私は何も出来ていない
今、なんて言ったの?
優しさは止めない……と、確かに聞こえた。
更には、殿下の呪いだって断ったのは自分のためだと言い放った。
「ダメ……、ダメです。そんなの」
「キミは、十分頑張った。もう無理はしなくていい。呪いは他の方法で解くことにする」
「……っ」
そんなの解く方法がなかったらどうするというのだろう。
他に方法が無かったら? 一生このままでもいいと?
そんなのダメに決まってる。
「頑張ったって……なんですか? 私は何も頑張ってない。目の前に悪夢により苦しんでる人がいるのに……何も出来ていない」
「俺は悪夢だけだ。ソフィア嬢の方が俺よりも苦しんでいるだろう」
「私のは、大したことじゃありません」
「その、大したことじゃないことが世界を滅ぼす闇を抑え込んでいるだろう」
私は自分の無力さに絶望して、悔しくて唇を噛み締めた。
殿下は近付いて、私の両頬に手を添え、優しく上に持ち上げる。
そうすると、自然と殿下と目を合わせる形となる。
出会った当初なんて、私とあんまり身長が変わらなかったのに、今では私よりもかなり身長が伸びている。
「ああ……ほら。そんなに唇を強く噛み締めると怪我をしてしまうよ」
「だ、大丈夫です!」
親指で私の唇を触る殿下の指にビクッと肩を震わせてしまった。
その微妙な反応を隠すように私は殿下の手を払う。
払った反動で少しよろめいたが、なんとか体制を整えた。
「俺よりも先に、ソフィア嬢の苦痛をなんとかしたい。……キミが苦しむ姿は見たくない
私がどんなに『大丈夫』だと伝えても殿下は否定するだろう。
目がそう言ってるし。でも……。
「……私、も……殿下の苦しむ姿を見たくないんです。それが例え些細なことだったとしても」
私よりも先に殿下の苦痛をなんとかしたい。それともう一つ理由がある。
それは、今はまだ悪夢で済んでいるが、そのうち夢と現実の境目が分からなくなり、死亡フラグになりそうだからだ。
危ない、危ない。
殿下の意見を尊重して、頷くところだった。
私よりも先に殿下の呪いをなんとかしないと、いつ、どこで、死亡フラグを回収するのか分からない。
殿下が自分のために呪いを解くのを反対するならば私だって同じことが言える。
私自身のために、殿下の呪いを解きたい。
途端に、外が暗くなった。
流星群が終わったんだ。
外が暗くなっただけで、空中庭園内では、所々に灯されている外灯のおかげでちょっと明るい。
殿下は盛大にため息をつき、肩を落とす。
「……仕方がない。俺の負けでいいよ。キミって意外に頑固だね」
「それじゃあ!!」
「ああ、呪いを解こう。どの道、ソフィア嬢の苦しみを取り除くのにも時間かかるだろうし、先に俺の問題を解決しよう。ただ条件はあるけど」
「条件……?」
「これからは俺の名前を呼んでほしい。『殿下』はつけないでね」
そんなことが条件でいいのなら、いくらでも呼べる。
「ア……アレンさ……ま」
そう思って、口に出せばものすごく恥ずかしくなった。
しかも最後が小声になってしまい、はっきりと言えなかった。
周りも静かなため、急に静寂になると余計に恥ずかしさがましてしまう。
恥ずかしくて下を向いていると、なかなか殿下……いや、アレン様が反応してくれないので恐る恐る顔を見た。
アレン様は、顔を赤らめて嬉しそうに、だけど照れくさそうにしていた。
照れ笑いをして、「ありがとう」と、私に感謝を告げる。




