悪気はないんです
人の悪意に触れるというものは気持ちがいいものではない。
だからか、体調を崩してしまった。酷く耳鳴りがして頭が痛い。
もうすぐで悪魔がいるであろう図書館だというのに一歩、また一歩と歩く度に段々と体調が酷くなる。
身体が拒絶してる。無意識に危険だと知らせてくれるかのように……。
拒絶してようが、行かないといけないから。
灯りひとつもない廊下を壁伝いに歩いてやっと図書館に辿り着いた。
扉を開ける。静まり返った図書館は不気味なほど冷え切っていた。
廊下と図書館の温度差が違くて背筋が凍った。ホラー映画のワンシーンを思い出す。
そう思うぐらいかなり雰囲気がある。
「こんにちは……いや、今晩は。だよね」
図書館内に入った瞬間、後ろの扉が勢いよく閉まり、咄嗟に扉の方へと振り向くと扉の前には見覚えのある人物……いや、見覚えがあるけど本人ではない人物が愛嬌良く微笑んでいた。
私は何も応えずにゆっくりとその人物から距離を取っていると、首を傾げた。
「この姿はお気に召さなかった? そうだよね。自分のせいで殺した男の顔なんて見たくないものね」
「……悪魔なのでしょう? 以前にも図書館でお会いしましたよね。一体、何が狙いなのですか。どうして人の感情を刺激するんです?」
「決まってる。それでしか生きられないから。他の生き方なんか知らない、判らない。このままでいい」
生きられない?
そんな筈はないと思うけど。隠し攻略対象者だし……心を開かせる何かがあるはず。
こんな事ならもっとクロエ様に色々聞いとくんだった。
「ずっと独りでこの図書館にいたのでしょうか。誰にも気付かれずに、誰からも相手にされずに……ずっと独りで??」
その言葉に悪魔は反応した。孤独が怖いのかな。……でも、まだわからない。
「独りの方が気楽でいいさ。きみも孤独だろう? 過去を見させてもらったよ。ずっとずっと寂しいんでしょ。存在を認めて貰いたくて必死なんだ。可愛いね」
「なんの事? 私の両親は存在を認めてくれて……」
「今の生の話をしてるんじゃないさ。わかるだろう」
口角を上げ、目を細められる。両手を広げられて、「この姿をしてるんだから」とでも言っているようだ。
私は目を逸らしたいけど、悪魔を見続ける。このままだと悪魔のペースになってしまう。話を逸らさないと。
「ジャネット様と……契約したのでしょう? なんの為に」
「ああ……。負の感情を定期的に食べないとこの身が滅んでしまうんだよ。ジャネットとかいう女の感情は憎悪そのものだったから。それに、誰かと契約しないと力は発揮されない。きみの力を手に入れる為には仕方の無い犠牲なんだよ」
それは当たり前だろとでも言っているみたいだった。
当然、かぁ。
「意味が、分かりません。私の力が欲しいならいくらでもあげる。お願いだから、誰かを不幸にすることだけは……しないでください」
誠意を込めて深々と頭を下げる。
「……きみはなんで他の人を思いやれるの? ジャネットはきみに妬んでいるんだ。酷いことされだろ。傷付いただろう。それなのになんで庇うの? ねぇ、どうして」
「私が見たくないんです。私も……沢山傷付いてきたから、それにジャネット様はただアレン様が好きで暴走してしまっただけです。悪気はないんです」
突然悪魔に頬に手を添えられ、強引に顔を上げさせられると悪魔の顔が目の前にあった。
正しくは、悪魔が私の記憶を読んで前世の父親に化けた姿なのだけども。
動揺して目を逸らす。
「……だったら、あれも暴走だったよね。きみは許せるの? 悪気はなかったとしても、きみのせいだと責め続け、存在を否定する親を。まだ幼く、何も知らないというのにね」
「そ、れは……」
「所詮は綺麗事だ。許せないだろう。憎いだろう。後悔してるだろう。今は違う人生を歩んでも傷付いた過去が消えるわけじゃない。前の生でも今の生でも幼いきみは親を殺した。その事実は変わらない……なのになんで、楽しそうなの。死んだ人に申し訳ないと思ってないだろう? きみは、偽善者だね」
この悪魔は私の記憶を読んだから、前世と今世の事を知っている。
知ったうえで言っているから、胸が締め付けられる。
悪魔が言いたいのは、きっと前世と今世での親の死は事故だろうけど、まだ幼いのだから仕方ないこと。けれど、それを忘れて楽しそうに暮らしているのが納得いかない。
そう伝えたいのかもしれない。
「あなたに何がわかるんだ」と、一喝したい気持ちもある。けど、それだと何の解決にもならない。
「確かに、殺したようなものです。けど……常に辛そうにして周りの関係を断ち切ってしまうのは違う気がします。許されない事をしてしまったから、前世の母親に否定されて拒否られるのは当然だと思います。死んだ事を受け入れられずにその記憶だけ忘れてたなんて、腹が立って当然なんです……でも、ここの人達は、全てが温かくて、たまに意心地が悪く感じる事もあります。それは私のことを見てくれているから、考えてくれているから、優しくしてくれるし時々叱ってもくれます。私は嬉しかったんです。こんな私にも温かく接してくれるなんて」
私は悪魔の目を見る。
「私なんかの為に、よくしてくれるんです。そんな人達に私が出来ることなんて一つしかないじゃないですか。楽しく、笑顔でいることです」
溜められずに一粒の涙が頬を伝った。その言葉になのか、私の涙になのかは分からないが、驚いた表情をしていた。
すぐに元の表情になり、クスリと笑う。
「なら、見せてみろ。そのひたむきさを」
トンっと悪魔は私を押す。
押された表示に倒れそうになり、足を一歩後ろに下がってしまった。
すると、魔法陣が床に現れ、穴が出来ていた。
そこに一直線に落ちる。




