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フォレスとは落ちてくる大樹となったマサモリを跳ね除け、山のような体で飛び立とうとした。フォレストの甲羅の様な森林部分から大きな炎の翼が生み出された。大樹となったマサモリだが山のようなフォレストに比べるとその大きさは数十分の一だ。燃え盛るフォレストにマサモリが落ちるとマサモリを包んでいた炎も火力を増した。
しかしマサモリはフォレストに向かって急速に根を伸ばした。フォレストはマサモリを載せたまま結界の外に出ようと炎の翼を羽ばたかせた。巨体が寒さから逃れるように空へと向かって浮かび上がっていく。マサモリは攻撃らしい攻撃もせずにひたすら根を伸ばした。
フォレストの体の八割が氷の檻から抜け出した頃、異変が起こった。フォレストはそれ以上、上には飛べなくなってしまった。フォレストは強く炎の翼を羽ばたかせるが逆に力不足で高度が下がっていく。
そこへシラギクも大樹へと変身してフォレストの足に絡みついた。シラギクが変化した大樹は幹も枝も葉も全てが赤く色付いていた。秋の燃え上がるような色をした紅葉のようだ。シラギクがフォレストを地面に引き寄せると徐々にフォレストは降下していった。
マサモリの大樹とは違ってシラギクの変化した大樹は炎を纏っても燃えず、逆に力を増した。シラギクの大樹は炎に包まれれば包まれる程、力強くフォレストを手繰り寄せた。そして突然フォレストの体にかかる重さが増えた。フォレストは大地に吸い寄せられるように落下した。
シラギクがフォレストの炎を魔力に変えて重力魔法を使ったのだ。フォレストはシラギクが変化した赤い大樹を引き剥がそうと自由な足や甲羅部分の森林を飛ばした。フォレストは空へ上がるのを一旦諦めて赤い大樹からの拘束を解こうとした。フォレストの全長に比べれば大樹と言えど小さく、フォレストが足を力いっぱい引くと赤い大樹は引きずられ、千切られそうになった。
シラギクは重力の範囲を自分の体のみに絞り、重量術を使った。フォレストの重量が減り、シラギクの重さが増した。シラギクが体積を増やして重力を受ける範囲を広げると、引き千切られそうだった赤い大樹は均衡までなんとか持ち直した。
しばらく均衡が続いたが不意にフォレストの体の感覚が鈍くなり、思ったように体が動かせなった。そこで初めてフォレストはその原因が燃えながらも根を伸ばすマサモリだと理解した。マサモリが根を伸ばした部分を動かそうとしても体は動かない。
フォレストは自分の体が乗っ取られつつあると悟った。フォレストの支配権が奪われるのに比例してマサモリの大樹は大きくなっていく。フォレストは自分に纏わり付く二つの大樹を引き剥がそうと巨体を揺すった。そしてマサモリの大樹へと火球を放った。
今まで燃えっぱなしで火を消そうとしなかったマサモリの大樹が強烈な冷気を放った。しかし火球の威力は高く、相性差を上回ってマサモリの大樹を破壊した。しかし吹き飛ばされた部分はすぐに再生した。マサモリが氷の大樹になるとマサモリの支配していた領域の炎が一瞬で鎮火した。
フェニックスにとってそれは自分の半身をもぎ取られたような衝撃だった。フォレストの体は良く燃えたのでフェニックスにとっては最高の体だった。燃えたはずなのに燃えない体はフェニックスの力を倍増させた。フェニックスはフォレストは自分の体となる為に生まれたのだと信じて疑わない程にフォレストの体に愛着を感じていた。
だから氷の檻の蓋をするような結界が消えた時に自分だけが分離して逃げなかった。このフォレストの体は自分への贈り物だからだ。しかしそれが短時間で奪われた。奪われた部分は感覚がないどころか、底冷えする冷たさが滲んでいる。炎であるフェニックスがもっとも嫌う感覚だ。
フェニックスは火力をあげてこの冷たさを打ち消そうとした。甲羅の森林部分に生えた氷の大樹は破壊してもすぐに再生してしまう。時間が経てば経つ程、浸食は進んでいく。根が伸びるとその周囲の感覚が喪失する。体の感覚が失われ、逃げようと思っても赤い大樹はフォレストを掴んで離さない。
氷の檻の蓋をする結界は徐々に再生してきている。フェニックスの頭に逃走の二文字がよぎった。しかしせっかく手に入れた自分と相性の良い体は捨てられない。フェニックスは躊躇して貴重な時間を失っていった。
マサモリは結界の上に立つと大樹となった。足元の結界はすぐに破壊されると予測できた。それまでに準備しなければならない。マサモリは精神を集中して己が纏う魔力を変化させた。マサモリは自分の魔力を世界樹の魔力に模倣した。調整が終わると同時に結界が破壊された。
マサモリは落ちながらもフェニックスがフォレストの体を捨てて逃れないか息を飲んで見守った。しかしフェニックスは逃走しなかった。マサモリは燃えさかる森林の上に降りると根を伸ばした。木々の根の間を掻き分けてマサモリの根が進んでいく。そして一つの命令を下した。眠れと。
マサモリはフォレストを傷付けない。攻撃したらフォレストはマサモリの言葉を受け入れないだろう。マサモリはフォレストの事を核となった魔物人以上に知っていた。知らない事は多いがフォレストと対話したのはマサモリだけだ。マサモリが世界樹に似せた魔力を放出するとフォレストは望んでいたかの様に魔力を受け入れた。
火によって全てを失ったフォレストは体を燃やす炎に声にならない悲鳴をあげていた。フォレストがフェニックスに同化される前は火による攻撃を受けると過剰に反応した。今なおフォレストは体中を焼く炎に恐れ、泣き叫び、救いを求めていた。
フォレストの核となった魔物人が望んでいた世界。世界樹の麓で静かに生活する。マサモリは世界樹の代わりとなってフォレストの荒ぶる魂を鎮めようとした。フォレストはマサモリの抱擁を受け入れた。そして静かに活動を停止していった。
フォレストの細胞が眠りについていく。マサモリはフェニックスに邪魔されないように根に冷気を纏わせた。フォレストの一部が冷たい冬の静寂に包まれると他の部位も静かな眠りを求めた。マサモリはフォレストの核になる場所、核となっていた魔物人が居た場所へと根を伸ばした。