埋め込まれた感情
アルくんを抱きかかえたまま、クロエ様との待ち合わせ場所に急ぐ。
まだ心臓がバクバクしててアルくんを抱きしめてないと落ち着かない。
「クロエ様」
渡り廊下を渡った先に、クロエ様を見つけたので声をかける。
丁度、クロエ様も私の事を探しに行こうとしていたみたいで私と目が合うと嬉しそうに微笑む。
「焦ってます?」
「え、いえ。これはその……」
汗が出てるのに気付き、挙動不審に目を大きく逸らしたのが不審に思ったのか、クロエ様は首を傾げた。
私は慌てて訂正しようとしたが、口籠ってしまい上手く言葉が出てこない。
「何かあったんですか?」
「……エレノアさんは造られた存在、だけではありませんよね。危害がないと仰ってましたが……あれは、あの目は……」
思い出し、口を噤む。敵意はなかったけど……何か嫌な予感がする。
クロエ様を見て、再び口を開く。
「言っていました。私の身代わりなのだと。それが本当なら恨まれててもおかしくない」
その言葉を聞いたクロエ様は驚いたように目を丸くした。
「恨むだなんて……そもそも、エレノアさんは、埋め込まれた感情しか持ち合わせていないはずです」
「埋め込まれた?」
「敬服、称賛、娯楽、興奮、喜び、夢中、好感、同情の感情しか埋め込まれていません。恨みは無いはずなんです」
「でも! でも、あれは……」
あの目は、冷たくて……儚げで、ほのかに怒りも見え隠れしていた。
「落ち着いて、大丈夫ですから」
クロエ様に肩を掴まれ、自分が取り乱していることに気付いた。
「すみません……もう、大丈夫です」
私の不安をクロエ様にぶつけても仕方ないのはわかってる。
「忘れてください。なんでもないんです」
パニック起こして何も考えずに不安をぶつけてしまうなんて、情けない。
「……ソフィア様。悪魔の件はまた今度にしませんか? 不安そうにしているとこちらも不安になりますし、何よりも負の感情は悪魔の大好物でもありますからね」
「そう……ですよね。後日に、また。クロエ様も忙しいのに……すみません」
「そう思うのなら、一日でも早く前向きな気持ちになってくださいね。寮まで送ります」
「いえ、大丈夫です。一人で考えたい事もありますし、ありがとうございます」
「わかりました。お気を付けて」
クロエ様は柔らかく微笑む。
クロエ様はほとんどが男性の姿で学園生活をしている。女性の姿はごく稀だ。
その理由は、前世が男性だったのもあり、男性の姿の方が落ち着くらしい。
乙女ゲームの主人公と仲良くなりたいという気持ちがあったけど、まさかこんな不思議な縁で仲良くなるとは思わなかった。
ある意味幸運なのかもしれない。
私は微笑み返し、カーテシーした後に寮に向かう。
アルくんはずっと抱きかかえてる訳にはいなかったので帰した。
ーー私の死亡フラグ回避っていつまで続くの……。
乙女ゲームのシナリオと変わっている今、いつどこで死亡フラグがあるか、分からない。
何よりもシナリオ通りにするべく何らかの力が働いて死亡フラグが立つことだってある。
だから、些細な違和感でも敏感になってしまう。エレノアさんの件が良い例だろう。
気持ちを切り替えないと。
歩きながらも不安の気持ちを整理していると、見知った人物に声をかけられた。




