「ありがとう」とでもいうかのように
風で草が擦れる音が聞こえる。
瞬間魔法により、デメトリアス家から一瞬で移動した場所は公爵家に引き取られる前に住んでいた家。
私の両親の家。
念の為に私を含め、同行者は全員魔法で姿を変えている。
庭に行くと、草がお生い茂っている。
十字架が二つ、地面に突き刺さっていた。
私は十字架の前まで行くとしゃがみ込む。両手を合わせ、両親に挨拶をする。
私の背後にはアレン様とキースさんとオリヴァーさん、ノア先生が見守ってくれている。
アレン様が私の横に来ると膝をつき、目を閉じる。私の両親に挨拶してくれているんだろう。
アレン様が目を開けると、私がアレン様を見ていたのもあって目が合ってしまった。
「お墓、作るんでしょ?」
「え、あっ……は、はい。その通りです」
ニコッと微笑まれ、私はその笑顔に動揺してしまってしどろもどろになってしまった。
いけない。
今からお墓を作ろうって時に、アレン様に目を奪われてる場合じゃないのよ。
不謹慎だわ。
必死にお墓作りに集中しようと首を横に振った。
ーーーーーーーー
二つの十字架が地面に刺さってある丁度真ん中に砂を山にした上に十字架を突き刺した。
そして、割れている魔法石も砂の上に置く。
ずっと大切に保管していた。
私は知ってるよ。悪役令嬢が寂しかったことを。虚しなかったことを。愛されていたいと思う孤独さも。
寂しくないようにと、割れているけど魔法石を置いとく。だって、この魔法石は本当の両親の魔法石なのだから。
私じゃなく、悪役令嬢が持っていてほしいから。
転生した理由があるとするならば……きっと、受け止めてくれると思ったからなのかな。なんて、自意識過剰よね。
立ち上がろうとしたらアレン様に名前を呼ばれ、手を差し伸べてきた。
私はその手に自身の手を重ね、立ち上がる。
手を引かれるまま帰ろうとした。
ザァーっと暖かく、優しい風が吹いた。
薄ピンク色の花びらが風と共にヒラヒラと舞っていた。
歩きかけた足は止まり、私は風で乱れてしまう髪を抑えて振り返る。アレン様も不思議そうに振り向いた。
さっきまで枯れていた木に何故か満開の桜が咲いていた。
しかも、この世界では桜は咲かないというのに。
ーー私も見てみたい。
ふと、悪役令嬢のあの言葉を思い出す。まさか、そんなことって……。
そう思い、さっき作ったお墓を見ると、置いたわれた魔法石からは微かな魔力を感じられる。普通ならありえない。
だって、割れているんだから。
「これは」
アレン様は初めて見る桜に驚いて言葉を失っているようだ。
見ると、キースさんは普段通りなのだがオリヴァーさんは目を輝かせてるし、ノア先生はモノクル(片眼鏡)をかけ直しながら「こんな花なんて見たことない」とぶつぶつ言っていた。
「……綺麗」
ぼそっと呟いた。
満開の桜をまさか異世界に来ても見れるなんて思わなかった。すごく綺麗。
私は目を閉じ、そしてゆっくりと開ける。
「行きましょうか」
アレン様に向き直り、柔らかく微笑む。アレン様は頷き、私の手を引く。
チラッと横目で満開の桜とお墓を見る。
割れた魔法石が太陽の光でキラキラと輝いている。
まるで、「ありがとう」とでもいうかのように。
ーーさようなら、悪役令嬢。
私は心の中で別れを告げる。
それは、私の中での悪役令嬢との決別を意味していた。
もう振り向かないようにと、願いを乗せてーー……。
これにて本編完結です!
次からはちょっとした番外編です!よろしくお願いします。




