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「我輩の研究所へようこそ! 我輩の事は所長と呼んでくれ。マサモリ君、君を待っていたよ!」
「ショチョウさん、よろしくお願いします」
「ささっ、こちらへ来たまえ。君が見つけた世紀の大発見は本当に素晴らしい物だ。もしかしたらこの発見は全エルフを救うかもしれない!」
「研究の進み具合はどうですか?」
「全く進んどらん! 現時点では唯の過剰反応する細胞に過ぎない。しかしだ、もしその細胞を自由に操作出来るのなら世界が引っくり返るぞ」
ショチョウに先導されて研究所の中に入ると大きな透明のケースの中に様々な生物が入っている。ケースの中に満たされている水溶液は透明で中の生物がはっきりと見える。その中にラスターやライム、シュドラの体が完全に再生された状態で浸かっている。シュドラの体は光耐性用の黒い鱗で覆われている。
「単純な再生は出来たのだがマサモリ君の様に細胞の操作は出来なかった。マサモリ君、細胞の操作を頼む」
「はい、尻尾を切ってもいいですか?」
「もちろんだとも、培養用の水溶液が入った容器も何個か用意させた。好きなだけやってくれ」
マサモリはシュドラの体を容器の中から手前に引き寄せて尻尾の部分を切り取った。そして別の容器に入れた。尻尾を切り取られたシュドラの体には回復魔法がかけられる。すると切断された尻尾は再生した。
マサモリはシュドラの尻尾に回復魔法をかけて徐々に体の部分を再生していった。再生が終わると容器に結界を張った。結界を張らなければシュドラの体に悪霊や精霊が入り込む可能性がある。この体で暴れられたら大変なのでしっかりと結界で封をした。
長年使った道具が魂を持つように、魂の入っていない体にも魂が生まれる。結界をする事で体に魂が生まれるのと、外部から魂が入るのを防ぐ。マサモリは再生されたシュドラの体に触れて言霊を発した。
『光耐性を解除せよ』
シュドラの体を覆う黒い鱗が徐々に火属性の鱗へと変化した。それを見ていた研究者達から感嘆の声があがった。
「素晴らしい! 報告は信じていたがここまでの反応速度があるとは……」
『鱗に光耐性を与えよ』
オセロが引っくり返るようにシュドラの鱗が再び黒くなった。
「耐性の付与も出来そうですね。次はどうしますか? 検証から行きますか? それとも魔力を似せてシュドラの体に通じるか試してみますか」
「うむ、マサモリ君の魔力の模倣から始めようか。その間、マサモリ君はこれを進めててくれ」
「分かりました」
マサモリはキョウジュから指示書を受け取った。指示書に軽く目を通した後にマサモリは片手に職員分の魔力の塊を作り出した。
「いきます」
そして片手を出して待機している職員達に向かって順番に放った。職員はマサモリの魔力の塊を自分の魔力で覆った手で受け止めた。そして自分の魔力を魔力をマサモリに似せるように調整していく。マサモリの魔力と職員の魔力は反発しあってお互いが混じり合わない。
しかし魔力の同調が成功すると二種類の魔力の境界がぼやけて曖昧になる。同調は魔力を他人に受け渡す時に重宝する。相手の魔力に似せれば似せる程、魔力の伝達率が上がる。マサモリが小さい頃から何度も練習しているものだった。同調に四苦八苦している職員を横目にマサモリはシュドラの体に触れた。
『光耐性を解除せよ。鱗に火耐性を与えよ』
火属性に戻ったシュドラの鱗が輝いて鮮やかな緋色になった。その鱗を十枚採取する。それから順番に水、土、風属性の耐性を持った鱗を生み出していく。それらを小さな容器に入れて結界を張った。
『風耐性を解除せよ。鱗に闇耐性を与えよ』
しかし鱗は火属性の鱗のままで闇耐性に変化しなかった。この事からシュドラが今まで強力な闇属性の攻撃を受けていないのが分かる。それと同時に受けた事のない攻撃には耐性が付与出来ないようだ。マサモリは闇魔法をシュドラに使った。
『鱗に闇耐性を与えよ』
弱い闇魔法では鱗に変化は見られない。マサモリは闇魔法を徐々に強くしていった。するとシュドラの細胞が反応して鱗が白く変化した。白く光る鱗がシュドラの体を覆っていく。マサモリは小さく頷いてシュドラの鱗を元に戻した。その後、隣にある最初のシュドラの体に触れて闇耐性を付ける様に命令した。
シュドラの体には変化が現れなかった。細胞が物理世界よりだという事が確認できた。これが精神世界よりだった場合、闇魔法を受けていない側の体にも闇耐性を付与できる可能性があった。
こちらでの実験が遠く離れた超大陸に居るシュドラに些細な影響を与えかねない。そうならない為に結界で保護しているのだが精神世界は形が定まらないが故に不安定だ。物理世界の常識に囚われず、出来るだけ慎重にすべき案件なのだ。
複製体は現時点でも作成は可能だ。現にシュドラ達の肉体を魂抜きで再生出来た。しかし複製体は本体とは違って再生回数が増えると急激に劣化する。体には体にあった魂が必要だし、魂には魂にあった体が必要だ。
例えばエルフの森のエルフを素体として複製体を作った場合、通常のエルフよりも高性能な体が出来る。魂を入れれば複製体は通常の生物の様に活動できる。しかし魔力量はエルフの森に住むエルフには届かない。
魔力は魂側に強く紐付けされているので入れる魂によって魔力の大きさが変わる。逆にドラゴンの様に物理的に強い体を持っている種族は適当な魂を入れても元の体が強いのでそれなりの運用が可能だ。物理的に魔力に適正がある生物は魂を入れ替えても魔力はさほど上下しない。
エルフは複製しても兵器として使うには相性が悪い。逆にドラゴンはとても相性が良いといった具合だ。それに入れる魂にも問題がある。特に樹海では負の魔素が充満しているので魂はすぐに汚染される。樹海ではまともな魂はほとんどない。
超大陸上でも死亡原因は他殺というのがほとんどだし、長生きした人はみんな悪事を働いている。奴隷が長生きしても恨み辛みを忘れられずに魂は汚染されている。綺麗な状態の魂自体が少なく、魂がまともでいられるような環境ではない。
体があったとしても入れるべきまともな魂が少ないので複製体は利用されていない。良く物語で体は復活したけど中身が違うという場合が多い。それは体に別の魂が入らないようにしっかり保存していないからだ。物語にもあるように複製体の作成だけなら優秀な一握りの人間が今までに達成してきた。しかし魂までは辿り付けなかったようだ。