184
モブツリーマンが様子を窺っていると岩山の岩がゆっくりと動き始めた。ボタンの指示でモブツリーマンは凝り固まった体をぎこちなく動かしながらぼっかりと開いた洞窟へと入っていった。すると中には普通の個体よりも数倍以上大きな大蜥蜴が気を失っていた。
モブツリーマンが洞窟に入るとすぐに岩が動いて入り口を隠した。外ではボタンの使い魔の鳥が岩が動いた痕跡に砂や土をかけて痕跡を消した。
洞窟の中はヒカリゴケのお陰で仄かに明るく、エルフの暗視で問題なく見渡せた。洞窟の狭く、普人の大人が五人並んだ程度の広さだ。そこに巨大な大蜥蜴が道を塞ぐように鎮座している。大蜥蜴が少し体を斜めに動かすだけで洞窟は完全に塞がれてしまう。大蜥蜴は進行方向を変えられない代わりに洞窟の壁の様な役割を果たしていた。洞窟には大蜥蜴が移動した時に出来た擦り傷が多数刻みつけられている。
ボタンは大蜥蜴の耳元に囁くように話しかけた。しばらくすると大蜥蜴が突然目を開けた。モブツリーマンは一瞬驚いたが大蜥蜴は沈黙を保ったままで暴れる事はなかった。ボタンはモブツリーマンの足跡を念入りに消すと静かに洞窟の奥へと向かった。モブツリーマンは大蜥蜴に触れないように注意しながら大蜥蜴と洞窟の間にある狭い隙間を通った。
そしてボタンから少し離れて足跡を残さないように、静かに追従した。不意にボタンが立ち止まった。ボタンは念話で罠の存在をモブツリーマンに伝えた。ボタンは洞窟の天井に飛びつくと重力が反転したように天井を歩いた。モブツリーマンも音を立てないように天井に張り付くとボタンの様に天井を歩いた。
罠地帯を抜けると小さな横穴がいくつもある場所に辿り着いた。モブツリーマンは索敵魔法を唱えようとしたが、ボタンに手で止められた。モブツリーマンはボタンに魔法と念話の使用を禁止された。ボタンが先行して横穴を確認していく。モブツリーマンは大人しくボタンを待った。
ボタンは探索を終えると来た道を戻るようにモブツリーマンに指示した。罠地帯まで戻るとボタンは念話を使って先程の状況を説明した。
横穴には人の生活跡が残っていた。部屋の大きさと雰囲気から推測してドワーフが使っている可能性が高い。横穴のあちこちには魔石が隠されるように埋まっていて特定の魔法、念話や索敵魔法を使うと周囲の魔石が爆発する仕組みになっていた。
どの魔法に対応しているかは分からないが以前に同じような仕掛けがあったそうだ。秘匿性の高い場所にドワーフが良く設置する罠だそうだ。魔石には一つの魔法を指定してその魔法が使われたら爆発するように加工されている。
それが数種類埋まっていた。殺す事より隠す、証拠を吹き飛ばす事を優先した場合は索敵魔法や念話、隠蔽魔法を対象にする場合が多い。今回はそのケースだろうとボタンは説明した。
ボタンは埋め込まれた魔石を見て、先へ進む事より慎重に進める事を選んだ。洞窟の天井に人が一人身を隠せるスペースを掘っていく。後はそのスペースに入り込んで入り口を偽装した岩で蓋をした。最終的には魔法を使わずに隠れられるようにしていった。
後はじっくりと待つ。モブツリーマンは再び監視生活に戻ると知って内心動揺した。モブ美が聞いたら大喜びするだろうがひたすら動かずに監視するのは素人には厳しい。ついつい奥へ奥へと探索したくなるがこの時間を惜しまない慎重さこそ成功の秘訣かもしれないとモブツリーマンは思った。
一週間程度が経過した。ヒカリゴケがあるとはいえ、常に薄暗い空間で動かずにいると時間の感覚がおかしくなる。モブツリーマンにはどれ位の時間が経過したのか三日目からはあやふやになっていた。そして遂に待ちわびていた人の気配を感じた。
大きな袋を背負ったドワーフが杖をつきながら現れた。モブツリーマンはボタンから待機命令が出ていたのでボタンの動きを待った。ボタンは何もせずにそのままドワーフをやり過ごした。袋からは血肉の匂いが漂っていたので大蜥蜴用の餌なのだろう。
しばらくすると袋を空にしたドワーフが戻って来た。ドワーフが通り過ぎた瞬間、ボタンは飛び出して行った。しかしドワーフは携帯用の結界を張っていた。ボタンは結界を抱きかかえるように両手を結界に当てた。結界内のドワーフが衝撃波を浴びたようにビクリと動くと前のめりに崩れ落ちそうになった。
ボタンはドワーフが仰向けになるようにドワーフの結界を押した。ドワーフが目を回して倒れるとボタンは倒れそうになった杖を奪い取って地面を叩き続けた。そしてドワーフの目を見つめて結界越しに洗脳魔法を使った。
ボタンから合図があったのでモブツリーマンも穴から這い出した。モブツリーマンはフラフラと立ち上がったドワーフを結界ごと押して歩かせた。ドワーフを押して罠地帯に行くまでの間、ボタンがドワーフから情報を聞き出した。モブツリーマンは意図は分からないがボタンに従った。罠地帯に辿り着くとドワーフと別れ、ボタン達はすぐに元の場所へと引き返した。
大蜥蜴への餌は一週間に一回で次来るのは一週間後になるそうだ。横穴があった場所には他のドワーフも同行していて異変があった場合はすぐに設置していた魔石を爆破させる。そういう手筈になっていた。そしてドワーフの持っていた杖が一定時間地面に触れなくなっても爆破は行われる。モブツリーマンはそれを聞いて冷や汗をかいたがボタンは淡々と説明を終えた。
ボタン達は再び一週間穴倉の中で待機した。モブツリーマンはボタンの勧めで一日の大半を眠って過ごした。長期間、太陽を見ずに穴倉で身動き取れずにいると精神に変調をきたす。モブツリーマンはボタンの勧めを受け入れてボタンが眠る僅かな時間以外は寝て過ごした。
モブツリーマンは忍者エルフに感心するしかなかった。ボタンは常にいつもの状態と同じでまるでカメリアの町に居る時の様に精神の均衡を保っている。それに引き換えモブツリーマンは体も心も疲れ切っている。ボタンから体調が大丈夫だか心配される始末だ。モブツリーマンは足手まといになってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。