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夜の闇に紛れてマサモリ達は超大陸の北部地域の南にある山脈に降り立った。夜明けと共に世界樹跡地へと向かう。マサモリの目の前には広大な森林地帯が広がっている。超大陸の森は魔力が薄いが目の前の森は魔力に満ち満ちている。しかし樹海には到底及ばない。魔力視を集中すると地表付近に強い魔力反応が見えた。
フォレストの本体部分なんだろう。マサモリは世界樹から作った船に乗った事があるので世界樹の魔力を知っている。周りに世界樹の気配はないか探ってみた。しかし反応は無かった。世界樹の枝でもあれば千年後位には世界樹が復活できるかもしれないと思ったのがそう甘くなかった。
『そういえば世界樹は切り倒されて色々な物に利用されたって聞いたけど生きている枝は見つからなかったの?』
『ドワーフを中心に上手い事隠蔽されました。小さい枝は燃やされてその灰を畑に撒いたり、傷の消毒剤としたり、着火剤として使ったようです。燃やされても魔力が残っていたので様々な用途に使われたそうです。世界樹を植える試みもされたようですが成長が早すぎて周囲の魔力と栄養を吸いすぎた為、すぐ切り倒されたそうです』
『探せばどこかに残ってそうだけどなー。隠して育てている人がいるはず。いるよね?』
『世界樹が倒された時には奴隷となったエルフを救出する事に重点を置いていたので忍者エルフも細かい所までは追えなかったそうです』
『ならしょうがないかー。魔力は分かるから今度探してみるよ』
『私も探すー。そして大きくなったら棍棒になってもらうんだ』
『それは良いですね。その時はお供します』
『へへ、雑用は私にお任せください』
東の空は太陽が昇る前から仄かに赤く光っている。フェニックスによって多くのものが燃やされているのだろう。被害からいえばフェニックスを優先すべきだが、竜人族がフェニックスを排除するつもりならそれに任せた方が良い。
マサモリ達は一時の滞在者であって、超大陸の生粋の住民ではない。超大陸を守るのは超大陸の者であるべきなのだ。それが出来ないなら滅ぼされても仕方がない、と割り切れないのがつらい。マサモリは雑念を振り切ってフォレストとの戦いに集中する事にした。
東の空から太陽の光が漏れ始めた。フェニックスによって赤く染め上げられた空とは違い、太陽光は穏やかに世界を照らした。不自然な赤は柔らかな太陽光の白によって上書きされた。マサモリの眼下に広がっている森林も太陽の光を喜んでいるかのようだ。ここが戦場になるのは心苦しい。しかし誰かがやらなければならない。マサモリは一同を見回して頷くと森林地帯に飛び込んだ。
森林地帯に飛び込んだマサモリ達だったが予想外に森は穏やかで侵入者であるマサモリ達への攻撃は行われなかった。ボタンの話しでは人が森林地帯に侵入したら樹々がトレントに変わって襲い掛かってくるはずだった。
『襲ってこないね』
『そうですね。我々がエルフだと分かっているのでしょうか。それだと逆に危険すぎます。危ないと感じたらすぐに撤退してください』
『うん』
『わかった』
『それでは私達は散開します。後は手筈通りに』
ボタンと忍者エルフが散開した。世界樹跡地へ向かうのはマサモリとシラギク、武器を大量に持ったモブエルフのみだ。マサモリは高速で世界樹跡地へと向かっているが森は不気味な程静かである。攻撃してきた方が安心してしまうだろう。マサモリはあっという間に世界樹跡地へ着いてしまった。
本来なら戦闘しながら世界樹跡地へ向かい、世界樹跡地の地表に存在するフォレストを叩く予定だった。しかしあっさりと世界樹跡地に着いてしまい、拍子抜けだ。
「俺はサーモ。ツリーマンだ。話しはできるか?」
マサモリが樹々の根元にいるフォレストに向かって話しかけた。しかし返答は帰ってこなかった。
「森林の拡大を止めてほしい。もし君が暴走しているなら止める手助けが出来るかもしれない」
フォレストから反応はない。まるで眠っているかのようだ。
『話しは通じるか?』
マサモリはフォレストへ向かって強く魔力を籠めて念話を発した。すると微かにフォレストの魔力が動いた。一度動いた魔力はすぐに活性化した。地響きが起こり、ゆっくりと目の前の地面が浮かび上がった。地中から現れたのは巨大な亀の様な樹だった。フォレストはゆっくりと顔をマサモリとシラギクの方に向けた。
そして大きく咆哮した。しかしマサモリとシラギクは動かなかった。フォレストの咆哮には怒りや敵意は混じっていない。悲しみと喜びの混ざり合った複雑な思いが咆哮には乗せられていた。マサモリはフォレストの咆哮が終わるのを静かに待った。
咆哮が終わるとフォレストはマサモリとシラギクをじっと見つめた。しばらくフォレストと見つめ合っていたがフォレスの瞳には意思の色が薄かった。ただの獣と対峙しているような感覚だ。意思がはっきりしている人の瞳ではない。
今までの魔物化個体は暴走していたが人に近い感情を秘めていた。意思ある者達だったが目の前のフォレストはそれが希薄だった。それなのに反射的に攻撃して来ないのは子供だから脅威と見ていないのか、ツリーマンの外見が木系統だからなのかは不明だ。
『出来れば戦いたくない。話せないか?』
念話を飛ばしたが反応はいまいちだ。話せなくても感情が動けば魔力から判断が出来る。マサモリはじっくりと待った。しかしフォレストは膝を折って地に再び潜っていこうとした。マサモリは焦ってフォレストの足元へ向かった。そしてフォレストの巨大な足に触れた。
『木系統の種族なら木を依り代にして魂を新しい体を移せる。今のままではお前を討伐しなければならない。暴走を止めるか、新しい体に移ってくれ。お願いだ』
フォレストの動きが止まった。しばらくするとか細い魔力の振動がマサモリに伝わって来た。フォレストから感じられた感情は戸惑いだった。しかしそれでも意思疎通の足掛かりを得たマサモリは積極的にフォレストに話しかけた。返事は遅く、こちらの意図の半分も伝わっていない。巨大な深い穴に石を投げて、その反響音を耳を凝らして聞く様なものだ。
当初思い描いていたのとは全く違う状況にシラギクは戸惑った。マサモリはフォレストとの対話を続けているが二人の会話は遅々として進まず、長引く予感がした。シラギクは自分が出来る事は無いと悟ると強化状態を維持したままその場に寝転がった。そして寝始めた。