15
『前方に魔カマキリ一匹』
『ゆっくり後退しろ』
『了解』
『ふむ、このカマキリは倒すべきと出たぞ』
『そうか、わかった』
『拙者と槍二名、盾二名は前進。他の者はその場で待機』
『結界を張るかもしれないから円形に集まって』
ダンジロウと指定された武士四名がゆっくりと前進を始めた。歩荷は荷物を中心に円形に集まって結界が張られた時の準備をした。ダダダンビラだけは結界の範囲から離れて最後尾へ向かった。
結界魔法をかけ終えたダンジロウが近付くと魔カマキリが彼らを察知した。周りの木を目隠しにしながら素早くダンジロウへと向かう。
『拙者が正面に立つ。結界が破られたら盾と交代する。槍は無理せずに左右から攻撃せよ』
正面からの攻撃を受け止めたダンジロウのさすまたに2本の火花が走った。三メートルを超える高さからカマキリの鎌が弾けるように振り下ろされたのだ。
カマキリの鎌が振るわれる度にさすまたに鎌の軌道に沿って火花が発生する。ダンジロウはカマキリに向かってさすまたを正面にして押し込むように距離を詰めた。
ダンジロウはさすまたに新しい火花が走るが気にせずそのまま振りぬいた。その間の左右の槍武者が目立たぬように鎌へと攻撃を加える。
カマキリは不利を悟ったのか後ろに飛ぼうとしたが、ダンジロウが一気に突進してきて大上段からさすまたを振り下ろした。
カマキリは両手でさすまたを防いだが勢いを殺しきれず頭を潰された。次の瞬間、さすまたが弾かれた。
『寄生されているぞ』
首を失ったカマキリだが鎌を多く横に広げて構えた。さっきまでの攻撃は縦方向の素早い攻撃だったが鎌の射線に武器を入れれば防ぐ事は容易かった。しかし横に広げられると鎌が左右から来るので武器一本では対処が困難だ。
『盾は俺のすぐ後ろに待機。槍は下がれ』
今度はカマキリが正面から間合いを詰めてきた。そして両手の鎌を水平に薙いだ。盾を持った二人の武士は鎌を上へと受け流した。
空いた空間に体をねじ込んで地を這うようにダンジロウはカマキリへと向かった。ダンジロウが水平にさすまたを払ったがカマキリは素早く後ろへ飛び跳ねた。
カマキリが後方へ着地した。しかしダンジロウの薙ぎ払いによって傷付けられた脚は無事ではすまない。カマキリは一瞬だけ体勢を崩した。
『氷よ』
『凍り付け!』
カマキリの腹の柔らかい部分に二人の武士から投げられた槍が突き刺さり根元から凍っていく。カマキリがビクリと震えると腹から針金のような鉄線が飛び出してきた。
『切り裂け』
ダンジロウがさすまたに風を纏わせて鉄線を切り刻んだ。そのまま油断する事なく鎌を壊した。
『殿、結界をお願います』
『了解』
カマキリの亡骸を大きく包み込むようにゆったりとした結界を張る。そして砕かれた頭の部分等を集めて胴体の結界に合流させる。そして徐々に結界を小さくする。
採取が目的ならもっと別なやり方をするし鎌の部分は残しておくのだが今回は移動が中心なので死体はそのまま置いていく。しかし死体の臭いに釣られて生物が集まってくるのを防ぐ為に死体に結界を張って時間稼ぎをするのだ。
『北から二魔カマキリ』
『西から三』
『東から二』
『南から一』
戦闘音を聞きつけた周辺のカマキリ達が集まってくる。
『西四、北四、東六六、ダダダンビラ殿に北をまかせてよろしいでしょうか』
『まかせとけい』
『殿! 西側のカマキリの誘導をお願いします』
『了解』
開拓団はエルフの森から南進していたので正面方向のカマキリは一匹のみということになる。プレート自体が動いているので常に一方向へ向かっていても気が付いたら目指す方角からずれていたなんて事は日常茶飯事だ。しっかりとした方角を維持する事も樹海では最重要となる。
臭いを消す為に結界をしたが時既に遅く、音だけで既に感知されてしまった。マサモリはカマキリの死体に札を張り付けると結界に小さな穴を開けてから死体丸ごとを西へ向かって放り投げた。飛んだ先でカマキリの死体は木にぶつかって北の方角へ飛び去った。
『西三誘導成功しました』
『武士四は西側の警戒を継続』
南側にいるダンジロウは既にカマキリとの戦っている。マサモリは歩荷を守るように半球体の結界を張った。東側では視界の先にカマキリが二匹見え始めた。武士は六人ずつ二組に分かれて迎え撃つ準備が既に整っている。
先程の戦いっぷりから南は心配いらないのでマサモリは東を注視した。カマキリの二本の鎌に対して武者エルフが一人一本を担当する事で危なげなく戦闘が進んでいる。するとダダンビラが担当する北にも二匹のカマキリが到着した。
小気味良い音がリズミカルに二回鳴った。二匹のカマキリは鎌をピクリとさせると二匹とも腹のつけ根あたりで上半身と下半身が泣き別れた。ダダダンビラが上半身と下半身だけになっても動くカマキリの頭を一振りで刈り取るとしばらく動いた後にどちらも動かなくなった。
ダダダンビラがマサモリの方をチラチラと見てくるのでマサモリはたまらずお見事と言ってあげた。南側も既に終わっていて、まだ戦っている東側に合流して後は消化試合となった。
『いやー、ダダダンビラ殿の剣の冴え、感服しました』
『しかりしかり』
『一手指南してしんぜよう。あれはじゃな、一刀目にカマキリの鎌の初動を潰して、二刀目にその反動を利用して斬ったのじゃ。体という物は正直でな、初動を予想外の所で遮られるとびっくりして一瞬止まってしまうのじゃ』
『なるほど! いやはや勉強になります』
寄生虫持ちは居なかったので結界がほとんど無駄打ちになってしまった。マサモリは判断が正しかったのか一瞬悩んだが祖父が何も言わないなら別に大丈夫だろうと思った。
『最初の魔カマキリに寄生していたのは魔ハリガネムシといってなカマキリ系統の腹に潜むのじゃ。寄生虫は宿主を選ぶタイプと選ばないタイプがある。宿主を選ぶタイプは宿主の種類が少ない代わりに操作も上手くて普段以上の力を発揮するので気を付けておいた方が良いんじゃ。ただ、寄生する場所は決まっているから対処はしやすい。逆に宿主を選ばないタイプは操縦も下手だが宿主を使い捨てしてより良い宿主へと移動しようとする。寄生場所は頭に近かったり体の中心に近かったり様々じゃ。動きは悪いが力だけはかなり上がるから油断はできんよ』
ダダダンビラの話しはマサモリに聞かせる為にしているのだろう。そう考えるとありがたいなとマサモリは思った。そして博士がコッソリとハリガネムシの残骸を懐に入れたのを見ていたが大丈夫だろうと思って見なかった事にした。
『あと、魔カマキリの腹に大量の水をぶっかけると魔ハリガネムシが出てくる時があるから面白いぞ』
武者達はゲラゲラと器用に念話で笑った。年が随分離れているのに溶け込むのが早い。
『ぬぁ! 体に潜り込まれるうう。助けてえ!』
細切れにされた魔ハリガネムシは博士の体内に潜り込もうとしている。それを助手達が焦りながら取り押さえた。近くの武者エルフが魔ハリガネムシを無理やり引き剥がすと博士の肌も一緒にベロンと引き剥がされた。
『ギャー!』
『凄い生命力だ。細切れにしたのには意味があったのかあ』
『ゆったり感心してないでわしを治せー!』
『生き物っちゅうのは基本的に頭が弱点なんじゃ。だから生物同士が争うと賢いのは相手の頭を狙う。頭を失った生物は普通死ぬ。頭がある時は寄生虫が体の中に居ても体の操作権を奪われにくい。ちょいちょい操られるかもしれんが大筋は頭が抑えている。んじゃが頭を失うと体の操作権を奪われてしまう。頭を失った状態でも動き回っておるのを首無しと呼ぶんじゃ。首が無いから魔力が駄々洩れになるんじゃがそのせいで普段よりも魔力が高い状態になる。その上に寄生虫が体のリミッターを外して好き勝手に動くから普通の生物とは別物だと考えなけりゃならん』
『敵の急所を狙うのは効率的には良いんじゃが樹海では悪手になる場合もある。寄生虫が好む生物と戦う時には本体より先に寄生虫がいると考えて寄生虫を先に殺すのもありじゃな。常に残心を忘れるなという事じゃ』
武士達は一斉に頷いた。
『エルフだって寄生される可能性がある。無意識に普段と違う行動や変な癖が出てきたら注意する事じゃ。皆がおかしな行動をしている奴がおらんか気を配っておくのが重要なんじゃ』
みんなは一瞬だけ博士に視線を向けた。
『わしは正常じゃ! カッ!』
正常な方が迷惑だなとマサモリは思った。
最後に鳥肌がたつ情報を付け加えてダダダンビラの話しは終わった。