今の段階では、言えない
学園に入り、歩いているとすれ違う令息や令嬢達が挨拶をしてくれた。
それは何事も無かったかのように。
隣にいるクロエ様を見ると、苦虫を噛み締めたような顔をしていた。
「呪いは解けました。噂も無かったことになったようです……ジャネット様なのですが、何やら怯えていて部屋から出てこないんだそうです。人を呪えば穴二つということわざがありますから、恐らくは」
クロエ様はそれだけ言うと口を結ぶ。自分に返ってきたのだと言いたいのだろう。
「そう、ですか」
下を向いて歩いていると、クロエ様が口を開いた。
「……何だか、何かを吹っ切れたような顔をしてますね」
「そう思います? そう思うのなら、私の中の迷いが無くなったのかもしれませんね」
クスッと笑う。
もうそろそろで卒業パーティーだ。ゲームのシナリオだと私が断罪されるイベント。
死亡フラグにはならないことを願う。
だって、ここまで頑張ってきたんだもん。未来は変わってるはずなんだから。
「そうですか。自分の気持ちに気付いた、と?」
「はい。それもありますが……って、え」
唐突にそんな話をされて、戸惑った。
「知ってましたよ。好きなのでしょう? 殿下の事」
私はゆっくりと頷く。
「あ、あの……私」
クロエ様は私が最後まで言う前に私の唇に人差し指を当てる。
「推しが幸せになることが一番の幸せなんです。だから、そんな顔をしないでください」
「あ、ありがとうございます」
私の唇から人差し指を放し、優しく微笑むクロエ様。
推しだと言ってくれたクロエ様。前世の記憶持ちで何度も助けてくれた。
私にとっては、特別だった。悩みも打ち明けられるような関係だったし。
私もクロエ様の幸せを願ってる。でも、言葉には出来ない。
だって、クロエ様の今の感情がよくわからないから。複雑かもしれないし、心から喜んでるかもしれない。
今の段階では、言えない。でもいつか、クロエ様に気になる人が出来たのなら全力で応援しようと思う。
勿論、空回りしないように気を付けるけどね。
「助けてもらってばかりで何も返せてません。与えられてばかりです」
「それは違います。与えられてるのはお互い様なのですよ。だから、力になりたいと思ったのだから」
私は頷く。本当に良い友人を持って幸せだと感じた。
転生して、本当に良かった。辛いことも多かったけど、この世界が大好きなのは変わらない。
ーーそれから、数日後。
何事も起こらずに卒業パーティーの日がやってきた。




