美しい兄妹愛。なんだか羨ましい
人と向き合うというのは言葉にするのは簡単で実行するのは難しい。
イアン様はイリア様が妹として大好きで、溺愛していたけどイリア様はイアン様が苦手でいつも距離を置いていた。
苦手な理由が複雑なようでイアン様を尊敬しているけどいつもイアン様と比べられる自分が嫌で、自分自身が女であることも嫌いだった。
そのどうしようもない苛立ちを自然とイアン様にぶつけていた。
.....まとめるとこんな感じかな。
その事に気付いたのは、イアン様の行方不明事件だった。
イアン様もイアン様で何かを思ったのか、イリア様と真剣に向き合う覚悟をしたらしい。
一歩間違えれば、余計に拗れていく関係性なのに、二人はちゃんと相手を尊重してお互いに向き合ってるようで安心する。
一度でも拗れてしまった人間関係は修復が難しいし、かなりデリケートな問題だと私は思う。
そもそも血が繋がった双子とはいえ、他人なのだから合う合わないはあると思う。兄妹だから仲良くしなくちゃいけないなんてことは無いんだけど、二人はお互いのことが大好きだから理解しようと努力したんだろうな。
美しい兄妹愛。なんだか羨ましいな。
.....それにしても、イアン様を後押ししたつもりは無いんだけど、結果的に私が後押ししたということになってるのよね。理由は知らないけど。
「.....ところでソフィア様」
紅茶を優雅に飲んだあと、膝に置いたソーサラーの上にティーカップを置くイリア様は声のトーンが少しだけ低くなった。
一瞬にして空気が変わったようにピリッとし始めた。
私は息を呑んで、緊張感に包まれる。
「先程言っていた.....アイリス.....さんという方は、ルイス子爵家のご令嬢でしょうか?」
「は、はい。そうですけど.....あの?」
イリア様は考え込むように口元を抑えた。私は訳が分からずに首を傾げた。
先程というのは廊下で聞いてきた時のだろう。その時にアイリスの名前をチラッと話したから。
「ルイス子爵には.....黒い噂があるのをご存知でしょうか?」
「黒い噂、ですか」
「本当なら、ソフィア様は何も知らずに過ごしてほしかったのですが、状況が状況なので話さなくてはいけなくなりました」
「覚えていますか? シイラ伯爵令嬢とケニア侯爵令嬢のことを」
私はゆっくりと首を上下に動かした。あの二人は私が体調悪かったから心配して声をかけてくれた。イリア様とイアン様が途中で割って入ってたけど。
「.....シイラ様のお父様、マシュー様は口紅の事業をしていますの。ですが、その口紅を使った者は人格障害や精神障害が表れるんです。そして、この間、マシュー様を拘束し、尋問したところ口紅に使われている成分がわかりました。その成分はどこでも手に入るものではありません。ルイス子爵があるアイテムをマシュー様に渡した可能性があります」
「ま、待ってください。そこでどうしてルイス子爵が出てくるのでしょう? どんな関係性が」
「黒い噂が関わってきます.....その噂は、魔術士の子供を誘拐して人体実験をして得たアイテムが口紅に使われているのだと」
「人体実験.....」
「ルイス子爵は元研究者でしたから。昔は、人体実験が当たり前でしたのよ。そこで結果を出して、子爵になったと噂されていますわ」
「それがもし、本当だとして.....そんなことをやる必要あるのでしょう?」
「あの口紅は貴族の間で人気でしたからね。より有名になれば事業が拡大出来ます。ですが、ルイス子爵にはなんの得が無いでしょう。お金は入りますけどね」
「ルイス子爵には別の目的があると?」
イリア様は頷いた。
「何故、人体実験をしていたのか……それは、不老不死の薬を創り出すためです。昔は魔術士の子供の血肉を喰らえば不老不死になるという噂もありましたからね。もし本当に不老不死の薬を創り出すことが出来たならその当時の皇帝は迷わず喜んでいたことでしょうね。病気を患っていましたら……ルイス子爵は不老不死の薬を諦めていないのだとすれば.....狙われるのはソフィア様、あなたです。マシュー様の事業に加担したのが実験の成果を見るためだったとしたら」
胸がザワつく。嫌な予感がする。だって、ルイス子爵ってアイリスの……。
「アイリスが密偵だったとでも言いたいのでしょうか」
「確信はありません。ただ、その可能性があるということです」
思えば、疑問に思うことはあった。なんで私の専属侍女に立候補したのか。冷たい態度をとった私に優しくしてくれたことを……。
「アイリスさんが実家に帰ったのがマシュー様を拘束してからしばらくのことでしたから、タイミングが良すぎなんですよ。密偵だってバレるのを恐れ実家に帰ったのかも」
アイリスは自分の過去をあまり話そうとしなかった。……それがもし本当に私を人体実験の道具にしようと近付いて来たのなら……。
私はハッとして首を左右に振った。
「アイリスは……そんな人じゃない。私にとってお姉さんのような存在で……アイリスが私にかけてくれた言葉が嘘だと思えません。私はアイリスを信じています」
そう、きっと何か理由があるはずだ。
だから、私はアイリスを信じる。道を外すことはしない人だと思っているから。私を裏切るなんて、そんなことはしない。
けれどイリア様は表情を一切変えずに言う。
「……そこになんの根拠もないでしょう。今までの態度を見ていて、それだけで信じてるだなんて浅はかですわ。裏と表の顔が存在する人がいます。今までを見ていたからといって、裏切らないというのはおかしな話です」
確かにそうだ。一理あると思う。
……でも、全部が全部嘘だとは思えない。少しは嘘があったと思うけど、それでも私はアイリスを信じていたい。
アイリスは私の味方だと言っていた。その言葉を信じてる。
なにか事情があったに違いない。
私の専属侍女だった人よ。私が一番信じてあげないでどうするの。
決意を心に刻み、イリア様を見る。自分の胸に手を当てた。
「だったら、私がアイリスの無実を証明します」
イリア様は一瞬驚いた表情になったが、すぐに元の表情になって深いため息をした。
「.....あなたの言った通りでしたわね。ノア様」
「恐れ入ります。イリア様」
ノア先生はサロンに入ってきて、イリア様に向けてゆっくりとお辞儀をした。
私は動揺して、目を大きく見開いて勢いよく立ち上がろうとしたが、膝がテーブルに当たり、その反動でテーブルが大きく揺れ、ティーカップの中に入っていた紅茶が振動で波を打ち、零れてしまった。




