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春になっても植林は全く終わっていなかった。超大陸の半分近くの地域が炎や土によって荒れ地と化した。今年の冬は確実に食料不足になる。すると樹海の食料を食べる者が増え、魔物化する者が出てくる。
負の連鎖が階段を滑り落ちるように起こり始めていた。しかし余所の地域に構っている余裕はない。西部地域の食糧不足の解消の為には奪われた農村を奪い返し、北側の荒れ果てた土地を手に入れ、壊された農村を修復しなければならない。戦いになるのでマサモリが行かざるえない。魔人軍の者達だけでは何が起こるか分からない。
マサモリは地図を見ながら頭を捻った。行軍速度を考えるといくら頑張っても時間がかかりすぎる。マサモリ達だけで行けば数時間で終わる事が魔人軍を動かすと数か月は必要だ。シュドラが居た頃は出番がある時だけ行けば良かったのだが軍を動かすのは時間がかかって嫌になる。
魔人軍は冬の間はやられっぱなしだったのでかなりストレスが溜まっている。適度に発散させないと身内同士での争いが起こってしまう。現在でも小さな争いが絶えず起こっている。同じ農村に長期的に滞在していたら、そこの主の様に振舞うようになるだろう。
動かしても面倒だし、動かさなくても面倒事の種は尽きない。こうなると雑に扱って篩にかけた方が良いのではないかという思いが沸いてくる。現に他の魔人軍はここ程甘くない。現時点では城壁都市ラギドレットと戦うには練度が足りなすぎる。
北側を制圧したら殴れる敵が居なくなってしまうのも問題である。適度に戦いを供給し続けないと暴力が内へと向かう。思った以上に魔人王になるのは大変だとマサモリは痛感した。まじめにやらなければ適当に奪って壊すだけで事足りる。しかし継続する事を考えると奪ってばかりでは世界は破滅の方向に向かってしまう。
生み出す者が居なければ世界は維持できない。破壊者こそ数を減らすべきなのだ。そう考えると適当な都市に攻めて魔人軍を減らすのも手ではある。魔人軍を強くしすぎるのも危険だ。強くなりすぎると魔人軍から脱走して他の場所で盗賊をやりかねない。そうなるとと魔人軍が強力な盗賊の育成機関になってしまう。ハーフエルフ達は本気で強化し、魔人軍は程々の強さにしたい。
そう考えるとシュドラは地道で粘り強く、安定した統治者だった。自分もそれに学ばなければとマサモリは思った。今の魔人軍はそこらへんの盗賊よりも少し上程度の強さだ。しっかりと練兵し、数年後には城壁都市ラギドレットと戦える位までにしたい。
それにはドワーフとの取引が必要不可欠だ。シュドラはドワーフとの伝手があった。しかし今はそれが完全に途切れてしまった。魔石砲弾は戦う為にも守る為にも必須だ。これがないと話しにならない。とにかく食料を生産して売る。
食料を売る事で西部地域の食料不足を緩和させて荒廃を防ぐ。金が集まったら装備と魔石砲弾を買う。食料生産力が増えるとそれを狙った盗賊も増えるだろう。北を制圧した場合には西部地域には魔人軍とラギドレットの二つの勢力だけになる。
問題なのはそうなっても盗賊団は確実に無くならないという点だ。魔人軍の農村を襲ってくるのはどこにも所属していない盗賊団か、ラギドレット側から来た盗賊団だ。どこまでしっかりと守れば良いのか、その匙加減が正直分からない。
完全に守り切れば良いのだがそれをすると東側に勢力を集めなければならない。ラギドレットの都市が協力して大規模な盗賊団を派遣してくる可能性もある。既にラギドレットの都市には破壊工作をしたので正規軍を出してくるにはまだ時間がかかるだろう。魔石砲弾も奪ったので立て直しに数年かかるはずだ。
だからといって天職である盗賊行為を止めるとは思わない。結局は小規模な戦いは継続して続くだろう。問題は敵の強さによってやってくる事が千差万別だという点だ。弱い盗賊団は移動速度も遅いので監視網を張ればすぐに見つかるだろう。しかし強い盗賊団の場合は移動速度が速く、力も強いので知らない内に農村が破壊されて住民ごと奪い去られかねない。
逃走する時に大荷物を持っていたら監視網に引っかかるだろうがそれを追撃できる部隊は居ない。魔人軍とラギドレットの支配領域がぶつかる東側で小競り合いをしていたら西側の農村が消えていたなんて事が起こっても不思議ではない。戦力を集め過ぎたら戦力が無い所が狙われるし、戦力を均等にしたら強い盗賊団に負ける可能性がある。
盗賊団だって馬鹿ではないので戦力が整っている場所は攻めない。超大陸では自分より弱い者から略奪するのが絶対の法則だからだ。するとどうしても全ては守り切れない。冬に侵攻してきた強者達を出来るだけ殺したかったが、強者達は自分達が不利だと察するとすぐに撤退した。喉に刺さった魚の小骨がいつまで経っても取れない状態だ。
悩みの種は尽きないがそれだけではない。ラギドレットの各都市から助け出してきたハーフエルフ達が冬の間にリハビリをして徐々に動ける者が増えてきている。クザームを中心として動けるようになったハーフエルフは自分達の訓練が終わるとまだ動けないハーフエルフ達に強化魔法等を教えている。
ハーフエルフが協力的なのでとてもありがたい。常に魔力を使っていたお陰で魔力も多く、訓練も熱心だ。きっと素晴らしい戦士になってくれるだろう。
少数のエルフも救出してきたのだが、ただ虐げられるだけだったハーフエルフ達とは違って自分の文化や考えを元から持っている。最初の女エルフもそうだが考え方が良く言えば戦闘民族的で 自尊心が高い。そういう思考でなければ生き残れなかったのだろう。
マサモリは超大陸のエルフの傾向からカメリアでの共存は難しいと思い始めている。本人達が外に出たいと望むなら町の外へ出した方が良いかもしれない。こちらがいくら善意で行動しても相手がそれを受け入れる気が無ければありがた迷惑になってしまう。
超大陸のエルフは樹海のエルフとかけ離れすぎてしまった。いや、樹海のエルフの方が離れてしまったのだろう。しかし環境が異なれば考え方が変わるのは当たり前の事だ。極寒の地では生活が苦しく、人々は生きる為に懸命に働く。しかし暖かい場所では特に何もしないでも自然の恵みが与えられる。強力な魔物に囲まれている場所では人々は結束する。そうしないと生き残れないからだ。
マサモリは自分の出来る範囲がとても狭い事を自覚しているのでエルフは個人の意思に任せる事にした。エルフやハーフエルフの為に町を作る事ですら独断でやっているようなものだ。これ以上は己の範疇を超えているので自分が出来る事だけしよう。そう考えるとマサモリは少し晴れやかな気分になった。