それってすごいことなんだよ
今回の場合、ノエルにも招待状は届いていた。だが、父の仕事の手伝いをしないといけないから、キャンセルせざるを得なくなった。
仕方ないとはいえば仕方ないんだけど……ノエルにとっては複雑なのかもしれない。
私は今、ノエルの寝室でソファーに座っている。
その横にはノエルが拗ねたように座っている。向かいのソファーに行かない所がちょっと可愛い。なんて、口に出しそうになり、グッと我慢する。
ちなみにキースさんは寝室の外で待機中。
「えーっと……あ、あのね。ノエル」
このまま黙ってても話は進まない。口を開くと、ノエルが重ねてきた。
「……すみません」
「なんでノエルが謝るの?」
「もう子供じゃないのに、あんな自己中な怒り方をしてしまって」
ノエルは今にも泣きそうな顔をして、左手で髪の毛をクシャッと掻く。
「自己中なんて思ってないよ。聞いても良いかな? ノエルはなんであんなに怒ったの? 私の事を心配して言ってくれただけじゃないんだよね」
「僕は姉上が大好きです。いつも笑顔でいてほしい……、それだけ、なんです。それだけな筈なのに……、こんなの……こんな僕は、姉上に嫌われる」
どうしてそう思うのか、私には分からない。でも、ノエルはとても苦しそうにしていて……、私はノエルの言葉を否定出来ずに黙って聞いた。
「困らせたくないんです。ですが、それ以上を求めてしまうのは変でしょうか? 僕は何のために……」
あっ、これ知ってる。
「ノエルは寂しいの?」
「~~っ!!?」
私も前世で経験したことがある。家族に蔑ろにされ続けて、とても孤独で寂しかった。
ことある事に私の存在、性格も否定されてたし……何よりも『お前を産まなきゃ良かった』なんて、言われたこともあったっけ。
あの頃は本当に……、言葉では表せられない程に私は……『産まれてきてごめんなさい』と行き場のない悲しみや苦しみを心の中で叫んでたのよね。
性格さえも勝手に決められてたし、本当は違うのに、違う、そうじゃないんだと言っても『いいや、お前はこうなんだ』
と責められ続けた。
ただ、まだ小さい頃はそんなことは無かった。でも……いつからだろう。私の事を見る目が変わったのは。
ふと何かを思い出しそうだったけど、フィルターのように濃い霧がかかったように上手く思い出せない。
取り返しのつかない何かが起こって、私は家族から白い目で見られるようになった。
ズキっと頭に痛みが走り、顔を歪める。痛みを感じた場所に手を当てた。
なのに、どうしてかな。
寂しい感情はわかってるのに……ノエルにまで同じ想いをさせてしまった。
こんな気持ち、させたくなかった。なのに……自分のことで精一杯でノエルの気持ちを考えなかった。
いつも優しく微笑んでくれるから、勝手に安心して……、
私は最低だ。
「えっ、ちょっ……ちょっと待ってください。姉上……なんで泣くんですか?」
強引に上を向かせられ、両頬をノエルの手で包まれる。
強引に顔を向かせられると、ノエルは困ったように焦った表情をしていた。
以前にも、ノエルの前で泣いてしまった時があった。あの時はなんで泣いたのか理解出来なかったけど今ならわかる。
前世での私自身とノエルを無意識に重ねてしまっていたんだ。
ゲームだと義姉にノエルは嫌がらせされてるからね。どことなく前世の私に似てて他人事じゃなかった。
だから私は、前世で姉や母親にされたようなことをしないようにしていた。
私は大丈夫。絶対にしないと思ってても、人は何かしら同じことをやってしまう。
まるで鏡のように。
気を付けていた……つもりだったのに。
悔しい……。
同じ思いを抱かせてしまった事実がとても悔しい。
同じ思いを抱いてほしくなかった。
傷つけたくなんて無かった。
「あっ……、ち、違うの。ごめっ……」
ノエルの手を振りほどいて下を向く。涙は止まるどころか次から次へと溢れてしまう。安心させようと涙を止めようと自分の手で乱暴に涙を拭いた。
「あっ、姉上……ダメですよ。そんな乱暴にしてしまっては顔に傷がついちゃいますから」
乱暴に拭いていたら、両腕を掴まれた。
「すみません。僕は姉上を困らせましたね」
困らせた……? 違うの。私は勝手に……、自分の前世と重ねてしまっただけ。ノエルは悪くない。
私は大きく首を左右に振る。
「違うの。私ね、ノエルが寂しかったことに気付かなかった。気付くことが出来なかった。それが……とても悔しいの」
「悔しい、ですか」
「私はノエルを……き、嫌いにはならないよ。この気持ちはずっと変わらない。どんなことがあっても私はノエルを軽蔑しない」
ノエルは私の事を大好きだと言った。私も大好きだって返したかったけど、なんでだろう……、
アレン様の顔を思い出して言葉が詰まってしまった。ノエルは姉として好きだと言ってくれているのに、私は……どうしても好きだよって言えなかった。なんとなく、罪悪感があったから。
「ノエルは私の自慢の義弟よ。だってそうでしょう? 強くなりたいから、苦手な剣術を習いに行ったり、いつも私を気にかけてくれてたり、心配して見守ってくれてたもの。積極的に助けてくれなくても私はノエルが見守ってくれてるだけで心強いの」
「それってすごいことなんだよ」って微笑みかけると、ノエルは困った顔になった。
きっとノエルは、クロエ様と同じ感情なのかも知れない。助けたいのに頼って貰えないから何も出来ないと思ってる。
「私はいつもノエルに助けられてるんだよ。こうして話してるだけでも安心出来るし、何よりも弟という存在が私を励ましてくれてるの。それでも……、寂しい思いをさせてしまったのは事実なんだよね。頼りない姉でごめんなさい」
ノエルは苦笑して、私の腕を掴んでいる手を放し、瞳から頬を伝って流れる涙をそっと指で優しく拭く。
「知ってますか? 姉弟と言っても、血の繋がりって無いんですよ」
「??? それは勿論、知ってるけど。あっ、もしかして今更姉のように振る舞うなとか思ってる?? それだったらごめ……」
「そうじゃなくて、僕は男ですよ。その意味、分かります?」
ノエルは私の髪の毛に触れると、攫っていく。言っている意味が分からなくて首を傾げた。
「無防備に男性を悦ばせることを言ってしまうと、いつか狼に狙われるということです」
「狼って……、私は男性を悦ばせられるほど器用じゃないもん。それに私がいつ悦ばせること言ったのよ」
訳が分からず、拗ねたように頬を膨らませるとノエルはクスクスと笑いだした。
「姉上らしい回答です。では、僕は姉上が安心出来るように見守ろうと思います」
攫った私の髪の毛にそっと唇を落とすノエル。
「鈍感過ぎるのも考えものですね。姉上らしいけど」
ボソッと呟いたノエルは苦笑して、「そっか……、見守るのはすごいことなんですね」なんて嬉しそうにしていた。
少しだけノエルの心が晴れたようで、私は胸を撫で下ろした。
それにしても、ノエルはなんで私の髪の毛にキスしたんだろう。




