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知らないのは私だけ

「気になりますか? アイリスの過去を」


 侍女二人組がしていた悪口が頭から離れなくてずっと俯いて歩いていると、ノア先生が話しかけてきた。


「……ノア先生は知ってるんですね。そもそも知らないのは私だけ、なのですかね」

「一通りは把握済みです。ソフィア様は仕方が無いですよ」

「私、アイリスの方から過去を話してくれるのを待っていました。でも、結局は何も言われなかった。信用なかったのでしょうか? 仕方が無いってなんですか?」


 ノア先生に当たるのは間違ってる。そう思うのに、止められない。


「アイリスは私のことを大切にしてくれてるのはわかってます。でも、悲しいです。私の大好きな人が悪く言われるの……。それに、何も言わないアイリスにも腹が立ってます」

「何も言わないのは、ソフィア様が好きだからですよ。困らせたくなかったのでしょう。過去を知れば、悲しんで怒ってくれるから。そんな気持ちにさせたくなかったのかもしれません。好きな人にはそんな気持ちにはさせたくないものです」

「……それはノア先生も?」


 私自身とアイリスのフォローしてるようにも見えるけど、ノア先生は自分自身に言い聞かせているような気がして、聞いてしまった。


 ノア先生は驚いた顔をして立ち止まる。ゆっくりとモノクルをかけ直す。


 どうしたのだろう。と、思い顔を覗き込もうとしたが、顔を思いっきり背けられた。


 ノア先生は大きく咳払いして「兎に角」と、話を逸らされてしまって。


「今は、やれることをやりましょう」

「はい」


 私はノア先生の一言で、顔を引き締めた。


 アイリスに色々と聞かないといけないことが沢山あるーーけど、今はやらないといけないことに集中しないと。


 ノア先生が歩き出したので私も慌てて後を追う。


「……アイリスは大丈夫でしょうか」


 集中しないとと思ってもやっぱり心配なものは心配だ。


 落ち込む私にノア先生は落ち着いた口調で口を開く。


「そうですね。大丈夫じゃなくなる前に急がないといけませんね」


 クスッと余裕な笑みを見せてるが、言葉からしてノア先生も余裕が無いように思う。


 アイリスのこと、本当は心配なんだろうな。


 ただ、分かったこともある。アイリスは侍女や家族に嫌われているんだ。悪い予想が的中するとこんなにも嫌な気持ちになるんだな。


 ザァーっと風が吹き抜けると、ピリッという痛みが全身を通ったような感覚が走る。それと同時に嫌な予感もする。


 横を勢いよく向き、教会を見上げた。


「あ、あの。アイリスに会いに行ってはダメですか?」

「今は我慢してください。こっちを優先しなくては行けません」

「……嫌な予感がするんです。アイリスは無事なんでしょうか?」

「花嫁相手に雑な扱いはしないでしょう」

「侍女に疎まれていましたよね。だったら家族にも疎まれていても不思議では無いです。花婿もアイリスの事を傷つけない保証はありません。ましてや政略結婚なのですよね。アイリスを道具としてしか見てない可能性もあるんじゃないのでしょうか?」

「そうだったとしても、ダメです」

「ノア先生はアイリスが心配じゃないんですか??」


 私の言葉にノア先生は眉間に皺を寄せる。


「心配に決まっているでしょう……」


 ノア先生はゆっくりと口を開く。声を押し殺したような切実な言葉。怒り任せに声を荒らげるのを我慢しているような、そんな声。


「でも、私には……行く資格なんて無いんです」


 そう言ったノア先生は、とても悲しそうにしていた。








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