169
マサモリは粘り強くフォレストとの対話を進めていった。フォレストの根底には微かな意識が残っており、大雑把な意思疎通が可能だ。しかしその意識もこのままフォレストが成長していくとかき消されてしまうだろう。フォレストの体はフォレストの意識を置き去りにして拡張し続けている。
マサモリはフォレストの奥底で微睡む意識を浮上させようと試みた。フォレストの中にある意識にマサモリが魔力のラインを繋げようと懸命に探す。しかしフォレストの意識は深い場所にあり、意識は脆弱だ。マサモリは気が付くと辺りは真っ暗になっていた。
「あ、マサモリ起きた?」
「うん。これは長引きそうだ」
「話し合いで解決できるならそれが一番だよ」
「そうだね。ただこれは早くても数日はかかるなあ。交代で護衛よろしく」
「分かった。ボタンに話しておくね。マサモリは対話に集中して」
「うん」
マサモリは持ってきた保存食に噛り付いた。疲労感はほとんどないが体は大量の糖分に喜びの悲鳴をあげた。長期戦になりそうなのでマサモリは覚悟を決めた。
「フォレストは火を極端に恐れているみたいだ。火は絶対に使わないようにってボタン達に知らせておいて」
「おっけー。どれくらいかかりそうなの?」
「分からないなあ。意識がかなり衰弱していて引っ張り出すまでが大変そうだ。複製体を作ろうにも元の細胞は奥の方にあるみたいだ。正直分からない。長引きそうだからタイミングを見てシラギクは別行動していいよ。まずは数日やってみて様子を見てみる。とりあえず対話に集中する」
「了解ー」
マサモリはフォレストの巨大な足の部分に背を預けて眠りについた。
マサモリが付きっ切りでフォレストと対話を始めて一週間が経過した。立ち上がったフォレストが目立っていたので偵察用の使い魔が数体か来たが忍者エルフ達によって全て撃ち落とされた。思ったよりも派遣される使い魔の数が少なくてマサモリの方が不安になってくる。
マサモリとフォレストの対話は進み、フォレストの核となった魔物人が少しずつ表層へ移動している。数日の内にフォレストから中の魔物人を分離できるだろう。東ではフェニックスと竜人族の戦いが始まったそうだ。フォレストを分離して急いで向かえばフェニックスの戦いが間近で見られるかもしれない。マサモリは逸る気持ちを落ち着けながら作業を続けた。
ついにフォレストの表層に核となった魔物人が現れた。マサモリは細心の注意を払って魔物人に手を伸ばした。そして露出した腕の部分を手刀で瞬時に切り離した。フォレストの体にさざ波の様な衝撃が走った。しかしフォレストは暴れず大人しくしている。
核となる魔物人をそのまま引き出したら核を抜かれたフォレストが反射的に暴れるのは確実だ。そうならない為に魔物人の体を作っておいて魂をそれに入れる。
マサモリは切り落とした腕をシラギクに手渡した。シラギクはボタンが用意した人の形に成形された木をマサモリの隣に置いた。木系統の種族は木に近い程、再生能力が高い。その代わり種族的に火に弱くなってしまいがちだ。
エルフは人に近いので火に弱い訳ではないが圧倒的な再生能力はない。幸いな事にフォレストの核となった魔物人は木に近いタイプだったようだ。だから魔物化して森林地帯を発生させられたとも言える。
エルフでは人に近すぎて木で作った依り代は使えない。しかしフォレストの魔物人は木の依り代と相性が良かった。付近に生えている木の枝を成長させるだけで依り代は完成した。人に近いタイプだった場合、依り代を作るのは難しい。元の体に合わせて依り代を作る必要がある。他人の体をそのまま依り代として使う事は出来ない。
無理やり他人の体を使った場合は体と魂の均衡が崩れてしまうの危険である。そしてただ再生しただけでは魔力的に脆弱な肉体になってしまう。シュドラ達の体を再生した時と同じだ。再生した部分は他の部位に比べると脆弱だ。ドラゴンのように強靭な肉体と魔力を持っている場合は部位の再生は容易い。逆に人のように脆弱な体では再生しても再生部位は相当劣化してしまう。
劣化を防ぐには時間と魔力をかけてじっくりと作るしかない。人の体でもそうなのだからエルフの体を作り直す場合には大変な労力が必要だ。
シラギクは木の依り代の腕を切り落とした。そして木の依り代に魔物人から切り落とした腕を着けた。
『準備できたよ』
『ありがとう』
マサモリが切り落とした腕の部分に手を当てて回復魔法をかける。すると依り代の木の部分が回復魔法によって活性化して脈打つように体積を増やしていった。腕に合わせた人の形に落ち着くと体の輪郭が次第に安定してきた。しばらくすると完全な人の姿をした木が出来あがった。
大きさは変身する前のマサモリ程度で子供のようだ。マサモリは腕の接着部分に包帯をしてしっかりと縛った。そしてシラギクが魔石を砕いた粉を木の依り代に振りかけていく。マサモリがフォレストに片手を当て、もう片方の手で依り代に接着された腕を掴んだ。そしてフォレストを囲うように結界を張った。
マサモリはフォレストの中にある魂をゆっくりと集めて球形状にした。そして集めた魂を丁寧にフォレストから引き抜いて木の依り代へ移し替えた。依り代に移った魂が不安定に揺れ動く。マサモリは魂が依り代を破壊しないように、漏れ出ないように結界で包み込んだ。魂は最初は不安定に揺れていたが少しずつ体全身へと行き渡っていった。
『フェニックスがこちらへ向かってきます!』
ボタンが警告を発した。マサモリは人型の魂を定着させるのに手一杯で外の結界を強化する余裕がない。マサモリが気を抜いたらせっかく定着し始めた魂の均衡が崩れて魂と肉体が崩壊してしまう。
シラギクがフェニックスを迎え撃つ為に東側へ移動した。東から巨大な炎の槍が一直線にフォレストへと向かって飛翔してきた。そして結界にぶつかった。炎の槍は結界にぶつかると溶けるように灰になった。シラギクがほっとしていると、灰が風で解けるように結界の内と外に散らばった。
すると結界内に入った灰が再び燃え上がり鳥の形状を取った。先程に比べると随分と小さくなったがフェニックスは健在でフォレストへ一直線に向かった。シラギクがドワーフが使っていた棍棒でフェニックスを振り払った。フェニックスの体の大半がかき消された。しかし残った種火の様な炎が集まって雀程度の大きさになった。フェニックスは諦めずに愚直にフォレストへ突進し、直撃した。
『定着した!』
マサモリが魔物人を結界で包み込んで待機している忍者エルフの方に飛ばした。その瞬間、フォレストが作り上げた森林地帯が一斉に燃え上がった。燃え上がるフォレストは巨大な足でマサモリ達を踏みつけた。マサモリは地面を踏み込んであっさりと攻撃を回避した。しかしシラギクは回避しようとはせずにその場に残った。受け止めるのかと思ったマサモリだったがシラギクは踏みつけられる前にぐらりと体勢を崩して地に片膝を付いた。