理解したいと思ったキッカケ
「頭を上げて。……それよりも足、怪我したの?」
クロエ様が立ち去るとすぐに殿下に注意され、頭を下げる。
殿下が心配したように聞いてきた。
ゆっくりと頭を上げる。
素足で地に立っている。
ヒールを履いていないから何かがあったのかと考えたのかも。
何かがあったけども。私のドジで足を捻ったんだから。
「い、いえ。大したことではありません」
「そういえば会場内でも覚束無い足取りだったよね」
「あの……それは」
「キミのことだ。パーティだからという理由で慣れてないハイヒールを履いて参加したんだろう。見せてみて、一応包帯は持ってきたから」
怖いぐらい合っていて、何も言えない。
しかも優しい。紳士!!
ちょっとキュンときた。
「大丈夫です。クロエ様に治していただきました」
「クロエ殿?⠀ああ、そうか。彼は……」
殿下は私の言葉の意味を理解したのか、これ以上は何も言わなかった。
代わりに黄色いリボンでラッピングした箱を見せてきた。
「それは?」
「念の為に用意しといて良かったよ。ベンチに座って」
「はい」
言われるがままにベンチに座る。
殿下は私の前に軽く跪いた。
驚いて立ち上がろうとしたが殿下がそれを許さなかった。
「いいから。座ってて」
「……」
殿下は箱を開けた。
それは、爪先にレースをあしらったパンプスだった。ネイビーカラーで丈も高くはないし、私にとっては丁度いい丈の長さだった。
「サイズが合うといいんだけど」
そう言って、箱からパンプスを取り出すと私の右足を取る。
触れられてビクッとしてしまったが、殿下の動きは止まらずパンプスを履かせる。
なんだか変な感じ。
転生したとわかった当初は考えられなかった。
童話のお姫様みたいに靴を履かせられる日が来るだなんて。
しかも、それが『嫌』じゃなく『嬉しい』だなんて。
私はどうかしている。
殿下の手から伝わる熱はお日様みたいに温かい。ゲームのシナリオでは、私を殺すのに……。
本当なら心を許しちゃいけない相手。
『信じたい』と『信じられない』……『嫌いになりたいのに』と『嫌いになれない』……、そんな矛盾が常に私の心を揺さぶっている。
「良かった、サイズピッタリだ」
殿下はもう片方の足もパンプスを履かせた。
「これで歩きやすくなったと良いんだけど」
「これ……」
「キミにプレゼント」
歩きやすそうなパンプスだし、有難いんだけど……。これを貰っていいものか。
と、悩むけど断るのは相手に失礼なんだよね。
「ありがとうございます。大切にしますね」
ニコッと微笑むと、殿下は満足そうに微笑み返す。
その笑顔にドキッと胸を高鳴らせるが、それと同時に不安に襲われる。
また、あの感情だ。
今回はゲームのソフィアの不気味な威圧感がないのが救いかも。
感情に押し潰されそうになるから。
「予定とは少し違ったけど、今日の昼間に言ったこと覚えてるかい?」
殿下は立ち上がり、魔導具を取り出した。
それは通信用の魔導具。
「覚えてます」
「それなら良かった。パーティの後って話だったけど、今ここで伝えなくちゃいけないことがあってね。あの時の約束を」
あの時って……いつだろう?
そんなことを考えていた。本当に心当たりがない。
魔導具を光らすとある人物……いや、ある生き物が映像として現れる。
〈ワンっ!!〉
「えっ、犬?」
大型な犬がシッポを嬉しそうに振っていた。
犬の頭を優しく撫でる貴婦人と目が合うと深々とお辞儀をされたので、私もお辞儀を返した。
「前に約束したよね。会わせるって」
「前って……?」
「ヒューゴ・マキアーノ殿をお慕いしているんでしょ?」
「えっ」
はっ!?
思い出した!!
殿下に求婚された日に咄嗟の嘘でヒューゴ様をお慕いしてるって伝えたんだ。
会うことは不可能に近いと思ってたから今の今まですっかりと忘れていた。
「ヒューゴ殿は人じゃない。犬だよ。マキアーノ夫妻は実子を不幸な事故で死なせてしまって以降、犬を自分の子供のように可愛がってるんだ。それも本当に人として、ね」
ヒューゴ様は人じゃない!?
「殿下はそれを知っていて黙ってたんですか?」
「直接見た方が良いと思って。でも皇帝には許可を貰えなかったからこの方法を取ったんだ。遅くなったけど、約束したから」
知りたくなかった真実だわ。
「この事実は王族しか知らない。マキアーノ婦人は子を亡くしてからおかしくなってしまってね。……ヒューゴ殿が可愛がっていた子犬をヒューゴ殿と重ねるようになったんだ。父上も甘いから……、マキアーノ夫妻の好きなようにさせてる。俺は、良くないことだとは思うけど。いつか、自分の子の死と向き合ってほしいと願ってる」
ということは、殿下は私に好きな人が居ないことを初めから知っていたの!?
「嘘ついていて、すみませんでした」
「キミにとって、嘘をつかないといけない理由が有ったんだろう。責めるつもりは無いし、何よりもキミを理解したいと思ったキッカケだったからね」
殿下は私の横に腰を下ろす。
「ヒューゴ殿は表向きは人として生きてることになってるんだ」
そうか。だから学園に入学してなかったんだ。
「まぁ、最初は面白がってキミの嘘に付き合ったんだけど、なんでかな。理由を知りたいと思ったんだ。俺を……拒む理由を」
真剣に見つめる殿下に何か言わないとって思うのに、何も言葉が出ない。
口篭ってしまう。
「あっ、あの……」
言いかけた時だった、私のお腹が鳴ってしまった。
静かな場所だったからその音は耳に残る。
「会場に戻ろうか」
クスッと殿下は笑って言う。私は何も言えずに頷いた。恥ずかしさで耳まで赤くなってると思う。
穴があったら入りたい……。なんで無いんだろう。
「歩ける?」
「へ、平気、です」
私と殿下は会場へ戻ったのだった。
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