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この状況を見てマサモリは魔人軍の派遣を決めた。どうせ冬に来るなら先に攻撃した方が効率的だ。マサモリ達が北部へ向かうと鬼の居ぬ間に洗濯といった具合にラギドレットから盗賊が押し寄せるだろう。
冬になる前の丁度最後の稼ぎ時だからだ。盗賊達は魔人軍領に食料が多く備蓄されている事を知っている。超大陸全体で食料生産量が減っている現在では金目の物よりも生存の為の食料の方が尊ばれている。
当初の予定では冬までマサモリ達抜きの増援で凌いでもらい、冬は人員を交代させながら魔人軍領全域で防衛体制を整える手筈だった。その後は周りの様子を窺いつつどう動くか決める。そういう予定だったのだが守るよりも攻める方が主導権を得られるし、物資の消費量をこちらで制御できる。
結局は不安要素を最短で排除した方が効率的なのだ。ただ、それをやる気があるかどうかの問題だった。マサモリは問題を棚上げして状況を見守るのを止め、一人の指し手となって世界を動かすと決めた。
マサモリは出発前に腕から木を生やして人形を作りだした。そして作り出した木人形を農村の守備に向かう魔人軍に同行させた。木人形はラギドレットの強者には劣るが魔人軍の部隊長よりは強い。エルフの森では使った事は無かったが少ない魔力で数を揃えられる。
頭脳面ではモブエルフには及ばないので完全に戦闘向けだ。強者が現れたら特攻させて自爆させる。これだけで相手も二の足を踏むようになるだろう。マサモリは今までは使わなかった手法を惜しげもなく使う事にした。
魔人軍の本拠地であるビッターでは食糧輸送用の発射台がいくつも作られている。それを使って使い魔が発見した盗賊達を長距離から狙い撃ちにする。本当の強者は殺しきれないが雑魚は倒せるし牽制にもなる。以前は長距離攻撃は命中精度や着弾地点の被害を考えて利用していなかった。
しかしそれらも解禁される事となった。これでもマサモリ達はかなり手加減している。本気になれば毎日ラギドレット城に攻撃魔法を放てる。そこまでやると戦争の形態を変えてしまう。新しい戦術や奇抜な方策は基本的に使用しないで勝つのが最善だ。
自分がやったら相手も同じ事をしてくるようになる。相手が出来る事は自分も出来ると考えるのは普通なので今までやろうと思わなかった事に手を出して可能性を広げてしまう。例えば長距離魔法攻撃もラギドレットならすぐに真似出来るだろう。射程は短いだろうが魔石砲弾を氷塊に詰め込めば威力だけは高められる。
それで射程が大幅に伸びたら後は長距離魔法攻撃の打ち合いになる。本拠地の周りは砲撃で爆破され続けてクレーターだらけになるだろう。相手の本拠地の結界を攻撃できるようになると後は魔石砲弾をより多く持っている方が勝ちになる。
魔石砲弾だったらまだましな部類だ。毒をばら撒かれたり、辺り一面を燃やしたりと用途は様々だ。毒は人を殺す毒以外にも植物に効く毒や大地を汚す毒、呪い等考えればいくらでもやり様はある。もし超大陸の人々が賢すぎたら相手の町の周りの山や森を焼き払う戦い方も思いつくかもしれない。
長距離戦が主流になると歩兵の価値が低下する。すると歩兵が減らされて盗賊に早変わりだ。いや、元々盗賊のような存在なので盗賊に復帰と言った方が正しいだろう。新しい戦術などは初見殺しではあるが何度も使うと相手が学んで反撃してくる。
思いもよらない方法を生み出して最初に使った方が手痛いしっぺ返しを喰らう事だってある。やろうとは思わないが、人を大砲で打ち出してそこから人が魔石砲弾を入れた魔法を打つなんて事もやりかねない。マサモリ達がやったように戦士を乗せた巨大な氷塊を打ち出す方法もある。様々な欠点に目を瞑れば、打ち出された氷塊の上から魔法使いが氷塊を発射し、魔法使いの数だけ氷塊での移動を延長できる。馬鹿々々しいが出来ない事はないのだ。
使い魔に魔石砲弾を持たせて落とすやり方は今でも使われている。魔石砲弾は高いし、今から略奪する物を破壊してしまう恐れがあるので普通は使わない。しかし力がない者が火事場泥棒の為にやる場合があった。
何も考えずに新戦術を超大陸に教えるのは危険すぎるのだ。既に大砲が広く使われているので後は大砲が進化していけば長距離砲撃戦闘が盛んになるだろう。それに対抗して砲撃部隊を倒す部隊も設立される。
戦術や戦い方などは常にいたちごっこなのだ。しかしそのいたちごっこが煮詰まれば、とんでもない戦法が編み出されかねない。などと考えすぎてしまって、マサモリは今後の方針に迷っていた。だがラギドレットを征服すると決めたので覚悟が出来た。新しい戦術が対処される前に速攻で制圧してしまえば良いのだ。
長距離攻撃は一定の成果を挙げた。しかし使い魔の損耗は増えた。強者は飛ぶ鳥を片っ端から殺して回るようになった。しかしそこまでしっかり対策をしたが故に強者と弱者の区別し易くなった。長距離攻撃は強者に集中して放たれた。それでも半数の強者は退かなかった。
長距離攻撃が来ると分かっていれば強者側も心構えが出来ている。次第に長距離攻撃は対処されるようになって当初ほどの効果を発揮できなくなった。しかし時間は稼げた。襲撃ルートを予想し、防衛を強化して対処した。しかし木人形一体では足りなかった。
損害は与えられたが食料は奪われた。来ると分かっていても防ぎきれない。流石だとしか言いようがなかった。不幸中の幸いだったのは魔人軍の兵士への損害が軽微だった事だ。逃げる強者に向かって長距離攻撃が放たれた。
手ぶらだった時とは違い、流石の強者も金目の物は守らざる得ない。食料はどうしても嵩張るので運ぶのが大変だ。魔人軍には金目の物が少ないので奪うなら食料しかなかった。結局、それでも強者は倒し切れずに逃げられた。
その教訓を生かして偽装した農村に足の速い野菜の食糧庫を作った。警備を薄くしてわざと盗ませる。そこへ長距離攻撃を行う。しかし強者の方も奪った食料が金になりにくいと分かるとすぐに投げ捨てて全力逃走した。魔人軍と盗賊達の戦いは魔人軍優勢だったが、結局強者はほとんど倒せずにほろ苦い勝利となった。