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北部への侵攻をする前に魔人軍の全てに降伏勧告をするように指示を出した。正面から対峙する時に余裕があった場合のみだが遭遇した盗賊を皆殺しにしていたら時間を浪費してしまう。降伏した者は暫く農村で働かせ、その後農民になるか兵士になるか選ばせる予定だ。そこらへんの盗賊に構っている余裕はない。
町や村を征服したらまず開墾して畑を増やす。農村の跡地がある場所は使い魔で把握しているので侵攻と開墾を同時に行う。そうすれば魔人軍が支配している領内のみは食料を確保できる。だから侵攻が遅れると占領出来てない場所は食料不足のままになる。
マサモリは保守的な思考なので安全第一でいくと決めている。食料は穀物類を除いてすぐに劣化してしまうので生産地から離れた場所に移動しようとしても腐ってしまう。だから生産地ごとに植える植物を分けて生産を効率化できない。穀物だってしっかりと保存しないとすぐに腐ってしまう。
北部では穀物が通貨となっていて貨幣の価値は消失している。そもそも商取引自体が終焉を告げて奪うか奪われるかの二つになっている。穀物が持つのは今年か、せめて来年なのでそれまでに北部をどうにかしないと穀物を溜め込んでいた富裕層すら餓死する。
北部では今になって焦って開墾を始めているが、こんな危機的状況になっても食料の奪い合いをしている。生産するより略奪する事に慣れた人々は生産する力を失っているのだ。人口が減ったので各自が自分の食料の分を生産すれば良いのだが現状でも人から奪う事を止められない。生産する事から距離が離れると再び生産者になるのは難しい。
生産される食料の配分が適正に行われれば必要な食料はギリギリ間に合うかもしれない。しかし奪い合っているのでいくらあっても足りない。食料不足を加速させているのは当の本人達なのだ。
例えばマサモリが北部に食料を売ったとしよう。しかし住民には食料は一切渡らない。強者のみが独占するので今と変わらないのだ。備蓄のある強者を備蓄のある強者が襲う。完全な弱肉強食の世界が繰り広げられている。数少ない農村では税率が跳ね上がった。食料不足になればなるほど、その皺寄せは弱者である農村へと向かう。
農村の税率は十割。収穫物は全て奪われる。農民は売り物にならない虫食いや作物の根を食べて生き延びている。農民の受難はそれだけに留まらない。盗賊は強者を襲うよりも農村を襲った方が楽だと知っている。農村を守るべき強者は別の農村を襲撃しているので守りは最小限だ。
結果、農村は襲われて農民は攫われる。しかし強者も農民を攫っているので農民の交換になる。農民は様々な農村に連れて来られては別の農村へと攫われていく。定住していれば食料を隠せる余地があるのだがすぐに攫われる為、そんな暇はない。
ひたすら奪われる存在、それが農民だ。別の農村へ連れてこられた農民は何度もそれを繰り返す内に真面目に畑を耕す事を拒否するようになった。どうせその内、攫われると分かっているなら真面目に仕事をするのは馬鹿々々しい。農民は畑を耕す振りをしているが実際は雑なもので畑からは最小限の収穫しか得られない。収獲が減ると奴隷主は激怒するし、足りない分を補う為に余所から奪う。全てが悪循環になっている。
農民が一発逆転をかけて樹海の食べ物を口にするのは当然の結末だった。そして魔人軍にはそういった農民あがりが数多く存在している。彼らは運が良かった。シュドラの魔人軍に入らなければベヒモスに眷属にされていただろう。盗賊になった場合は魔人軍に討伐されていた。
だが彼らに辛い過去があるからといって農民に優しい訳ではない。むしろ農民時代に苦労した分を取り戻すべく農民に辛くあたった。それを知っていたシュドラは農民の待遇を改善した。そのお陰で魔人軍では農民いじめはない。魔物人の中でもハズレ特性で大して力を得られなかった者は農民のままだったが普通の農村に比べれば扱いは天と地ほどの差がある。
皮肉な事に彼らは魔物人になってやっと人として扱われるようになったのだ。だからシュドラは農民から人気があった。ただ、最底辺の農民から人気があった所で何か得する訳ではない。弱者はいくら集まっても発言権がないのだ。
死体を処理するだけでは無駄な労力を使っているだけに思えるかもしれないがそうでもない。死体を燃やした時に出た煙が空へ上がるので南下してくる北からの襲撃者達のルートを誘導できる。主要な道から埋葬作業の煙が点々と立ち上っていたらまともな神経をしている者ならその道を避けて迂回しようとする。そうなると取るべきルートが狭まってくる。
適度に襲撃者を分割して適切な位置に誘導する。弱い襲撃者でも数が集まれば厄介だ。現に魔人軍は冬に物量で圧倒された経験がある。魔法で簡易的な拠点を作って襲撃者を迎撃する。どちらにせよ戦うなら有利な条件に引き込んで戦った方が効率的だ。
冬の防衛戦を見た時に魔人軍は防衛戦に滅法弱いと判明した。不利な場合はすぐに逃げるので防衛戦自体の経験がないし、防衛なんてする気がないのだ。しかしそれでは軍として成り立たない。マサモリが魔人王をやっている間は敵に攻められてもしっかり守っていれば救助が出来る。
しかしすぐ落とされてしまっては取り返すのが面倒だ。敵の城なら破壊してしまえば良いが自分の町や農村は気軽に破壊できない。今年の冬も襲撃者は現れるので今の内に経験を積ませておきたかった。
魔人軍は死体の数と南下する襲撃者の数が多く、思ったように北上できなかった。唯一の救いは南下している者がそこまで強くなかった点だ。縄張り争いに負けてきたのだから当然の事なのだが強者が混じると簡単に防衛網が食い破られる。被害だって馬鹿にならない。北上して町を落とすのが目標なのに到達する前に負けが込んでしまったら目も当てられない。
襲撃者狩りをしなければせっかく補修した農村が荒らされ焼かれる。マサモリは丁寧に襲撃者を潰しながらゆっくりと北上した。何度か降伏を求めたが聞き入られる事は無く、幽鬼の様な襲撃者達は殺された。
襲撃者には東のラギドレットまで行ってほしいのだが彼らにそこまで行く余力がない。命懸けで南下するしかないのだ。余裕がある者は危険を回避する為に東へ向かっているだろう。