未来という過去3
何が起こったのか分からないけど、さっき衝撃を受けた部分が酷く痛む。
それに息苦しさも感じて、大きく目を開けると、飛び込んで来たのは思いもよらない場所だった。
まだボーっとする頭に、時々襲って来る痛みが意識を繋ぐ。
段々とはっきりして来る頭が、どうやら私は殴られて気を失っていたのだと理解する。
そして庭園とは違う別の場所へ、輸送されているのだという事も。
何故なら目に映る景色は、お世辞にも普通とは言えない程ボロボロの馬車の室内で、ガラガラと音を立てながら、進んでいるのが分かるからだ。
おまけに手足は縛られ、声を出そうにも口元は布できつく縛られている。
察するに私は‥何者かによって襲撃され、拉致されたといった所か。
いや、ちょっと待って!えっ!?これってどういう事!?
訳が分からず軽くパニックに陥り、必死にもがいてはみたけど、逆に縛った縄が食い込み、更なる痛みを呼んだだけだった。
仕方なくじっとして様子を窺う。
向かいの座席には破れた穴からスプリングが覗いており、足元は擦り切れて床の塗装が剥げている。
念の為手足を縛った縄を切る物が無いかと、隅々まで見てはみたけど、それらしい物は見つからなかった。
こうなると‥焦るよねー!
だってさ、何の目的で攫われたのかも分からないし、この扱いを見る限り、この後の展開が最悪な物しか想像出来ないんだもの!
例えば人買いや娼館に売られるとか、或いは殺されるとか‥
想像しただけで物凄く怖い。
とにかく何とか逃げなくちゃと頭を捻っていると、馬車は急に速度を落とし、暫くすると停車した。
私は何が起こるのか身構え、入り口のドアに集中する。
すると突然ガチャリと乱暴にドアが開かれ、小太りの男が顔を覗かせた。
「おや、お目覚めかいお嬢ちゃん。丁度いいな。今、ちょっくら可愛がってやろうかと思った所だったからよ」
「ううっ!!」
悲鳴を上げたつもりでも、口元の布で呻き声にしかならない。
「へへっ‥。こんな汚れ仕事だからよ、売り飛ばす前に味見したって、バチは当たらねぇだろう?なぁに、ちいと我慢すればすぐ終わるさ。これからは毎日する事だからな」
下品な笑いを浮かべる男のセリフから、私をそういう所へ売るつもりである事を知る。
やっぱり想像した通り、最悪な展開だったのだ。
それなら一縷の望みにかけるしかない。
私は体から力を抜き、ぐったりした体を装った。
予想通り男は、私が完全に諦めたと思ったらしく、口笛を吹きながら足の縄を解いていく。
縄が完全に解かれ、男が足に触れた時「今しかない!」と思った私は、渾身の力を足に込めた。
ガツン!!
男の顔面目掛けて蹴り上げた踵は、顔の中央にある鼻にクリーンヒット!
幸いこの日はストラップ付きのヒールを履いていたので、脱げずにしっかり足に固定されている。尖ったヒールの先は、結構なダメージを与える事が出来た。
「グワッ!!」
油断していた所に踵をお見舞いされた男は、為す術もなく外へ転げ落ちて行く。
この隙を逃してたまるか!
そう思った私は、自分でも信じられない程素早く起き上がり、馬車の外へ飛び出した。
所謂火事場の何とかってやつ!?
案外冷静に行動してる自分に驚いたわ。
とはいえ未だ危機的状況な訳で、今動かせるのは縄を解かれた足のみだ。
とにかく男が復活する前に、出来る限り遠くへ逃げるしかない。
外に広がる真っ暗な闇の中を、私は無我夢中で走り出した。
走って気付いたのは、道が石畳ではないという事。
凸凹した土の感触から、整備されていない田舎道を走っていたのだと気付いた。
どうも一本道の様で、次第に暗闇に慣れ始めた目が、左右に木立のシルエットを捉える。
木立の中の方が見つかりにくいのでは?
そう思った私は、左側の木立の中へ入って行った。
後方からは男の声が近付いて来る。
捕まったらおしまいだわ!
木立の間に降り積もった落ち葉が、走るスピードを削いで行く。
時々引っかかるドレスの裾が、無駄に体力を消耗させたが、足を止める訳にはいかなかった。
「おい、待て!その先へ行くな!」
男が叫ぶ声が聞こえる。
声の様子から、男がかなり近付いて来ていると分かったので、力を振り絞って先へ進んだ。
大体こんな状況で、待てと言われて待つ訳ないでしょ!
喉の奥では血の味がして、とうに限界を超えているけど、逃げるしか選択肢は無いんだから。
足に力を入れて一歩を踏みしめ、私は前へ前へと進み続ける。
すると突然、足元にある筈の地面の感触が無くなり、フワリと体が宙に浮いた。
かと思ったら、今度は下へ真っ逆さまに落ちて行く。
上の方からは男の叫ぶ声。
その声で、私は崖から落ちてしまったのだと、全く予想しなかった、最悪な展開に陥ってしまった事を知ったのだ。
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