えなくなるよ。
でも、私は未来を知っている。
どうにかして断わりたいのは、自分を守る為なのだ。
とはいえ、2人にそんな事を話したら「いい病院紹介するよ」なんて言われてしまうのがオチ。
私は「そうかなぁ?」と曖昧に答えて、一つ溜息を吐いたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。