未来という過去2
ウルセラから逃れた私は、嫌な気分と沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、ホールで父の姿を探した。
けど、引き止められている間に、フロアにはダンスを踊る人々が溢れ、父の姿を探すのは困難な状態になっている。
まあ、どうせ特にやる事も無いのだからと、飲み物を貰って軽食を摘んだ。
生ハムとチーズの載った一口大のパンを口に運び、何となくあたりをボーッと見回すと、上座で国王陛下始め王家の方々が朗らかに歓談している姿が目に入る。
そして、その後ろに控えるユーエンの姿も。
うん、誰よりも目立ってるね。
目立っちゃいけない役割なのに、公式行事の際に着用する銀獅子団の制服は、いつもの倍も凛々しさを増し、人々の視線を集めている。
いや、ユーエンが目立ってどーすんのよ!なんて脳内突っ込みを入れて、ちょっとした憂さ晴らしをしてみたけど、私のいる位置とユーエンのいる位置が、まるで今の私達の距離を、はっきりと表しているみたいで、逆に悲しくなって来た。
そして何となく目を離せず、そのまま見つめ続けていると、ユーエンに近付く一人の女性の姿が。
遠目からははっきりと顔立ちは見えないけど、茶色の柔らかそうな髪を緩く巻き、頭には小さなティアラが乗っている。
そして華やかなドレスに負けない、堂々とした雰囲気を纏っており、王族と席を同じくする事から、高貴な身分である事は想像がつく。
恐らくあの方がミリアム王女なのだろう。
王女はユーエンの隣に立つと、腕を引っ張り屈む様に促す。
ユーエンがそれに従い、中腰の姿勢になると、王女はユーエンの耳元へ顔を近付けた。
それは僅か数秒の出来事ではあったけど、ユーエンの耳元へ何かを囁く王女の姿は、2人の関係を印象付けるには十分の時間だったわ。
途端にあちこちで私を見ながらヒソヒソと話す輪が出来上がり、中にはクスクスと蔑む笑い声まで聞こえて来る。
当然そんな空気に耐えられる筈も無く、人気の無いバルコニーへと逃げる様に移動した。
ああ、せめてユーエンに一矢報いてやりたいと思ったから、思いっきり睨みつけてやったわよ。
多分遠くて見えないだろうけど。
その時目が合った様な気がしたのは、見間違いかもしれないわね。
とにかく私は一刻も早く、その場から逃れたかった。
バルコニーには人影すら無く、逃げるには丁度いい。
でも、後からやって来る人だっている筈だ。
幸か不幸か大広間は一階で、バルコニーからは庭園へ降りられる様になっている。
迷わず私はそのまま歩を進め、手入れの行き届いた庭園へと降りて行った。
まるで幾何学模様の様な、刈り揃えた木々の合間を真っ直ぐ進むと、中心には噴水が音を立てて水飛沫を上げている。
夜でも明るく見えるのは、今は滅んでしまった魔法使い達の残した、光る石がそこら中に置かれているせいだろう。
流石に王宮ね。貴重な石をふんだんに使えるなんて贅沢だわ‥なんて思いながら噴水まで歩くと、ついに堪えていた物が一気に溢れて、熱い涙が頬を伝った。
噴水の水面にぼんやりと映る自分の姿は、美しい容姿も持ち合わせていない、どこにでもいる平凡な娘の顔をしている。
いや、違うか。
平凡で惨めな娘だわ。
ううん、平凡で惨めで都合の良い娘なのよ私は。
マイナス思考に拍車がかかると、どうしようもなく自分が嫌になって来る。
こんな時は泣くっきゃ無いでしょ!
誰もいないのをいい事に、私は声を上げてわんわん泣いた。
ひとしきり泣いて暫く経つと、多少はすっきりしたのか、冷静な自分が戻って来た。
それと同時に腹立たしさも湧いて来て、どうして私がこんな目に遭わなければいけないの!?という感情が支配する。
私は彼等に何かしただろうか?
もちろん答えはノーだ。
そんな覚えは全く無いし、ミリアム王女に至っては、挨拶すら交わした事も無い。
なのにこの仕打ちはどうだろう?
仕打ち‥っと、良く考えてみたら、酷い仕打ちをしたのは噂好きな人達な訳で、ユーエンもミリアム王女も、直接私に何かをした訳じゃない。
もっと冷静に判断すれば、ユーエンは仕事を忠実にこなしていただけだし、王女もダンスの演奏がうるさい中だから、敢えて耳元で話しただけとも取れる。
て事は、一番悪いのは噂話を流した人物で、それを鵜呑みにした人々という事か。
まあね、ウルセラみたいに、ユーエンの婚約者ってだけで目の敵にする様な輩は大勢いるから、誰が流したかなんて特定するのは無理って訳よ。
それに誰が流したかを突き止めた所で、私みたいな小娘に何かが出来る訳でもないし。
ああ、何の力も無い自分が歯痒い。
こんな時に父以外、力になってくれる人もあの会場にはいないから、戻るべきかもう少しここで時間を潰すべきか‥そんな風に悩みながら噴水を見つめていたその時だった。
突然後頭部の辺りに強い衝撃が走り、声を上げる間もなくその場に倒れ、フッと意識が遠のいて行くのを感じた。
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