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『まかせな』
『弓婆!』
一筋の光が黒船の結界に突き刺さる。結界を破り中の黒船へと到達する。しかしブレペイスは巨大な斧を振るって矢を叩き落とした。結界の中で爆発が起こるが煙の中から出てきたブレペイスは無傷だ。結界に空いた穴はすぐに塞がった。
『厄介な結界だねえ。ならば』
弓婆と呼ばれた女エルフは矢をつがえた。そして黒船の船体を狙って矢を放った。結界を突き破り矢が黒船の船体に突き刺さる。同時に爆発が起きて黒船がゆっくりと傾いた。黒船の船体に小さな傷が出来たがすぐに船は再生した。
超大陸の戦士達から弓や魔法が放たれるがマサモリは球形状の結界を張ってそれらを防いだ。黒船は戦士達からは出遅れ気味に発進してきた。先行していた超大陸の戦士はエルフの放った水の塊にぶつかると一瞬で氷像に変化した。
「結界から出ると不味いぞ!」
ブレペイスが叫ぶ前に既に戦士達は結界の中に逃れている。お互いの結界の中から魔法や矢の応酬が始まった。超大陸の戦士達は見た目からして近接戦闘に向いていたので少数の弓持ちと船の上からの魔法攻撃しか放ってこない。
「喰らいやがれ!」
ブレペイスが巨大な斧を投擲してきた。轟音をあげながら一直線に飛んだ斧は結界にぶつかった。結界と斧がぶつかり合って火花が舞い散った。しかし結界は破れず、斧はブレペイスの手に帰っていった。
エルフの方では弓婆の攻撃が結界を破る事が出来るがそれ以外は数度試して無理だったので飛び道具を邪魔する為の風魔法のみとなっている。弓婆が一瞬の内に二本の矢を放つと一本目の矢が結界を破り、二本目が矢を落とそうとしたブレペイスを吹き飛ばした。
壊れた結界の孔に矢を放つと矢は蛇のように動いて魔法使いを数人纏めて殺した後に船体に突き刺さり燃えた。しかし火は船には燃え移らずに魔法使いの死体だけが灰となった。
「魔法使いは船内に戻れ! 突撃!」
不利を悟ったブレペイスは船による突進を選んだ。船が急発進する。マサモリの結界と黒船の結界が衝突するタイミングに合わせて戦士が一斉に結界の境界に飛び出してきた。
マサモリの結界に黒船の結界と戦士達の攻撃が合わさって叩き込まれた。マサモリ達はそれに合わせて魔法を放った。
お互いの攻撃と結界がぶつかり合った瞬間、結界同士の間に星の環のような衝撃波が生まれた。マサモリの球形状の結界が一瞬だけ黒船の動きを抑え込んだ。
しかしブレペイスの放った攻撃を中心にマサモリの結界はひび割れて砕けた。黒船の結界が砕けたマサモリの結界を壊しながら突き進んでくる。
『右へ』
マサモリとエルフ達は黒船の結界から逃れるように右へ移動した。ブレペイス達はそれを追撃する。黒船の結界がマサモリ達エルフに当たる瞬間に合わせて超大陸の戦士達が攻撃を加える。
エルフの戦士達は武器を構えて衝撃に備えた。唯一弓婆だけがブレペイスを狙って矢を放った。
黒船の突進と戦士達の攻撃を同時に受けたエルフ達は吹き飛んだ。弓婆だけが黒船の結界を避けた。
『集合。怪我は?』
『なし!』
『大丈夫です』
マサモリ達は追撃の矢や魔法をかわしながらすぐに集合した。そこにブレペイスの巨大な斧が投じられるが弓婆が撃ち落とした。マサモリは集合すると結界を張り直した。そこへ向きを変えた黒船が再び突進してきた。マサモリ達は結界ごと弾かれた玉の様に吹き飛ばされた。
『結界の硬度が高すぎる。正面からは勝てない。風魔法の支援をくれ』
マサモリ達は船の後ろを取るように移動しながら弓婆が矢を放つ。黒船はその大きさに似合わず俊敏な動きをする。
稀に体当たりが成功してもマサモリの球結界は吹き飛ばされるだけで中のエルフ達にはほとんどダメージを与えられない。氷漬けにされた超大陸の戦士は黒船の仲間を顧みない容赦ない突進によって破壊されている。
「うおお!」
黒船の突進に合わせて樹海面下から超大陸の戦士が飛び出し、マサモリの結界を切りつけた。
「水よ」
結界の中にいるエルフが水魔法を当てた。黒船の突進と樹海の中からの不意打ちを同時に受けたが結界は軽やかに吹き飛ばされるだけだった。
結界魔法を使っている者同士の戦いでは如何に相手の結界を壊すかが重要になっている。威力の高い攻撃なら結界を壊す事が出来るが破壊された面が狭いとすぐに再生される。破壊する面を広げると威力が分散されて結界が壊しづらい。
一般的には結界同士の衝突に合わせてお互いが相手の結界を攻撃する。結界の衝突に自分達の攻撃をのせる事で効率的に敵の結界を壊すのだ。衝突によって弱い方の結界が破壊される。お互いに結界の衝突面に集まっていると砕かれた時に一気に形勢が悪くなってしまう。
マサモリ達はそれを嫌って近接攻撃ではなく遠距離魔法攻撃で迎撃したが黒船の突進力も相まって結界を砕かれる事になった。しかし結界を大きくして距離を取っていたので素早く回避行動に移れたのだ。
正面からのぶつかり合いに勝機を見いだせなかったマサモリは結界の構成を硬度よりも柔軟性に変えて攻撃を受け流す戦い方に変える。黒船に遠距離攻撃の使い手が少ないのが幸いした。正面から勝てないならそれ以外の方法で戦えばよい。
弓婆が再び矢を放った。前回と同じように一本目の矢が結界を破壊してそれに同じ軌道で二本目が追随する。しかし結界の穴が空いた部分が横にずれた。二本目も結界を破壊するが威力が減衰しすぎて有効打にはならない。
「ちっ、対応してきたねえ」
弓婆の攻撃が対処され始めた。しかしマサモリ達も黒船の攻撃を引き飛ばされながらも防いでいる。どちらが先に相手の防御を破るか。お互いに様々な手を試しながらも双方とも相手に痛手を与えられない。
「義によって助太刀いたす!」
突然樹海の中から四人のエルフが踊り出てきた。
「なめ四天王!?」
「お風呂に残った垢をなめ尽くす男、垢なめ爺!」
「天井の埃を綺麗にしてしまう男、天井なめ爺!」
「味噌が大好き、味噌なめ爺!」
「紅一点! 全身を舐め回す女、なめ女婆!」
彼らは黒船の結界に飛び掛かる。そして結界に張り付いて結界をなめ始めた。
「味噌がないから帰るわ」
味噌なめ爺は一人だけさっさと帰ってしまった。残った三人が勇猛になめかかるが結界に傷を付ける事はできない。逆に矢や武器を投げられて結界から叩き落とされた。
「なんだあいつらは! 殺せ!」
「殺すな! あんなのでも売れば金になる!」
「とにかくあの弓エルフをどうにかしないと! ごほっ」
「こいつらは無視だ! 弓エルフを狙え」
「わかっくしょん!」
「ごほっごほっ、なんだまさか毒か」
「目がかゆい、かゆいぞ」
「魔法使い! 何をしている! 毒を防げ! 直せ!」
「鼻水が止まらん」
「喉が焼けるように熱い!」
「あ、頭が……」
「っひゅっひゅ」
『時間がかかったな。相手が油断していなければ不味かったかもしれない』
弓婆が結界を破った後に先端に袋を付けた矢を放った。今までは結界が動いて二本目の矢も対処されたが結界の動きが鈍い。矢が結界内に入ると船の中央まで行った後に袋が弾けた。中身はコショウと唐辛子の粉末だ。
「ごほっ! て、撤退! っごほっごほ」
黒船は超大陸の方向へ一目散に向かって行った。残された樹海上には氷像と壊れた氷像の欠片だけが残された。壊れた氷像から出た血の匂いに釣られて魚が集まってくる。無事な氷像を回収してエルフ達は移動を始めた。
『これだけ花粉を流し込めば船内にいる奴らも花粉症に出来たと思う』
『途中で偵察の為に降ろされた超大陸の戦士達を全て捕まえた』
『こちらの戦闘時に樹海に落ちた戦士は数名を除いて捕獲完了。残りももう少しで確保できる』
『なめ四天王は後でお説教だ。口だけ爺は便所掃除三百年の刑に処す』
『横暴だぁ!』
『我々のお陰で時間稼ぎが出来たんだ。怒られる筋合いはないな』
『なめてみたかっただけだろ?』
『当たり前だ! なめ四天王をなめるな!』
『やっぱり、お説教だ』
マサモリ達は結界が破れないとわかると風魔法で花粉を巻き上げた。樹海の花粉は超大陸の数倍、数十倍の強さを持っているので少量でも花粉症になってしまう。特に獣人は嗅覚に優れているが故に効果はてきめんだ。
プレートによって生えている樹が違うので狙って花粉症にする事が難しい場合もあるが今回は様々な濃縮花粉の用意が間に合った。最初から結界で花粉を防ぐと意識されていたら花粉症には出来なかった。
この戦法は遥か昔に使われたもので当時は超大陸の花粉だったので症状を起させるのは容易ではなかった。だからこそ有効だった。攻め込んできた敵軍に少しずつ花粉を吸わせて気が付いたら花粉症にする。
効果がすぐに現れたらそれの対策が練られてしまうが気が付かれなければ自然現象でなってしまったものだと思われて、対策が取られ辛い。人為的と悟られないのが最高だ。
大昔の戦法がまだ使えてマサモリはほっとした。もしあれが効かなければ神奈川村の村長に助けてもらっていただろう。相手の後衛の少なさにも助けられた。
それにしても黒船の結界の強度に関しては予想を遥かに上回っていた。エルフと超大陸の人間には魔力に大きな差があるのに結界に傷すら付けられないとは正直超大陸の人間を侮っていたのかもしれない。
攻撃力不足は問題だがとりあえず自分の役割は果たせた。そう思うマサモリであったができれば攻撃力を上げる手段が欲しいと思ってしまうのは当然だった。