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ラギドレットから流れてくる盗賊に魔人軍が四苦八苦している頃、マサモリ達は農村で食料を補充しながら北上していた。魔人軍の本拠地であるビッターは西部地域でも中央より少し東側にある。マサモリ達は北上して魔人軍領の北側の盗賊を排除しながら西北西に移動した。
部隊を分けて広く展開し、盗賊をローラーしていった。北側に居るのは北部から来た襲撃者だったので強者は少なく、問題なく盗賊の排除が進んでいった。マサモリは北部の住民が兵士募集に殺到すると思っていたが全く手応えが無くて困惑している。さっさと魔人軍に入って食料を貰えばいいのにと思う。
一時的に魔人軍に入ってみて合わなかったらひっそりと抜け出す。それが賢いやり方なんじゃないかと思っている。盗賊になったら排除しなければならないが農民や町民になるなら好きにすればいい。考えてみても投降を拒否する理由が分からなかった。
世間には自分の考えが及ばないような人が往々にして存在する。そういう人に会った時には理解しようとしてはならない。理解できない存在が居るという事を理解しなければならない。しかし普通そういった理解の及ばない人間は少数派だ。
大勢が魔人軍に入らないのは何かしらの理由があるとしか考えられない。魔人軍の兵士に思い当たる節はないか聞いてみたが納得できる回答は得られなかった。
マサモリ達が春に占領した最も北側の町に到達する頃には季節は冬に足を踏み入れていた。以前までのマサモリならここで防衛していただろう。しかしマサモリは進軍を選択した。
北は戦力的にかなり低下しているので攻めるなら今なのだから、雪が降るから止めておこうなんて言っていられない。雪が降れば進軍速度は一気に低下するので冬が本格的になる前に出来るだけ北進つもりだ。
北部は既に使い魔を何度も飛ばして地形は把握済みだ。しかし雪が降ると地図だけで判断出来なくなる。特に超大陸は森林が少ない。山にも木が少ないので頻繁に土砂崩れを起こす。山の近くは常に雪崩と土砂崩れに悩まされている。超大陸の中を見れば見る程、木が足りないのが実感できる。
マサモリから見ると超大陸の山は基礎工事をしないで建てた家の様なものだ。足元が安定していないので少しの衝撃で家が揺れ動き、足元から崩れる。マサモリが悪辣なら冬の山に雪を大量に降らして雪崩と土砂崩れを引き起こす。畑を潰してしまえば戦わなくても勝利出来る。
そういった意味では超大陸の人間は基本的に真っ向勝負である。搦め手が上手いのはドワーフくらいだろう。そういう戦いは微笑ましくもあるが搦め手等を学んだ場合は躊躇なく行う残虐性を持っている。
技術が進歩する程、何かを破壊するのは容易になってくる。破壊が大好きな超大陸人に強力な武器を与えたらすぐに殺しあって滅びそうだ。管理してあげなければとマサモリは思った。
「去年の冬に北部からの襲撃者を殺し過ぎたせいで北部の人間は魔人軍の事を逆恨みしているみたいです」
「えっ、攻撃してきたのは北部からだよね」
「はい。でも北部の人が魔人軍に殺されたので恨んでいるようです」
「普通、略奪しようとしたら殺されるよね? 自業自得だよね?」
「はい。ああいう人達のって本当にいるんですね。物語の中だけだと思っていました。感動ものです。楽しい!」
たいして危険ではないのでモブ美に北部の情報収集を頼んだ。その結果、北部の人が魔人軍の募集を蹴った理由が分かった。いまいち理解できる理由ではなかったが異文化は得てしてそういうものだ。マサモリは深く考えない事にした。
「そうなるとさっさと占領した方がいいか」
「そうですね。魔人軍に下った者は裏切り者だと呼ばれています。裏切り者が自分達よりも良い生活をしているのが許せないようです。農村が襲われるのはそれが理由みたいです」
「ふーん、面倒だ奴らだなー」
「それよりも、もっと危険な場所に行かせてくださいよ! 今回の潜入は子供のおつかいレベルでしたよ。それに比べて魔人軍は寒い中、雑に扱ってもらえて羨ましいです。閃いた! 私、魔人軍に入ります!」
「もう魔人軍でしょ。モブツリーマンは感情がしっかりあって捨て駒にするのに躊躇しちゃうんだよね」
「そ、そんなー。だから良いんじゃないですかー」
「じゃあ、追加で北部全域の偵察を頼む。使い魔の消費が激しかったからその補充もお願い」
「了解しました、マサモリ様ぁ。数はいるので雑用なり何なり申し付けください」
「うん、よろしく」
東部の盗賊対策の為に鳥の使い魔のほとんどをビッターに残してきた。今は忍者エルフが使い魔を運営しているが強者達に次々と排除されているそうだ。雪が強く降ると動かせる使い魔の種類は減る。現地調達しなければならない程に使い魔の鳥が足りないのだ。ただ、北部では使い魔が落とされる事が少ないのでそれだけは助かっている。
魔人軍が北上していくと町に居た住民は逃げるように北へと向かった。大規模な戦闘は一度も起こっていない。常に投降を呼びかけているのだが成果は芳しくない。盗賊だけは数が多いのだが集団が小さいので対処は容易だった。
このまま進むと戦わないまま超大陸西部地域の最北端にある町まで到達してしまう。それより北は山脈地帯なので逃げ場はない。流石に北部の人間も戦うなり降伏するなりするだろうとマサモリは予測した。しかしそれは簡単に裏切られた。
最北端の町では逃げてきた難民を受け入れず、魔法や矢を放った。難民は皆殺しにされ、町の人間は難民が持っていた物を全て回収すると亡骸を町へと運搬した。マサモリはこうならない為に降伏した者用の食料を大量に運んで来ていた。進軍速度が遅くなるのを承知で運んだ食料は彼らに届かなかった。
後悔したマサモリであったが最北端の町の人々が笑いながら喝采をあげている様子を見て違和感を覚えた。使い魔を飛ばして念入りに町の様子を探る。町の人々は一様に熱に浮かされたように笑っている。
するとマサモリの使い魔がゴミの山の中に大量の骨を発見した。この町は燃やさなければならないとマサモリは決意した。