2度目の始まり
サラサラと髪を揺らす爽やかな風が、庭園に咲くバラの芳しい香りを運んで来る。
手入れの行き届いたこの庭園の散策も、きっと一人ならばとても楽しい物になっただろう。
そう、こんなシチュエーションでなければ。
前を歩く凛々しい若者の姿に、私は深い溜息を漏らす。
さっきから無言でただひたすら前を歩くだけの彼も、きっと私とのこの時間は苦痛でしかないだろう。
事の発端は祖母の代に遡る。
私の祖母サフィアと、彼の祖母エメルダは学生時代からとても仲が良く、エメルダはアスベル公爵家へ、サフィアは我がオーサー男爵家へと嫁いだ後も、2人の交流は絶える事が無く、それは現在も続いている。
と、ここまでは2人の女性の美しき友情物語で終わる所なのだが、この2人がとんでもない約束を交わしていた事が、現在の状況に至るきっかけ。
なんと「友情の証に、将来お互いの子供同士を結婚させよう」などという、家柄の格差だとか子供達の意思なんて物を全く無視した、2人の自己満足でしかない約束を交わしていたのだ。
こんな無茶な約束は、当然婚家が許す筈が無いと考えるのが普通だけど、これが両家共に普通じゃないから、正式な契約書まで作ってしまったという始末。
何故普通では無いかというと、まず若い頃の私の祖母サフィアは、輝くサファイアの瞳に蜂蜜色の美しい髪を持つ、歩くだけで人々が溜息を漏らす様な美女で、その名になぞって『サファイア姫』などと呼ばれ、そりゃあ大層おモテになったお方であった。
そんな彼女を射止めた祖父は、当然祖母の言いなりで、祖母の決定に反対する事など皆無だったという。
一方彼の祖母エメルダは、輝くエメラルドの瞳に艶やかな黒髪の持ち主で、こちらもサフィアに負けず劣らずの美女であり、やはりその名をもじって『エメラルド姫』などと呼ばれ、彼の祖父もまた私の祖父同様、エメルダの決定には何一つ反対する事は無かったそうだ。
まあ、要はそれぞれの祖父達は惚れた弱みで、奥さんの尻に敷かれていたという‥。
そこに両家共に異なる宝石が混ざり合った姿を、見てみたいという好奇心が後押しをしたらしい。
で、時は流れお互いに子供を産んだのだけど、両家共に男の子が産まれた為、約束が果たされる事は無かった。
ここで「残念だったねーこの話は終わり!」としてくれれば良かったのに、時は流れ彼等の息子達が成長して、アスベル公爵家には男の子が、オーサー男爵家には女の子が産まれた事から、この約束が再燃してしまったのだ。
でも、本来ならこの役目は私では無かった。
だって私には姉がいて、最初に望まれたのは姉だったのだから。
姉は髪色や瞳の色こそ違えど、祖母の美貌を受け継ぎ、私から見てもかなりの美女である。
けれど生まれつき体が弱く、幼少期から寝込む事が多い為、とてもじゃないが公爵家を取り仕切る事は出来ないと判断されてしまった。
そして我が家には私達姉妹以外に子供が産まれなかった事から、長女である姉が婿養子を貰い、後を継ぐ事に決まったのだ。
対して私はというと、祖母から髪色や瞳の色は受け継いだけれど、姉に比べればかなり見劣りする容姿。
まあ、自分で「愛嬌のある顔」と慰めてみてはいるけど。
それに私はとにかく健康なのだ。
風邪だって滅多にひかないし、寝込んだ事など数える程しかない。
という事で、私リリア・イリス・オーサーに白羽の矢が立ったという訳だ。
で、今日初めて顔を合わせたんだけど、残念な私に彼はさぞや落胆しているのだろう。
私の前を歩く彼‥ユーエン・ジョッシュ・アスベルの態度を見れば、そんな事聞かなくたって分かってしまう。
私を見た瞬間顔を背け、お決まりの「親睦を深める為に2人で庭でも‥」と提案されてからは、話しかけるでもなく終始無言。
ええ、私だって彼がどんな態度を取るかは、十分に分かってましたよ!
だって彼にとっては初対面でも、私にとっては2度目の体面なのだから。
読んで頂いてありがとうございます。