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絶対鎖国国家エルフの森  作者: 及川 正樹
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 ナツメは自分の体を触りながら各部位を動かしていく。そうして筋肉の動きを覚える。体の構造の理を知っている人と知らない人とでは強化魔法の効果も雲泥の差だ。


 本来ならもっと知識を得てからの方が理解しやすいのだが、エルフの教育観だとハーフエルフには長すぎるだろう。



「筋肉の動きを確認した所で、最初は全体的な強化から始める。それでも強化にムラが出てきて筋肉痛になってしまうと思う。筋肉痛になった部分は普段使っていない部分か、無理に使い過ぎた部分だ。少しずつ慣らしていきながら強化状態を体に慣らしていく。特にナツメの体は貧弱だから最初は無理をしないように」


「はいです! うおおおお!」


 返事とは裏腹にナツメは勢いよく魔力を操作した。勢い余って体の外部に魔力が漏れ出ている。普段使う時は体の外部に防御用の強化魔法を張るので失敗とは言えないのだが訓練する時には繊細に体内だけに留めてほしい。


 雑な強化魔法に慣れると精度が下がってしまうのだ。それでもマサモリはナツメのやりたいようにやらせた。


「よし、その状態でゆっくりと歩くんだ。絶対に走っちゃ駄目だよ」

「はいです」


 ナツメがゆっくりと歩き出した。身体能力が上がっていておっかなびっくりとした歩みだ。だがナツメの顔には興奮と歓喜が満ち溢れている。


「すごいです! あたしの体があたしの体じゃないみたいです!」


 ナツメが慣れるまでしばらく歩かせた。ナツメはすぐに強化状態に慣れてしっかりとした足取りになった。


「よし、止まって。ナツメはセンスがあるな。良い動きだ。今日の身体強化訓練はお終い。後は防御強化に当てる」

「えー、もっと身体強化やりたいです! もっと強くなるです」


「初めてだからこんなもんだ。体に身体強化状態を慣らすのと、身体強化のムラを修正しなければならない。一気にやりすぎると筋肉と骨の強化状態が崩れて骨折するよ。しかも綺麗に骨折する訳じゃなくてメッキョリと折れて骨の破片が飛び散って大変な事になる。身体強化訓練事故が良くあるって知らない?」


「ひいい、思い出したです。子供が無理に身体強化の訓練して体がボロボロになったって話しを聞いた事あるです」 


「特にナツメの体は長い牢獄生活で弱っているから無理は出来ない。普通の人と違って簡単にぽっきりと骨が折れるよ。まあ、骨折しても直してあげるから大丈夫だよ。死ぬほど痛いけどね」


「ううう、言う事聞くから脅さないでです」

「うんうん、ナツメちゃんは素直で偉いなー。私は言う事聞かないで骨がバッキバッキになった事があるよ。まあ、その内慣れたけどね。だからナツメちゃんがやりすぎて骨を折っても見捨てないから安心して」


「怖いです! 分かったからその話しはもういいです」



 翌日、ナツメは筋肉痛で布団から出られなかった。しかし笑顔のシラギクに無理やり布団から出されて歩かされた。半泣きで朝食を食べるナツメを見ながら他のエルフは自分の小さい頃を思い出していた。


 ナツメの得意属性は風だった。超大陸で捕らわれていた時には脱走防止の為に攻撃魔法の練習は禁じられていたそうだ。その代わり回復魔法の訓練だけは毎日やっていた。


 お陰で他の魔法も少し教えただけですぐに成長していった。ただ風魔法は基本を覚えたら一旦訓練を止めた。風魔法を鍛えても樹海にいる小魚を倒すまでには相当な時間がかかる。


 樹海の小魚ですら自分で動き、力を受け流す鉄の塊のようなものだ。風魔法は硬度が高い相手には通じにくい。普通のエルフなら小魚より数十倍大きい魚でも風魔法で両断出来る。


 しかしナツメの場合は風魔法を訓練する時間を強化魔法につぎ込んだ方が強くなるという意味では最も効率が良い。それに生活状態まで強化魔法が使えないといくら安全な出島村の中でも心配なのだ。そういう訳でとにかく強化魔法を集中的に鍛えた。



「ナツメには今日から村の仕事をやってもらう」


 ナツメの強化魔法の訓練が進むと村人としての仕事を割り振る段階に到達した。


「がんばるです!」

「ナツメちゃん、がんばって!」


「ナツメの仕事はこちら! じゃーん、鶏の世話~」

「鶏です。美味しそうです」


「主な仕事は鶏の餌やりと卵の回収だね。ではまず卵の回収からやっていこうか」


 マサモリは結界魔法で囲った敷地の中に入った。結界は家が二軒から三軒入る広さだ。中には鶏が放し飼いにされている。手前側に仕切られた小さな部屋がたくさんあり、鶏がそこで卵を産んでいる。


「まずはここで卵を回収するよ。ほら、やってみて」

「うわー、すごいです。あったいです。あれ、硬いです!」


「超大陸の卵に比べたら殻は随分硬いはずだよ。なんせ食っている物が違うからね。だからといって雑に扱っちゃ駄目だよ。感謝をこめて丁寧に扱おう」


「はーいです」

「集めた卵は食堂に持っていく。そこで徹底的に卵を洗浄するんだ。次に鶏に餌をあげるよ。ただそこで注意点が一つ。強化魔法で防御強化をしっかりやる事。強化魔法をかけないと突かれただけで足に穴が空くよ」


「へっ? 嘘ですよね? ううう、怖いです。絶対に嘘です」

「ナツメちゃん、本当だよー」


「うえええ、魔物です。そんな鶏聞いた事がないです」

「樹海の鶏は超大陸の弱い魔物より強いんじゃない? 樹海のゴブリンでも弱いゴブリンなら群れをなして追い払うよ」


「ひっひぃぃ。他の仕事にするです」

「一番安全なのがこの仕事だよ」


「あわわわ、殺される。殺されるです」

「大丈夫だ。ナツメなら出来る! ただ、今の強化魔法の強さだと突かれたらめっちゃ痛いと思う。それにこれは戦闘訓練でもあるんだ」


「鶏と戦うんですか!? 頭が可笑しいです」


「いやいや、痛みに慣れる訓練。それに度胸を付ける訓練だよ。戦えって訳じゃないから安心して。普通に餌やりをすればいいんだ。動物っていうのは勘が鋭いから相手がビビっているとすぐに分かる。するとなめられて自分より下だと思われる。そうすると言う事は聞かないし、反抗してくるわで大変だ。痛みを敏感に感じるのは良いけど、そのうえで痛みに支配されないようにするんだ。あとビビっていると自分が相手より強くても相手に勝てるという幻想を抱かせてしまう。そして無駄な戦闘が生じる。強いなら強いなりの心構えが無いと望まぬ戦いを強いられる」


「難しいです。でも戦わないならやってみるです」

「おう、その意気だ。一応顔だけは結界を張ってあげるよ。この餌を地面に満遍なく撒くんだ」

「はいです。まかせるです」


 ナツメは意気揚々と餌が入った籠を持って鶏舎に入った。鶏舎の中には至る所に高い止まり木があって鶏がとまっている。ナツメが鶏舎に入ると上からは止まり木から鶏が飛び掛かり、下からは鶏の波がナツメを襲った。


「ぎゃああああ」


 ナツメは悲鳴をあげて籠を放り投げた。散らばった餌に鶏が群がる。雄の鶏はナツメを包囲して体中を突っつきまわした。


「痛いです。痛いです。止めてえ」

「ほらほら、いじめちゃ駄目だよー。ほら、大丈夫」


 マサモリはすぐに鶏舎に入って群がる雄鶏をナツメから離した。


「ナツメもほら立って。いつまでもそうしていると毎回襲われるよ」

「怖いです。やっぱりあたしには無理です」


「そんな事ないよ。出島村に来た時のナツメだったら鶏舎に迷い込んだら穴だらけになってた。けどしっかり鍛えた結果、ここまで成長したんだ。頑張って強化魔法を鍛えればすぐに鶏の突っつきも耐えらるようになるよ!」


「ううう、本当ですかぁ?」

「ナツメちゃんなら大丈夫だよ」


 シラギクも鶏舎に入ってきてナツメを励ました。


「初めの内は俺達が手伝うから少しずつ慣れて行こう」

「は、はいです」


 ナツメはべそをかきながら餌やりを手伝った。



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