145
物見遊山で来た拡大派が襲撃されたのは言うまでもなかった。雪の中を食料を運んでいる部隊は格好の餌であった。拡大派は勝ったつもりで完全に油断していたので命懸けの猛攻にあい、食料を奪われた。
拡大派には農村に戻れば大丈夫、味方の農村に行けば補給が受けられるという甘い目論見があった。しかし一度奪われると味を占めた襲撃者が拡大派に狙いを定めた。攻め辛い立て籠っている相手と攻め易い相手なら攻め易い相手を襲撃するのは当然の事だった。
拡大派はほとんど人的被害はなかったが度重なる襲撃に見舞われて疲れ果てた。そうして拡大派は途中で引き返して自分達の駐屯する農村へ帰ってしまった。襲撃者達はそれを見て、拡大派の方が脆いと判断した。
襲撃者達はバラバラでお互いの繋がりなどほとんどなく、情報の交換等もしていなかった。しかしそいう情報は何故か伝わるもので継続派よりも拡大派の農村へ向かう襲撃者が増えた。継続派が情報を漏らしたのだろう。とにかく今年の冬は誰にとっても命懸けのものとなっていったのだ。
「というのが現状です」
「そうか」
「当分カメリアは安全のようですね」
ツリーマンに化けた忍者エルフの報告が終わった。会議場にはツリーマンとリハビリを終えたハーフエルフ達が集まっている。短い期間であったが戦えるハーフエルフの数も順調に増えている。大規模な襲撃は無かったが町に潜入しようとする盗賊達は何度か襲来した。
結界で外部からの侵入者を弾いたのではカメリアの中に入られなかったがわざわざこんな辺境の町に来る者がいるなんて驚きだった。しかし町としては丁度良い刺激になった。ハーフエルフ達も盗賊が紛れ込んできた事で事態の危うさを肌で感じられたようだ。
中にはトラウマが再発したハーフエルも居たが今ではしっかりと回復している。ハーフエルフの一部ではトラウマを上書きするために外部の人に対する強すぎる敵愾心を持つ者も居る。今は仕方がないのだがその内には治まってほしいとマサモリは思っている。
「静観しようと思う。皆はどう思う?」
「静観しましょう。お互いに潰しあってくれると助かります」
「あと数か月したら他のハーフエルフ達も戦えるようになります。それまでは動きたくないです」
ハーフエルフも意見を述べている。マサモリがトップなのは周知の事実だがその他には階級みたいな物は存在しない。忍者エルフが他のモブツリーマンより強いので一目置かれているくらいである。
「俺ぁ、良く分からないんだけどさ。サーモ様なら魔人王になれるんじゃないの?」
クザームが発言した。
「なれるか、なれないかで言ったら確実になれる。魔力も回復したからな。ただ、俺が求めているのはこの町の平和だけだ。魔力の問題が解決されたとしても魔人王になりたいとは思わんな。それに魔人王になればラギドレットを刺激する。ベヒモスの件でも攻城戦の件でも俺の顔は売れすぎた。下手に魔人王になったらラギドレットに攻撃される恐れがある。ハーフエルフの回復しだいでは、危なくなったら樹海に逃げ込めるようになる。それまでの辛抱だ。そうだ、ラギドレットの状況はどうだ?」
「復興作業中です。東部全域を抑えているので大きな都市や町は食料を確保できているようですが農村の数は減り続けています。来年は食料を巡って戦争になると思われます」
「ふむ、魔人軍が食料を売ったら戦争は回避出来るか?」
「不明です。シュドラ、ゾグル、マナスを失った事で魔人軍は弱体化しています。そのうえ、整備された農地が多いので襲うにはもってこいかと。ただ、都市とは距離が離れすぎているせいで穀物以外は輸送しようとしても途中で腐ります。凍らせれば輸送可能ですがコストに見合いません。相手が賢ければ無理に争わないと思いますが間者を送り込む余裕はありませんので内情は不明です」
マサモリは常に超大陸に居られるわけではないので魔人王にはなるつもりはない。そこまで責任を取れないからだ。責任が取れない事はやらない。だからハーフエルフ達が自立して生活出来るようになるまで鍛えるのがマサモリの目標である。
「城壁都市ラギドレットには私が行く!」
女エルフが名乗りをあげた。あれ以来鍛え続けているがラギドレットに潜入するにはまだ力不足だ。ハーフエルフ達がカメリアに急激に馴染んだのとは逆に女エルフは全く馴染んでいない。結界がなければすぐに飛び出して行くだろう。
「ツリーマンと模擬戦をして一回でも勝てたら許可する」
「くっ、分かった。絶対に勝ってすぐにラギドレットへ向かうぞ!」
女エルフは何度も結界を破って外に出ようとしていたが失敗して結界に弾き返されて気絶していた。やっと無理だと悟って最近では比較的大人しくなっている。元々弓を使っていたそうで弓扱い方は良いのだが近接戦闘が下手すぎた。
特に女性は男性よりも肉体的に弱い場合が多い。それを補うのは強化魔法だが彼女は速さに傾けすぎていて純粋な肉体強化が下手だった。信頼できる前衛が居ればいいのだが近付かれると近接戦闘なりすぐ負けてしまうだろう。女エルフはハーフエルフと共に強化魔法から習い直す羽目になった。
「サーモ様ぁが魔人王になるべきです!」
モブ美がテーブルを叩きながら言った。
「そしてゆくゆくは超大陸全土を支配するのです! 超大陸は平和になりましたとさ。めでたしめでたし」
「戦ってはいないが竜人王は俺よりも強かった。まもとに戦ったら勝てない」
「まともな方法じゃなかったら?」
「とにかく無駄に敵は増やしたくない」
「サーモ様、周りは全て敵だぜ。味方も旗色が悪くなったら簡単に寝返って敵になる。生き残るには勝ち続けるしかない。俺はサーモ様がここだけで終わる男ではないと思っている。駄目だったら尻をまくって逃げればいい。俺はサーモ様についていくぜ!」
「そうだそうだ!」
「俺達が弱いからサーモ様が思う様に動けないんだ! くそっ!」
「俺達は結局足手まといなのかよ! 強くなりてえよ!」
「お前達は俺に魔人王になれというのか」
「俺ぁ、良く分からねえけどサーモ様が魔人王になった方が良いと思うんだ。いや、違う。サーモ様に魔人王になってほしいんだ! 上手く説明できねえけど、俺はサーモ様を王と呼びたいんだ」
「大勢が死ぬぞ」
「俺達は死んでた所をサーモ様に助けてもらったんだ。この恩を返したい。俺はサーモ様の為に何かしたいんだ!」
「別にカメリアを守ってくれるだけでいいんだけどな。魔人軍が敵になるよりも魔人王になった方が町を守る観点で考えると楽か……。分かった、魔人王になる」
超大陸には責任は存在しない。やりたいようにするのが超大陸流だ。マサモリは投げやりな気分で了承した。元々そういう思いをハーフエルフ達が持っているのは知っていた。しかし戦いに参加すれば誰かが死ぬ。マサモリは超大陸をかき回して死者を増やしたい訳ではなかった。
しかしマサモリが何もしなくても死者は出るし戦いは止まない。ならハーフエルフ達の望みを聞いてもいいかもしれない。というよりも力でねじ伏せた方が超大陸的には簡単で分かりやすく、容易なのだ。上から押さえつけた方が争いは少なくなる。なにか問題があったら煽ったモブ美に任せよう。
「やったぞ!」
「おおー!」
「サーモ様万歳!」
ハーフエルフとツリーマンが落ち着くのを待ってマサモリは発言した。
「ならば善は急げだ。襲われている農村へ向かう。最低限の食料を持って飛ぶぞ」
「「うおおお!」」