記憶が無くなっても心は覚えてる
アレン様と最初に出会った時、私が早とちりして婚約さえしてないのに『婚約破棄』したいと言い切ってしまったその後日、改めてアレン様がお見えになって改めて婚約を申し込まれた。
確かあの時は、変な令嬢とか、面白いからとか適当な理由を言われた気がする。
私の勘違いじゃなければ……記憶が無くなっても、本当に心は覚えてる、なんて……。
記憶にないから言葉に出来ない。だからあんな曖昧な事しか言えなかったとしたら。
ーーどうしよう。そうだったら嬉しい。
客間のソファーに座り、赤くなった頬に手を添える。
「おい、いつまで余韻に浸ってるつもりだ?」
ジョセフさんは人の姿にかわると、私を軽く睨む。
「あっ、ごめんなさい」
ジョセフさんの怪我は完全に治り、魔力も回復した。いつでも戻れる。
ソファーから立ち上がると、ジョセフさんが詠唱をする。
床に魔法陣が出現し、光に包まれる。
私はゆっくりと目を閉じた。
光が完全に消えると、目を開ける。
そこは見覚えのある場所だった。
まだ夜なのもあり、薄暗い。
インクの匂いが微かにして、棚には本が並んである。
帰ってきたんだ。
床に座り込む。
「ほら、気が変わらないうちに行きなよ。じゃないとまた呪うかもしれないよ」
隣にいるジョセフさんは詠唱をした後、私を見下ろして冷たい口調で言う。
私の体は光に包まれたと思ったら光が儚くも散っていく。
ジョセフさんの口ぶりから察するに呪いが解けたのだと思う。
「ありがとう……ございます」
「は?」
「私、ジョセフさんがいなかったら……きっとテンパりすぎて、かなり悲惨な状況になってたかもしれないんです。それと、呪いも解いてくださいましたし」
私は立ち上がり、ジョセフさんに向き直して深くお辞儀をして再度感謝を伝える。
「分からないな。何故礼をする。俺は、お前を苦しめた」
「確かにそうですが、それとこれとは別と言いましょうか」
「……本当に分からない、何故こんなにも必要だと頼られるのかも」
ジョセフさんは私の頬に触れる。
「こんなのはじめてだ」
顔を近付ける。いきなり顔を近付けられたから慌てて胸を押そうとすると手を掴まれる。
ジョセフさんは私の手を自分の頬まで持っていく。悪魔とは思えないようなニコッと優しく天使のように微笑んだ。
ジョセフさんに私の頬に唇をおとされ、強く抱き締められ、耳元で囁かれた。
「これで貸しはゼロだから」
そう言って、ジョセフさんは霧のように消えていった。
取り残された私は腰を抜かして力なく座り込む。
透明な雫が頬を伝って流れ落ちる。ジョセフさんがキスをした頬に触れる。
キスをされた直後、脳内でとある映像が流れた。それは、私と姉に父や母がテーブルを囲んで談笑している映像。前世での、こうなりたかったという私の願望だ。
それは暖かくて優しくて……憧れな家族の形だった。
でも今は、『ソフィア』として生きている。前世とは違う生き方をしている。
忘れない。前世での辛さを。推しに出会えた喜びも。
沢山傷付いて頑張ってきたから今がある。
ーーやっぱりジョセフさんは悪魔だわ。
いじわるだ。
「こんな事しなくても、大丈夫なのに」
ジョセフさんが私の理想を見せたのは、落ち込ませるためではない。寧ろ、その逆だろう。
喜ばせたかったんだろう。思うものと見えるものは違うから。




