この世界では、出来ないからは言い訳にはならない
……はぁ。
私は深い溜息をする。どうしてこうなってしまったのだろう。
昨日の夜、毒殺しようとした犯人をおびき出すのにアレン様を殺すフリをしろとジョセフさんに言われた。
そこで問題がある。どうやって殺すフリをするのか。
今は客間に引きこもってるわけなのだが。ずっとこうしてはいられない。
客間から出る言い訳を考えてるんだけど……そしてその度に扉の外にいるキースさんに言ってるんだけど、笑顔で「ダメ」と言われてしまう。
それはもう清々しい程の満面の笑みだった。
「嘘が下手で言い訳も下手とは……」
「自分の嘘や言い訳の下手さに泣けてきます」
ジョセフさんはそんな私の様子を見て呆れながらも悪態をついてくる。
その通りだから仕方ない。
ジョセフさんは溜息をして、ソファーから立ち上がり人の姿から狐の姿に変わる。
「要は、あの王子に近付けばいいんだろう」
「そうですが……近付けないから困ってるんじゃないですか」
「お前が……王子の稽古に付き合えばいいんじゃないのか」
はっ!?
それは気付かなかった。
早速言ってみようと、私は扉を開ける。
キースさんはまたかよというような呆れた顔になった。
「今度は何? どんな事情があろうと出すことはないからね」
「……ア、アレン王子の稽古に付き添ってはダメでしょうか」
「ダメ」
「でしたら、アレン王子の護衛騎士の一人であるオリヴァーさんの稽古を私がするのもダメでしょうか」
「オリヴァーの?」
「私を利用してください」
「聞いてみるが、監視するのが役目だ。ついてこい」
キースさんは少し考えた後、私に言う。
私は頷く。
キースさんは念の為にと魔力封じの枷を手首につけられた。ジョセフさんは首に。
キースさんは無言のまま歩き出す。流石に首輪は付けられなかったのでそこは安堵した。
私が居た客間は二階の突き当たりだった。そこから真っ直ぐ進むと階段があり、下におりる。
おりて左側に進むと、渡り廊下があり、更に進む。
エンドランスが見え、玄関扉を開けて外に出る。
キースさんは迷わずに庭の方に向かうので私は慌ててその後についていく。
ーー……真っ先に王様に言うかと思ったのに。
昨日よりも警戒を解いてくれているような感じがした。そうじゃなければ、王様にさっきのことを話すもの。
それなのに、アレン様に会いに行くなんて……。
進んでいくと、庭で稽古をしているアレン様の姿があった。
アレン様は汗だくになりながら悔しそうに木剣を地面に突き刺して膝をついていた。
肩で息をしながら、目はオリヴァーさんを捉えていた。
「王子」
キースさんはアレン様に近付いて、膝まづく。
「この者がオリヴァーに稽古をつけたいと仰っていますが、いかが致しましょうか」
アレン様は私を見る。グイッと乱暴に袖で汗を拭くと立ち上がる。
「あの時は、不意をつかれただけだからな」
アレン様はオリヴァーさんを見ると、頷いた。
「でしたら、勝負してください。それで勝ったら稽古をつけてください」
「良いのか。女性に稽古をつけられたなんて知られたら……」
「強くなるためです。まだまだ弱いので……それに、いえ、何でもありません」
オリヴァーさんは迷わず前に出ると、木剣を構える。
「これを」
キースさんに木剣を渡され、私は頷いて受け取る。
大丈夫。だって私の剣の師匠はーーイアン様なのだから。
沢山ドジを踏んだけども……。それでもドジを踏んだ後の対処法を色々と教えてくれたんだから。
オリヴァーさんが構える。私も構える。オリヴァーさんが地を蹴ったかと思ったら、一瞬にして消えた。
いや、私の背後に回り込んだのだ。振り向いている間にもオリヴァーさんの木剣は私の腹部を狙っている。
振り向いている時間なんてない。かといって、魔法を使うのは何となく卑怯な気がする。
考えながらも体をひねっていると、足を滑らせ、バランスを崩した。
地面に転ぶ。ただ、運がいい事にオリヴァーさんの木剣は私の腹部には当たらずに空振りに終わった。
オリヴァーさんは悔しそうに舌打ちする。
私は地面の砂を一掴みし、オリヴァーさん目掛けて砂をかけた。
砂は目に入ったのか、オリヴァーさんは目をつぶった。
チャンス!! そう思った私は立ち上がり、木剣をオリヴァーさんの首筋に当てた。
まだ十歳後半ぐらいなオリヴァーさんに勝つのは忍びないけど、仕方ない事。許して。
心の中で謝罪する。
「~~っ!?」
オリヴァーさんは悔しそうに唇を噛み締めた。諦めたように息を吐き、「まいりました」と言う。
「決まりだな」
「は、はい」
アレン様にお辞儀をした後、ちらっとオリヴァーさんを見ると、悔しそうに項垂れていた。
悪いことしちゃったよね。身長差もあるし、明らかにオリヴァーさんの方が不利になる。
「あ、あの……」
可哀想に思ってオリヴァーさんに声をかけると、オリヴァーさんは私を睨んだ。
「同情はやめてくれ。俺の努力が足りなかっただけなんだ。だから、気にするな」
オリヴァーさんはむぅっと頬を膨らませて拗ねているようだ。よっぽど負けたのが悔しいんだろう。
出来る、出来ないじゃない。やらなければいけないことなのだと、オリヴァーさんは言い聞かせているんだろう。
この世界では、出来ないからは言い訳にもならないもの。




