貧しい生活が本当の話だったとしたら
「おいでくださいました。王太子殿下」
着くなり、出迎えたのは貴族服を優雅に着こなしている男性二人。更に使用人を引き連れての御出迎え。
私は昨日、侍女としてのマナーのことをリリーに教わり、その通りにやる。
まずはアレン様よりも先に馬車に降り、アレン様が降り終え、通り過ぎるまで、姿勢を正してお辞儀をしている。
通り過ぎたらゆっくりとお辞儀から戻す。
貴族服を優雅に着こなしている男性二人と王太子殿下は話し込んでいる。
当然、ポンっと肩を叩かれた。
「お疲れ様。馬車に戻るフリして急いでノアさんの所へ」
私の肩を叩いて耳元で囁いたのは、オリヴァーさんだった。
私の侍女としての役目はここでおしまいだ。
アレン様には身の回りの世話も護衛がやっているそう。
だったら何故、私が侍女として着いてきたのかというと、万が一のためだそうだ。
忍び込むわけだから、バレたとしても誤魔化せられるように。
今回、私の護衛をしているキースさんは一時的にアレン様の元に戻るそう。そうした方が目立つ確率は減るんだとか。
ノア先生は、帝王の使いとして来ているのでバレても上手く誤魔化せられるらしい。
私はオリヴァーさんに頷いて、そっとその場を離れる。
全員の注目が王太子殿下に向けられているので小走りで馬車の影に隠れながらも目的地まで目指す。
式場の裏手に回ろうとした道中、女性二人組の話し声が聞こえて思わず身を潜めた。
「ほんっとやってらんないわ。なんであんなのが私よりも結婚するんだが。今日の結婚式は憂鬱だわ」
「貴族の令嬢だからって、ねぇ。一回捨てられた身でしょ。噂によると追放された後、教会には行かずに貧しい生活していたそうよ。なんでもそこら辺で寝てたり、川で体を洗っていたり」
「え。じゃあ、変な病気になってたり。嫌だわ……うつされてもしたら」
「でもあんなワガママなんだから貧しい生活になっても当たり前じゃない。でも変よね。髪と肌はボロボロで身につけてる服も汚れまみれで素足で歩いて帰ってくると思ってたのよ。それがまさか、綺麗な格好だったのよね」
「わかるわ。性格悪いクセに綺麗な格好なんてムカつくわね」
「えぇ、だからね。前みたいに嫌がらせしたんじゃない」
「確かに」
どうやら、気に入らない令嬢の愚痴を言っているらしい。
一体、誰のことだろうかと考えていたら、『今日の結婚式』と聞いてある令嬢の姿を思い出す。
いや、侍女の姿と言えば良いのかもしれない。私が知っているのは令嬢としてではなく、侍女としてなのだから。
その人物は、アイリスだ。
アイリスは一回も家の事を話したがらなかった。いや、話したくなかったのかもしれない。
貧しい生活……??
えっ、嘘。じゃあ……あの時の女性って。
貧しい生活と聞いて、思い出すのは公爵家に引き取られる前、全身ボロボロになっている女性にお腹空いてそうで可哀想だったからパンをあげたことだった。
私が公爵家に引き取られてから知り合ったアイリスは全身綺麗だったから、気付かなかった。
でも、どことなく似ていたけど他人の空似かな? と思ってスルーしていた。
でももしも、貧しい生活が本当の話だったとしたら……。
「あの」
気が付くと私は、悪口を言っている二人組の侍女に話しかけていた。




