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ドワーフは入り口よりも内側の坑道を守備する事に全力を尽くした。外へ繋がる坑道は内にある大坑道さえ無事なら何度でも作り直せる。地下深くにある岩塩鉱床の大坑道は地上からは察知不可能だった。使用した坑道も役割が無くなるとすぐに埋め立てる事で機密性を高めていた。
勿論、人の出入りも厳しく制限されていた。今までエルフの森の忍者エルフに発見されなかったのは流石ドワーフだと言えよう。大坑道への入り口はなんの変哲もない岩塩鉱山なのでそれ程重視されていなかった部分も大きい。
大坑道には巨大なドワーフの町があり、そこで生まれたドワーフは地上へ出る事はない。完全に情報を統制している。南部地域に出現したドワーフ達は大坑道を通った。ただ、大坑道の存在を知ったからには皆殺しにする事は最初から決定されていたようだ。
巨大な鉱石を抱えて坑道に逃げ込んだドワーフ達は一人の例外も無く殺された。ドワーフ達は同族ですら鉱石の運び手として用が済んだらあっさり殺した。大坑道で生まれたドワーフの中には外へ出たいと強く願うドワーフも居る。そういうドワーフは外の仕事を斡旋をするという名目で集められ、皆殺しにされた。
大坑道のドワーフの中でも階級が存在する。最底辺の餌やり。これはいつ死んでも良いドワーフだ。次に囮、餌やりを大蜥蜴まで護衛していざとなれば囮になって坑道を爆破させて死ぬ役割だ。外に出たいと願うドワーフ達が就く場合が多く、死傷率が一番高い仕事である。坑道の機密は彼らによって日夜守られている。
短い時間だったが話しを聞き終えたボタンはしたり顔でドワーフは皆殺しにすべきですと念話で言った。
次にドワーフが餌やりに来るまでの一週間、ボタン達は静かに待ち続けた。しかし長期間の潜伏で元々少量しか持てなかった食料が減ってきた。食料節約の為にモブツリーマンは一週間の間、石になった。
ボタンは訓練で食事を取らなくても周りの魔力を吸収して代用する術を得ていた。忍者エルフは長期的な単独行動、潜伏任務が多い。ボタンにとっては日常生活の延長線上であった。ボタンはモブツリーマンを石化させると自分も眠りについた。そして寝ながら監視を行った。
寝ながら監視する技はとても理に適っている。監視は長期戦になる場合が多い。気を張りすぎると逆に監視対象に監視が露呈しやすくなる。その点、眠ってしまえば漏れ出る気配が最小限に出来る。そのうえ、体力も温存できるとなれば忍者エルフにとって必須技術だ。一週間、何も変化はなく平穏に過ぎていった。そして再び餌やりのドワーフが訪れた。
今回は罠について詳細に確認した。罠の種類は様々でどれをとっても完全に殺しにかかってきている。毒針が坑道のあらゆる面から飛び出す罠や、魔石を使って相手を幻惑させる罠、わざと低い場所を作ってそこへ無味無臭の毒ガスを溜めておく罠。間違った坑道に入るとその坑道自体を使い捨てに崩される罠もあるそうだ。
洗脳されたドワーフが独自に情報を収集したものもあるので精度は不明だ。しかしボタンは一つ一つの罠を丁寧に聞き取ると心に刻みつけた。貴重な情報収集の時間が終わるとボタンは横穴の場所より先に進む事を決定した。
モブツリーマンは内心歓喜した。待機時間が長すぎて一般人用に作られた人格には長期間の地味な潜伏は厳しすぎた。本来ならモブツリーマンが先導して罠の情報を集めるのが効率的だ。しかしボタンは罠の発動がドワーフ側に察知されるのを用心し、極力罠を発動させないで進むと決めた。
ここまで来た時に使えた天井を歩くという方法もこれより先には通用しない。逆に天井を移動する者を殺す罠が仕掛けられている始末だ。代り映えの無い生活に心が押し潰されそうになっていたモブツリーマンはボタンが罠を観察し、踏破していく姿を見ているだけで心が癒されていくのを感じた。
ボタン達は徐々に坑道を進んでいった。しかし不意にボタンの動きが止まった。ボタンは洗脳していたドワーフの死を感知にした。ボタンは罠の解除を止めるとすぐに撤退を指示した。ボタン達が坑道の入り口付近まで戻ると遠くから小さい衝撃が伝わって来た。
ボタン達が居る坑道が破壊され、放棄された音だ。その音に紛れて別の音と気配が向かっているのをボタンは感知した。坑道の中を骨と皮だけになった大蜥蜴が瞳をギラギラとさせて襲い掛かって来た。複数の大蜥蜴はボタン達に向けて大口を開けるとブレスを放った。
大蜥蜴が大口を開けた瞬間、ボタンとモブツリーマンは大蜥蜴の口の中に魔石が輝いているのを見た。大蜥蜴のブレスが喉元から沸き出して魔石に当たった瞬間、魔石が大爆発を起こした。ボタンは素早くモブツリーマンの前に出て結界を張った。そして地に手をついて入り口方向の坑道に強化魔法をかけた。魔石の誘爆が終わると強化魔法をかけた事で崩壊を間逃れた坑道から脱出した。
ボタン達は坑道が衝撃の余波で崩れない内に抜け出した。久しぶりに見る光にモブツリーマンは目を細めた。しかしその瞬間、四方からボタン達を銃弾が襲った。ボタンは反射的に結界を発動させた。モブツリーマンは結界の発動が間に合わずに反射的に防御態勢を取った。
銃弾が結界にぶつかると陶器が割れるような音と共に銃弾が爆発した。ボタンの結界が破壊され、ボタンとモブツリーマンの体に銃弾の破片が突き刺さった。モブツリーマンは痛みに一瞬だけ怯んだ。ボタンは体の負傷を無視して次弾を装填しようとするドワーフに接近し、結界を素手で破壊した。そしてその勢いのままドワーフの首をもいだ。
ボタンはそのままもいだドワーフの頭を一番近くにいるドワーフの銃を狙って投げつけた。ドワーフは投擲を回避するがその隙にボタンはドワーフへ接近していた。ボタンは結界を短剣で突き破り、ドワーフを殺した。
モブツリーマンは一動作遅れたがボタンが向かった先と反対にいるドワーフへと襲い掛かった。次弾の装填が間に合っていないドワーフを結界ごと長剣で袈裟切りにした。しかし他のドワーフは既に装填が終わり、各自が近くにいる相手に向かって銃弾を放った。