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ドワーフの観察を続けるとドワーフの階級についても分かってきた。外を歩き回るドワーフの全てに体内に魔石が埋め込まれている。特に兵士には数種類の魔石の反応が見えた。しかし広場に出てきたドワーフの体内には魔石は存在しなかった。逆に結界を発生する装置に使われていた魔石に類似する魔力を感じられた。
数日間ドワーフの街を観察していたが外出しているドワーフで体内に魔石を埋め込んでいないドワーフは広場での実験の時に居た以外は見つけられなかった。街は灰色の粉塵と毒煙で満たされているので目で見るよりも魔力を感知した方が分かりやすい。
ドワーフの多くが魔石を体内に埋め込んでいるので視界が悪くても簡単に位置を把握できる。毒が撒かれていた坑道と同じように街を探索させた使い魔の鼠は体調を崩して動けなくなった。
研究所と思わしき施設の中には魔石を入れているドワーフと入れていないドワーフが半分半分といった所だった。彼らはそれなりに地位が高いらしく、しっかりとした衣食住が保証されている。逆に外を巡回する兵士達は粗食で服も武器防具も支給品だった。兵士は一日の終わりになけなしの金銭を支払って酒を飲むので精一杯だ。
街の環境と同じでドワーフ達の生活も閉塞感で満ち溢れている。しかし技術の進歩だけは順調に進んでいるようだ。竜魔弾の製造が続けられ、それとは別の研究も並行して進んでいる。ここには超大陸の最先端技術が満ち溢れている。しかし住みたい場所かと言われると肯定は出来ない。研究に全てを注いだ結果、こうなってしまったのだろう。
街の中央部に行くにしたがって兵士は増え、装備の水準も上がっていく。ドワーフの力量も高く、携帯用結界を全ての兵士が完備している。外の兵士達とは違って動きに淀みがなく、歩く姿を見るだけで精強さが分かる。不用心な鼠が彼らの近くを通ったが一瞬で看破されて踏み潰された。
中央部に行くと使い魔対策もされているようで鼠が入り込むスペースさえもしっかりと対策されている。何匹もの鼠が罠で死んだ。下水を利用して侵入しようと試みたがそれも失敗した。ボタンはエルフの魔力を探ったが魔力を遮断する壁に阻まれて失敗した。
大蜥蜴を再生しているハーフエルフの中には子供も存在した。ハーフエルフの数も他の街に比べると数倍以上だ。奥にエルフが囚われていると確信できる数である。中央部の多くに魔力遮断壁があり、最奥までは見通せなかった。中央部を探るならその場に自分が赴かなければならないとボタンは確信した。
ドワーフの街には定期的に奴隷が運ばれてきた。ドワーフ達は奴隷が運搬されてくると諸手を上げて彼らを受け入れた。子供や、老人、体が不自由な者などの明らかに労働に適していない奴隷は別の場所へ運ばれていった。
ドワーフの研究者達は顔を綻ばせて彼らを追った。そして先日広場で繰り広げられた惨劇が再現された。しかし普段とは違う結末を辿った。運ばれきた大人達の実験が終わると次は子供達だ。子供が実験台に固定されて注射を打たれる。しかし今までの実験体とは違って反応は穏やかだった。
すると明らかにドワーフ達の空気が変わった。他の実験をしていたドワーフも一斉に集まり、何やら相談を始めた。ボタンは離れて観察しているので彼らが何を話しているかまでは分からない。せめてマスクをしていなければ読唇術で会話を拾えたのだが全てのドワーフは厳重なマスクをしていて顔すら見えない。
ただ彼らの空気から実験が成功を収めたのだろう事は理解できた。被験者の子供は実験台から解放されて別の場所へ連れていかれた。幸運な事に他の子供達も同様に連れていかれた。遅か早いかの問題かもしれないが目の前で解体されて殺されるよりはましだったのでボタンとモブツリーマンは息を吐いた。
子供達が連れていかれた建物からは少しすると多くの奴隷達が出てきた。奴隷達は一目で見ても魔物人だと分かった。しかし普通の魔物人ではない。奴隷の額に魔石が埋め込まれていた。
そして多くの魔物人が体に人工物を埋め込まれていた。
体に剣や斧が埋め込まれていたり、体中に皮や鉄板を張りつけられている。ドワーフは魔物人の改造を行っていたようだ。手足を他の生物に変えられている魔物人も居た。接合部分の縫い跡が痛々しい。神経の接続に成功している個体は少ない様で新しく接合された腕や足はだらりと垂れ下がっている。
大蜥蜴の餌にされるよりはましなのかもしれない。既に洗脳の実験は成功を収めているようだ。魔物人達は普通に考えたらしないような出来の悪い改造が施されている。最初から完全に実験目的だったのだろう。
魔物化は個人によって千差万別だ。有用な特性があれば使い辛い特性もある。ほとんど意味のない特性だってある。だからドワーフは不安定性を取り除いて安定的な路線を模索したのだろう。魔物人の実験は既に第二段階に進んでいるようだ。
そこで目を付けられたのが竜人化であろう。竜に変身出来なくても竜人化すれば他の魔物化に比べて圧倒的な力を得られる。戦った事が無い普人でも竜人化出来れば一気に戦力化出来る。ドワーフの実験はその段階まで進んでいるのだろう。もしかしたら先程見た子供は何例目かの成功事例かもしれない。
地上では額に魔石を埋め込んだ洗脳魔物人は見つかっていない。地上で使われていたのならボタンは忍者エルフの情報網ですぐに知った情報を得ていただろう。しかしボタンはそんな情報は聞いた事がない。今まで大事に温存されていたのだろう。
地下のドワーフは人知れずに地上を征服しうるに足る力を生み出していたようだ。そして何より恐ろしいのは得た力を無暗に使わない慎重さだ。ドワーフは力を得ながらも自分自身を律して更なる力を求めている。
竜人化薬が成功したら全てのドワーフが竜人化しかねない。攻撃用の竜魔弾と防御用の竜人化薬、兵を統制する為の洗脳魔石。その三つが揃った時にどうなるかは簡単に想像できた。