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何より厄介なのは最初に洗脳したドワーフがこの弾の情報を知らなかったという事実だ。これ程の銃弾なら聞かれなくても話題にあがってきただろう。それが無いと言う事は一部の者にしか知らされていないという事になる。
これだけ手間がかかる銃弾が知られていないのは情報の統制がしっかりしている証拠だ。この銃弾が作られるには多くの手間と時間が掛かっているのは明白である。表面的な形状を全て似せるだけならドワーフなら可能だ。
しかしこの竜魔弾の肝は銃弾が対象にぶつかった時に破裂する事にある。つまり銃弾としての殺傷能力を維持しつつも、対象に当たった時に砕ける程度の強度にしなければならない。竜魔弾が不揃いなのもここに原因があった。爪の形状に合った加工が施されている。一つ一つが職人の手による芸術品なのだ。
洗脳したドワーフによって坑道の一つが明らかになった。しかし周囲には多くの使い魔が飛んでいる。ボタンだけなら発見されずに移動できるだろう。しかしモブツリーマンも居るので発見される可能性が少しでもあるなら移動は控えるべきだとボタンは判断した。それにドワーフがどういう判断をするのかにも興味があった。
すると突然、空を舞う使い魔達が上空へ飛び立った。そして小さな地響きが地下から生じた。ドワーフ達がここに来る為に使った坑道が爆破されたのだろう。せっかくドワーフを洗脳して情報を得たのに一瞬でそれが無駄になってしまった。
何より驚くべきはドワーフ側の潔さだ。地響きのタイミングからしてボタン達を襲撃した時には既に爆破の準備が始まっていたと考えた方が正しい。しかしモブツリーマンはボタンの顔に笑みが浮かんだのを見逃さなかった。短い付き合いではあるがその密度は他のモブツリーマンとは比べ物にならない。モブツリーマンはボタンの人となりを理解し始めていた。
急ぐ必要もなくなったので洗脳したドワーフからゆっくりと情報を収集した。しかしドワーフは武器に関しての情報しか持っておらず、知識面では前回洗脳したドワーフと同程度だった。武器の扱いは上回っていたが結局は捨て駒だったようだ。
ボタンはドワーフが所持していた隠蔽魔法の掛かった結界を発動させて指で突いて強度の確認をした。性能的には可もなく不可もなくと言った所だが一般兵士に配られた物だと考えると十分すぎる性能を持っている。逆に考えるともっと強度の高い結界を張れる物が確実にあるという事になる。
ドワーフは魔力が少ないが結界を道具で張れるなら強化魔法に魔力を集中できる。ドワーフの向上心にモブツリーマンは素直に感嘆した。弱点を克服したドワーフはこれからも進歩を続けていくだろう。だからこそ放置する訳にはいかないとモブツリーマンも思う様になっていた。
ドワーフから情報を聞いているとにわかに人の気配が集まって来た。やせ細った大蜥蜴に数人のドワーフが騎乗している。山岳地の地面は凸凹で騎乗しているドワーフ達は大蜥蜴の背で鞠の様に跳ねながらも振り落とされていない。片手には常に銃を握ったままの状態で周囲を警戒している。
どうやらドワーフは新型の銃弾が露呈した事をかなり重要視しているようだ。目撃者を生かして帰す気はないようだ。追撃者の気配が増えていく。ボタンは少し不味いなと思った。自分だけならこの状況でも発見されずにこの場を後に出来るが今はモブツリーマンが一緒だ。
モブツリーマンが死んでもすぐに復活できるので問題は無いが使い捨てにするのは気が引ける。ボタンはドワーフ達を観察しながらどう動こうかと思案した。
徐々に大蜥蜴に乗ったドワーフが増えてきた。ドワーフ達は大蜥蜴にしきりに匂いを嗅がせている。犬を連れたドワーフも合流してボタン達の匂いを探している。魔力跡を消す時に消臭も済ませておいたので匂いから追われる事はない。
消していなかった坑道内の匂いは坑道が崩れ落ちたお陰で捉えるのは困難だ。ドワーフ達はしばらく周囲を探索したが犬が顔を上げたのを合図に犬の先導の元、走り去っていった。しかし気になるのはボタン達が来た方向へと正確に進んでいる所だ。疑問に思って洗脳したドワーフに尋ねた。
大坑道には大勢のハーフエルフの奴隷がいるそうだ。ハーフエルフの奴隷の逃走を防ぐ為に大蜥蜴や追跡用の犬にはハーフエルフの匂いを覚えさせている。ボタンは失敗したと後悔した。ボタン自身は常に匂い対策をしているがモブツリーマンまではしていなかった。
モブツリーマンはモブエルフが変身している姿なのでエルフの匂いがしてしまう。山の気候と経過した時間のお陰で遠くまでは辿れないだろうがミスはミスだ。こんな場所にエルフが居ると分かればドワーフがどう考えるかボタンは急いで考察した。ボタンは一瞬考えたがすぐにドワーフを皆殺しにすると決めた。
ボタンは洗脳していたドワーフを殺すと潜伏場所から手だけを出して風魔法を唱えた。小さな竜巻が現れて空へと拡散していった。空を飛ぶ使い魔達は空中で見えない獣の爪に切り裂かれたかのように殺された。
潜伏場所からボタンとモブツリーマンは飛び出した。直接は追わずにまず高所を取る。時間をかけて山探ししていただけあってか周囲の地形は把握していた。問題は銃の射程距離だ。既に装填済みの銃は念動魔法で浮かべられ、ボタンとモブツリーマンに追従している。
旋風吹きすさぶ山脈をボタン達は一瞬で走破し、先行していたドワーフ達を追い抜いた。そしていくつかある待ち伏せに適した場所の一つに念動魔法で銃を配置した。銃を円形に配置して殺しの間を作り出す。再装填は念動魔法でするので手で装填するのに比べて時間がかかってしまう。
しかし一回の射撃でドワーフ達を殺しきれるとボタンは予想している。風の流れを操作し、匂いがドワーフ達の元へ行かないようにした。上空の対応も忘れない。ボタンは風魔法で上空に乱気流を発生させた。近づいて来た生物は一瞬でなます切りになるだろう。