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サビマルの指示で一行は樹海の中を進んでいく。今回の遠征はサビマルにとって初の大仕事だ。樹海の浅い場所を探索した事はあったがここまで超距離な遠征は参加した事がない。
サビマルだって不安が無い訳ではない。しかし表には一切それを出す事はなかった。
軍師の一族は樹海にある不動プレート、現在のエルフの森を見つけてから自分達の能力の底知れなさを実感した。それまでは主に戦に重点を置いた教育を施してきた。
軍師は戦場での移動の先導を元々やっていた。だから樹海を彷徨う時にも先導役を任された。
樹海での移動は行軍と言っても過言ではない。出来るだけ安全な移動方法は思いついても目的地を発見できるかという問題に軍師達は頭を悩ませていた。
実際の所、未知の場所を探索してエルフが望むような安住の地を見つけられるか不安に思っていた軍師の方が多かった。しかしその時は一族でも優秀な軍師が居たのでもしかしたらという思いもあった。
彼らは数年間樹海を彷徨ったが運良く現在のエルフの森に辿り着いた。
軍師達はそれによって自分達の可能性を本当の意味で信じられるようになった。丁度、自分達が軍から追い出されたばかりな事もあって、自信を失っていたのだ。
軍師の計略は閃きのようなもので答えが先に来る。しかしそこに至る過程は不明瞭だ。だからどうしてその答えが導き出されたのかを説明するのは困難だった。
エルフの森に辿り着いてからは戦一辺倒ではなく幅広い知識の収集を始めた。エルフの森を見つけた当初は戦闘が多かったが、エルフの森が安定してくると戦いの機会が減っていった。
軍師は戦の減少に合わせて幅広い知識でエルフを助けるようになっていった。そしてそれは思いのほか上手くいった。
軍師は小さい頃から専用の学問所に集められて知識を叩き込まれる。数を集める事で軍師の計略についても多角的に判断できる。出された答えからそこに至る過程を推測するのだ。
質問一つにつき、一人一人導き出された答えが違う。それが軍師として個性となって浮かび上がってくる。
サビマルは軍師の集まりの中でも異端な存在だった。常に多数派より少数派の答えを導き出す。特徴がありすぎて何が特徴なのか分らない少年だった。一見すると劣等生だ。
軍師は将棋や囲碁等でお互いの力を測り合う。勝敗がつくし、そこに至った過程も分かりやすいので個人の力量を測る目安になりやすい。
サビマルの戦績は並だった。そこが優秀であれば彼が優秀だと一目で判断できたが、戦績が普通だったので判断しきれなかった。
簡単に負けたかと思えば重要な場面で勝ったり、負けるのが難しい場面であっさりと負けた。試行回数を増やす事で結果がある程度収束していくのが普通だったがサビマルはそれに当てはまらなかった。
軍師の計略は最終的に勝つ為にわざと負ける答えを導き出す場合が良くあった。だから短期的にはその人の能力を測り切れない。導き出された計略は自らを苦境に追い込む。
そんな厄介な性質があるので軍師達は己の能力に振り回される事が多かった。いつもはうだつが上がらない軍師が唐突に素晴らしい結果をもたらす事も稀だがある。
そういった不安定さが超大陸で軍師が追いやられた原因だった。しかし樹海のエルフの森では軍師は常に必要とされた。
軍師は勝利を約束しない。
軍師は成功と失敗をもたらす。
誰だって成功だけしていたい。失敗は辛いものだ。だが人生という大きな枠組みから見ると失敗は必要だ。失敗したくはないが失敗は多少必要だと誰だって思っているだろう。
人生に必要なのは失敗を受け入れて次にどうするかなのだ。エルフの森の住民は軍師の不安定さを受け入れた。だから軍師は自分達を受け入れてくれた皆の為に全力を尽くす。
サビマルは普段から自分が最良の軍師だと言ってはばからない。彼は軍師は孤高な存在であるべきだと考えている。誰から理解されなくても胸を張っていなければならない。
軍師にとって一番重要なものは自信だと思っている。多くの人に影響がある策を出す人間が自分の策を信じられなくては駄目だ。
サビマルは学校で評価されなかった。しかし一人の軍師として策を与える人々の為に自信を持つべきだと思っている。戦でわざと自分達が負ける策を出す時に自信満々なのとそうでないのとでは聞いている方も捉え方が違ってくる。
そして何よりサビマル自身が自分の能力を信じている。誰がなんと言おうと自分は優秀なのだと。
だがそれが原因なのか、いまいち上手くいってこなかった。サビマルは学問所から卒業して様々な仕事に携わった。彼自身が癖のある性格なのも合わさってか評価は今でも並の範疇から抜け出せない。
だから今回の遠征に参加しないかと言われた時に少し困惑した。もちろん、彼の性格からして顔に出す事は一切なかったし、自信満々に仕事を承諾した。サビマルより優秀だと思われている軍師は数多くいた。サビマルはそれを認めていないが客観的にはそう思われても仕方ないと思っている。
今回の遠征はあっさり決まったが内容的にはかなり重要だ。いや、内容が重要なのではなく、人員が重要だと表現した方が正しい。なんせ長老族から若者が二人も出される。
例えば長老族の若者と軍師のどちらかが犠牲にならなければ助からない状況になったとしよう。そうなった時に長老族の若者一人に対して軍師を百人並べてもその価値は長老族の若者の方が圧倒的に重い。
人口が少なくて一人一人のエルフの価値が高くてもそれだ。今回の遠征を島流しという馬鹿が居るがそれは大間違いだ。エルフの森全体的に見て、数十年に一人生まれるかどうかという長老族を惜しげなく樹海に放り出すのは正気の沙汰ではない。
長老族自身がそれをしっかりと認識した上で行っている。今回の遠征は長老族の子供二人が死ななければ他は全滅しても失敗ではないと言い切れる。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすという故事を本当に実行するとはサビマルでも流石に驚いた。
何故自分なのかと様々な疑問や憶測が頭に過ぎったがサビマルはすぐに軍師として全力を尽くす事だけを考えた。
会ってみると二人ともただの子供でサビマルは安心した。特に皆が純粋に自分を頼ってくれるのは非常に好感が持てた。悪い気はしない。それに東京村の先代村長が合流したので緊急時も安心だ。
サビマル達が全滅したとしても彼らだけは生き残れる。軍師の直感がそう告げている。そして変に口出しをしてこないし使える年寄りだなとサビマルは上から目線で評価するのであった。