一体、どんな気持ちだった?
建物の中に入り、使用人達に気付かれないように物陰に隠れながら歩いていると、ノア先生が口を開いた。
「行きましょうとは言いましたが、場所は把握してるのでしょうか?」
「あっ……」
勢いで私が先頭で歩いていたのだが、場所を把握してなかった事を言われて気付いてしまった。
モヤッとした気持ちや怒りで頭に血が上っていたのもあり、そんな当たり前な事に気付かなかった。
「先頭に立って歩き出したから知ってるものだと思ってましたが……違ってましたね」
「すみません。感情のままに動いてしまい、後先考えてませんでした」
「そうだろうとは思いましたよ。私が案内しま……っと」
「ノア先生?」
「しっ」
ノア先生が先に行こうとしたら何かを見つけたようで物陰に隠れる。
突然なことに首を傾げて名前を呼ぶとノア先生は人差し指を自分の口の前に立てて言う。
ノア先生は私がゆっくりと頷くのを確認してから、視線をとある人物に向けた。
黒と赤のドレスを着て、メイクや髪型も気合いが入っている女性とそばかすが目立つ侍女が話してた。
上手く聞き取れないが、所々の単語は聞き取れた。
「ーー……っアイリスは……」
「……い。そのようで……なさい……ま……?」
「……死……もらい……」
これって……。
アイリスを殺すつもり?? いやでも……、単語しか聞き取れないから何とも言えない。
気持ちを必死に抑えて様子を見ていると、侍女がドレスを着ている女性に一礼すると歩いて行ってしまった。
残されたドレスを着ている女性はクスリと笑った。
その笑みは不適な笑みへと変わった。
さっきまでは単語しか聞き取れなかったのに今度はハッキリと聞こえた。
「ふふっ。バカな娘よね。戻ってこなければもう少し長生き出来たかもしれないのに」
その顔は、歪んでいて……ゾクッと背筋が凍った。
私は声を潜めてノア先生に問いかける。
「あの人は?」
「……母親ですね。事前に調べてましたがこれほどとは」
じゃあ、アイリスは本当に……家族からも忌み嫌われていたの?
確か、ゲームでのアイリスは……悪役令嬢にもぞんざいな扱いされてた。
家から追い出されたアイリスに両親が健在だった頃にパンを渡した。
それをアイリスは知っていて、ずっとゲーム内のソフィアの傍にいてくれた。
両親や使用人にも良く思われてない……ましてや肉体的にも精神的にもボロボロな状態で、ほんの一雫の優しさはどう思っただろう?
それに、少しの希望を持って専属侍女になったアイリスは……パンを渡してくれた少女の面影があるものの性格が別人だったのを目にして……、一体どんな気持ちだった……?
どんなに絶望し、裏切られてもなお悪役令嬢の傍にいた理由はなんなのだろうと考えると、居場所がないのだと思わせられる。
あくまでゲーム内で悪役令嬢がした事だけども……、他人事だとは思えない。
だって、今……私はその悪役令嬢のソフィアなんだから。
展開や関係性が変わっているとはいえ、アイリスの孤独に気付いてあげられなかった。
心の傷をわかってあげられてなかった。そのうち教えてくれるはず、言ってくれるはずだと決めつけて……わかる努力をしなかった。
目先のことだけしか見れてなくて、私は最低だ。
アイリスはいつだって沢山の愛情を注いでくれた。優しくしてくれた。手を差し伸べてくれた。
じわっと目頭が熱くなる。
私は……アイリスに助けられてばかり。そんな自分、嫌になる。
泣き出しそうになるのをグッと我慢した。目を瞑ってから再び開ける。
「急ぎましょう」
「はい」
私の事をしばらく見守っていたノア先生と目が合い、促される。
アイリスの母親に気付かれないように物陰に隠れながら進んでいくーー……。




