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小説自然淘汰説に挑む

注意:この小説はフィクションです。現実の組織とは関係ありません。

一人称が「自分」ですが、これは主人公のことです。(ゆえにエッセイではありません)

 自分は本を読むことが好きだ。本は脳内に新しい世界を作り上げてくれる。魔法のある世界であれば、杖から火を出したり水を出したりする。ライターや水道でも火や水を出すことは可能だが、中身は別物なのだ。


 その世界は普段独立しているが、たまに頭の中で混ざることがある。既存の世界から新しい世界へと進化の過程だ。しかし多くの場合世界観がかみ合わないため、使い物にならない。それでも何度も共食いを経た結果、誰も見たことの無い世界が生まれてくることがある。


 新しい世界は、とても頭の悪い言葉で表現するなら「ぼくのかんがえたさいきょうのせかい」だ。自分の好きな要素を詰め込み、好きな展開のみで構成されて、好きなキャラが暴れまわるという夢の世界。


 しかし多くの人間にとって夢の世界だと割り切っているため、進化を経ても生存できない。

だが中には奇特な人もいて、「これ以上ない世界を見てもらいたい」と言う人がいる。自分はそういうタイプの人間であるからこそ筆をとったのだが、最近困ったことがある。


「……だめだ、今日も感想は〇か」


 自分はある小説投稿サイトに連載している。そのサイトはプロ、アマチュアが入り混じる世界で、とにかく作品数が多いことが特徴だ。


 それもあってか結果はご覧の様だ。今の段階で五十万文字、文庫本で言うと五冊分まで執筆した。しかし、感想数やプレビュー数……つまりどれだけの人に見られたかという指標、は少ないままだ。


 その根拠は他者の作品である。書籍化までいった作品と比べると、倍以上に差をつけられているから。ゆえに、どんな内容かと思いワクワクしながら調べたことがある。が、先に結論を言えばその膨らんだ期待は一気に弾けてしまった。


 とにかく嫌いな展開が多い。その世界観に似つかわないものや、所謂ご都合主義が蔓延している。その原因はネット小説界では、主人公にチートという規格外の力を持たせることが流行っているからだ。


 それを見て顔をしかめなかったことがない。単純に世界観を壊すだけの存在としか思えないから。だが、現実ではそういうチートを持たせた作品が日の目を浴びている。なんとも腹立たしいことだが、これが適者生存の法則かもしれないということで飲み込んではいる。


 だからこそ、自分はそういう法則に逆らうような小説を書いているのだ……が、うまくいっていない。その理由が話の内容なのか、文章力なのか、はたまた別のものなのかさっぱりわからない。



 そのような悶々とした日々を過ごしていると転機が訪れた。新しい先輩が部に所属した。曰く彼はネットで小説を執筆している。曰く書籍化作家である。曰くネット小説界でスター作家であると。だが彼をちらりと見ても、やや長い黒髪に眼鏡をかけていることが目に留まる程度。それ以外は全く印象に残らない。だからこそ話かけてみたくなった。


「ああ……君も噂をきいて気になった口かな?」


 その先輩は困ったような笑顔を浮かべていた。当初何度も話題をそらそうとしてきた先輩だが、それでも追求の手を緩めないと観念したのか、ようやく「はい」という答えがもらえた。それゆえか、次の話も確かめたくなってしまう。


「では、どんな作品を執筆していますか?」


 今度はあっさりと答えがもらえた。その作品名は自分も聞いたことがあるほどの有名作。しかし発表した後も胸を張るどころか、きまり悪げに頬が赤くなり後ろ髪を掻いているだけ。聞いておいてなんだが、その態度はどうにも怪しい。


 そのため例の作品に関する作者のツイッターを見ると、内容からして確かに本人のようだ。ふと興味が湧きツイートを遡ると、売れない作家向けのアドバイスもやっている。それを適当に眺めていると、ある発言を見た瞬間手から携帯が落ちてしまった。


「そもそも面白いか否か、というものは作者が決めることではなく、読者が決めること。人に見られたいなら、受け入れられるものを書くことだ」


 そのツイートが表示されている携帯をつい踏みつけてしまった。今までも、そういう内容をネット上でいくらでも見たことがある。その時は、「魂を売った人の戯言だ」といって笑い飛ばすか軽蔑するかであったが、今回はなぜか無性に腹が立った。


 そのツイートが住居侵入罪を犯したからだろうか。気休めとばかりに自作の執筆を再開するが、今度は強盗罪を犯し始めた。そのせいで、一文書いても面白くないから消すという作業の繰り返しにしかならない。ダメだ、と思い別途に寝ても荒らされた部屋は片付けられなかった。

日を越しても、片付くことはない。



 おかげ様、と言うべきか例のツイートの影響でまともに生活が送れなくなった。小説を書いているときや普段歩いているときはもちろん、授業中や眠る直前でさえも小説のことを考えてしまう。そのせいで睡眠不足となり、今度のテストで悪い点を取ってしまった。


 だからこそ先輩に聞きたい。聞くと言っても、例のツイートについてではなく自分の作品のことだ。この作品は自分の好きなものを詰め込んでいる一方で、プレビュー数が少ない作品である。


 もし読んでもらって面白いと思ってもらえれば、この作品は面白いが目に留まっていないだけということが立証される。ネット小説界では作品数が多すぎて良作が埋まってしまう傾向にある。ゆえに中々読んでもらえないことが起こりうる。


 もちろん自分の作品もそれなりに宣伝を行っているが、なかなか成果が出ない。素人が宣伝しても、あまり効果がないのだ。そういう意味でも、とにかくその先輩に読んでもらって意見を聞いてみたい。その衝動にかられ、先輩に突撃してしまった。


「先輩、お願いがあります。自分の小説を読んでもらえないでしょうか?」


「僕? 人の作品を評価することはあまり得意ではないけど……」


 と相変わらず遠慮しているのか謙遜しているのかよくわからない態度をとる。その態度が、見事に自分の燃料となっていることを先輩は知らない。


「では、自分も先輩の小説を買おうと思います。なので、先輩も読んでいただけませんか?」


「わかったよ。そこまで言うなら……」


 結局、書籍化された小説を買うと宣言するといつものような苦笑いで応えてくれた。なんだかんだ言って優しいのだろう。昼間、先輩の小説を買ったため読んでみる。


 内容は比較的シンプルで、異世界に転生してチートを使うというタイプである。またかと見飽きた感じがするも、お金を払った以上全部読んでおくべきだということで進めていく。

すると、次第に読む手が止まらなくなった。


 確かに内容はシンプルだがチート能力が中々面白く、条件付きで発動するタイプのようだ。自分に有利な状況にどのように誘導すべきか、という部分が丁寧に描かれていることもあって読んでいて飽きない。


 他にも読者の「気持ちの良い展開」も押さえている。例えば今まで主人公を見下していた敵を頭脳で撃破したり、ラブコメ展開が世界観を壊さない程度にあったり、ジャイアントキリングを達成していたりなど。


 それゆえ読み終えた後にはすっきりとした清涼感が残った。これは読者を楽しませるために作られた小説だ。自分のような層を狙って、気持ちよくなることを計算して作られている。


 計算ということに本来嫌悪感が出てしまうものだが、不思議とそんな気分はなく、むしろもっと読みたいという気持ちの方が強い。そのためか完成度が非常に高い。ツイッターででかい口をたたくだけあって、しっかりと勉強していると思わせるのには十分な出来である。


 そのせいか、どうしても自分の作品と比べてしまう。テーマやキャラと言った要素は、まだ序盤ということもあって自分の作品の方が上だと思われる。しかし自分の作品が読んでいて「気持ちの良さ」を味わえるか、と聞かれると自信が持てない。そういう要素は入れてはいるものの、この作品のように計算して入れたわけではないから。


 それから一週間後。まともにご飯がのどに通らない状況だったが、漸く先輩からお声がかかった。いつもの部室に向かうと、夕暮れを背にした先輩が一人で立ちながら待っていた。その顔は笑っていたが、例の困った笑顔ではなく、むしろ余裕から来る笑顔を浮かべていた。


「来たね。遅くなって済まない。僕の本は読んでもらえたかな?」


「はい、とても面白かったです。次の話が読みたくなるぐらいに。……ところで、自分の小説は読んでみてどうでしたか?」


「……まあいいか、じゃあ早速述べていくよ」


 先輩は一度顔を夕陽の方へ向ける。それにつられて、自分もその方向を見ようとするが夕日が眩しく顔を下へと向けてしまう。面白いと言うのかつまらないか。いつまでもこちらを向かない先輩に、自らの地面だけ揺らぎ始めるような気分に陥る。


まだか。

足元の揺れは収まらない。


「まず君の話はとても興味深いと思った。こちらが思いつかないような設定があってよかったよ」


 先輩がそのままの向きでいきなり感想を述べ始める。まさか褒められると思わなかった。

地面の揺れはより大きくなっていき、左右の振動を始める。


「また、文章力も非常に高いと思う。文章で突っかかる点はなく、スラスラと読むことができた」


 その後も自分の小説を褒める発言が多かった。だがその内容に違和感を覚えずにはいられなかった。まだ揺れは収まらない。


「先輩。一つ聞きたいことがあります。自分の小説は面白かったですか? つまらなかったですか?」


 それを聞いた途端、空間に静寂が戻る。そしてこちらを振り向くが、その顔は唇をぎゅっと結んでいるものの笑い顔が漏れている。


「……その二択なら、つまらなかったという感想かな」


「それは、なぜですか?」


「僕の趣味、じゃあダメかい? 相性が悪かった、という方がお互いのためになると思う。それでも聞きたいのかな?」


「……構いません」


 その先輩は回りくどいことに確認を取ってきた。

おかしい。

そんなことを聞くなら、最初からつまらないなんて言わないはずだ。左右へ大きく揺れすぎたせいか、自分がまるで真っ逆さまになった気分。


「じゃあ、はっきり言おう。

君、小説を自己顕示欲のために使っているだろ」


 揺らぎが止まった。



 あの後、家に帰って自分の小説を見直してみることにした。

自分はその場で先輩の言ったことに反論できなかった。だから、もう一度会って先輩に反論しなくてはならない。


「最初は、主人公が剣と出会う。剣に目標を提示されて、主人公が旅をする。……ここまでは王道だ。昔の作品を調べて、面白いと思ったものを抽出していることがわかる」


 該当箇所で先輩の意見が頭の中で響き渡る。自分でもこの部分はそれなりに気に入っている。オーソドックスだが、重厚なファンタジー小説として良い出だしだったはずだ。


「問題はその後だ。今まで重厚なファンタジーと思わせたにも関わらず、急に冒険者ギルドなるものが出てくる。そして、美少女冒険者を出してラブコメ路線に行こうとしている。

……これは、読者確保のための苦肉の策だろ?」


 そうだ。最初の部分で五万文字も消費してしまった。説明しないといけない事柄、主人公がどのように努力したか、謎についてなど描写しないといけないことが多かった。しかし、こういう構成はあまり好まれない。


 ネット小説の読者は爽快感を重視する傾向にある。すぐ最強になったり、ハーレムを作ったりする展開が好まれやすいのもその結果だ。だからこそ、真っ向からぶつかった。どうしても納得できなかったから。

ぶつかった結果……誰にも読まれなくなった。


 最悪の結果だ。小説を書く理由は自分が好きだから、そして他人にも自分の好きな世界を見せたいから。だが自分の好きだけを追求しても、次第に誰にも読まれなくなった。ついに書いても報われないのではないか、という絶望の方が上回ってしまったことがある。


 ゆえに手段を変えた。ここから、ややカジュアルな方向にシフトしようと。それは自分の好きを裏切るという声も無視した結果、得られたのは前日よりも倍以上に上がったPV数。実験は成功したのだ。


「ここからはラブコメ路線が続く。今まで丁寧に描いてきた努力の描写が一、二行でしか描写されなくなった。だが、ある時転機が訪れる」


 ここで、自分がどうしてもやりたかった展開を迎える。それはライバルキャラに負けるというもの。その展開を挟むことで、主人公の覚醒のきっかけとなるからだ。しかしそれが大失敗だった。


「ここで、ライバルに負けたことで一気に展開がおかしくなった。今まで強かった主人公があっさりと負けるのだから。だから、今までついてきた読者が一気に消えた」


 そのことに気づいたのは、一か月後。最初は仕方ないと割り切っていたが、どれだけ投稿してもPV数は一切変わらない。


「この後補填しようとチートを得たりハーレムを作ったりしているが、恐らく意味がなかった。結果、残ったのは何がやりたかったわからない作品だ」


 ここで先輩の指摘は終わった。読み直した結果……空笑いしか出てこなかった。

何を間違えたのか。途中のライバルの展開? ラブコメ展開? ……違う、最初の姿勢だ。

流行に乗らなくとも、文章力が低くとも読んでもらえると思ったこと。これがすべての敗因。


 現実を見ていなかったが、言われてみれば当たり前の真実だ。自分だって、好きなジャンルでなくては手を伸ばさない。そのジャンルでも技術が優れていなければ、興味を引き付けるものが無ければ読んでもらえない。そうして、よく読まれる作品と読者のみが生き残る。

まさに適者生存の法則。


 椅子に座りながら脱力していると、携帯特有のバイブ音が鳴る。いつもは気にしないが、なぜか今回に限っては強く耳の奥に残ったため手に取って調べると、やはりと言うべきか先輩だった。

先輩からの用事は大したものではなかったが、どうしても聞きたいことが他にできたため質問する。

返信はすぐに帰ってきた。


「君は悪魔に魂を売る気はあるかい?」



「さて、今日の感想は……すごい! 十件も来ている!」


 それからしばらくして。

既存の小説は未練を残さないよう削除して、新しい作品に取り掛かることにした。悪魔との交渉の結果は絶大だ。なにせ、まだ前回の十分の一しか書いていないにもかかわらず、削除した作品よりも多くのプレビュー数が稼げたのだから。


 その内容はいたって単純なものだ。自分の好きな展開を流行りのもので塗りつぶすこと。具体的には、「気持ちの良い」展開を自分の好きな展開にすることだ。テンプレという言葉があるように、万人共通の快感というものがあったため、それを踏襲した。おかげさまでいろんな人から面白いという感想が来ている。


 その感想がさらに自分のことを気持ちよくさせてくれる。生きている、認められているという生の実感を強く感じさせてくれる。だからこそ、その期待を超えるためにさらに執筆しなければならない。そして感想を読んでいるうちにある感想に当たった。


「前作の小説が面白かったのに、もうあの作品に会えなくなるなんて残念です」


お読みいただきありがとうございました。

何かあれば感想の方にて。

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