132
竜人族は広い領土を持っている。その力への渇望とは真逆に侵略戦争はしない。過ぎたる領土欲は他種族との戦争に結び付きかねないからだ。いくら竜人族と言えども超大陸全体を敵に回したら負けてしまう。
エルフも侵略戦争をしなかった。森を出る者も居たが基本的には大人しい部類に入る種族だった。しかしエルフは木を大事にするという理念から身を滅ぼした。特にドワーフと衝突したのがエルフの運の尽きだったと後々分かった。
竜人は知性も高かったのでエルフの失敗から多くを学んだ。竜人も個々の能力は高いが人口が少ない。一旦人口が減りでもしたら元の状態に回復できるかも危うい。エルフの様に負けて奴隷種族として扱われる事は絶対に避けなければならないのだ。
だから上級竜人は不用意に戦わない。しかし中級、下級竜人は生活の為に傭兵になる。中級竜人でも竜人族を除いた超大陸の中では最強の戦士である。彼らが竜人郷では中位だと分かると竜人郷に攻め入ろうだなんて考える者は居なくなった。
こうして竜人族は安定した統治を成しえた。それには竜人族の寿命の長さも関係している。優れた者が竜人王になれば数百年の安泰が保証されると言える。だからこそ竜人王は次の竜人王について熟考しなければならない。
竜人王は世襲制ではない。良い意味で弱肉強食なのだ。能力の低い者が王になると種族が滅びかねない。上級竜人同士が何度も戦い、知を競う。そうやって上級竜人と竜人王に認められた者が次の竜人王になる。それでも一番の決め手となるのは強さだ。
マナスはシュドラの付き人だった。付き人を求めているのは上級竜人なので付き人候補になるだけでも厳しい競争に勝たなければならない。付き人候補は竜人族以外の種族から選ばれ、若く有能で才能がある者だけがその栄誉にあずかる。
付き人は各々の種族の最高峰の人材だ。そうなると優れた付き人を得るのはかなり困難なのである。それを解決するのに名家制度が生まれた。各種族が付き人なる若者を育成して繋がりのある上級竜人の付き人にする。
そこで問題となってくるのは竜人族の子供の少なさだ。いくら有能な人材を育て上げても仕える主が居なければ片手落ちになってしまう。そこで横の繋がりが重要になってくる。名家は普段付き人を送り出している竜人族に主となる竜人の斡旋を頼んだ。
竜人族の方も子供には出来るだけ有能な人材を付けたい。そこで両者の利害が一致した。ただその流れが進んでいくと縦と横の繋がりが強くなりすぎて新参者には厳しい状態になった。ライムの息子は多くの上級竜人達の手配によりすぐに集まった。
誰もがライムの息子に期待していたからだ。ライムは息子の付き人は自分で選びたいという思いがあった。しかし懐が広かったので笑顔で送られてきた付き人を受け入れた。一気に暇になってしまったライムは、名家からではなく市井の人の中から優秀な人を選んでシュドラの付き人として抜擢した。その中にはもちろんマナスが居た。
様々な事情で優秀なのだが付き人候補になれなかった人材がシュドラの元に集まった。名家は名家で階級制度のようなものがあり、優秀でもそこから零れ落ちてしまう者が出てくる。そういった人材をライムが拾い集めたのだ。
シュドラは十五歳になると竜化出来るようになった。竜化は竜人族の象徴と言っても過言ではない。竜化出来ない者は一生できないと言われているのでピュルムもライムも喜んだ。
ライムの息子は十四歳で竜化出来るようになった。他の上級竜人に比べても圧倒的な速さだった。ライムや竜人王ラスターはもう少し早かったが二人の若者の竜化は竜人郷で盛大に祝福された。
シュドラは竜化できるようになって竜人族の階級差について実感するようになった。上級竜人族は鍛錬を積めば竜に変身できる。中級竜人でも竜になれる者は居るのだが少数である。そして下級と中級の間には竜化出来るか否かの壁がある。
下級竜人と呼ばれている竜人は竜化出来ない。上級竜人から言わせると、竜化出来ない竜人は竜人に非ずという事らしい。中級と上級の差は鱗や属性、特性から来る差だ。中級竜人でも竜化が出来れば真の竜人族と認められる。
竜化して戦う場合にはより高位の特性を持つ上級竜人が圧倒的に有利だ。竜化すると人の様に器用には戦えなくなる。攻撃力と防御力は大幅に増えるが器用さと、回避力は下がってしまう。
シュドラは真の竜人族の証である竜化を体得したが決して慢心しなかった。逆に竜化する事で己の状況が非常に厳しい事を自覚した。人形状の場合は様々な工夫が出来た。しかしドラゴンになると、人形態の器用さを失う。
するとドラゴン自身の性能勝負になってしまいがちになる。そうなると鱗の硬さや爪の鋭さ、属性の相性等がより重要になってくる。人形態から竜形態に移行すると、とにかく死ににくくなる。鱗で防御力が上がり、爪や牙で攻撃力が上がる。
再生力も段違いだ。同じ実力の二人が片方が人形態で、もう一人が竜形態で戦ったとすると人形態の方は竜形態の相手に致命傷を与えるのは非常に難しい。それ程までに竜化は強力なのだ。
ドラゴンになった時の戦う技術は竜闘術と呼ばれている。竜闘術では性能で劣る者が上回る者に勝つのは非常に困難だ。体の性能で劣るシュドラは竜闘術を研究し、発展させなければ自分の未来は無いと思っていた。
竜闘術は優れているがその性質上、格上の相手に対する戦い方が手薄になっている。ドラゴンになってしまえば自分より強い相手などほとんどいない。だから自分より格下の相手を大勢相手にした時の戦いを想定して作られている。
一族毎に自分と同じ竜形状の相手と戦う秘伝の技がある。しかしシュドラがそれを得られるかと言うと難しい所だった。竜人王に技を伝授されるとしてもライムの息子の方になるだろう。シュドラはこれからの自分の進退を考えてライムに武術の教師を探してもらった。
それで見つかったのがゾグルだ。ゾグルは牛人でその優れた筋力から繰り出される技は敵の強固な守りを無視して内部に衝撃を与える。シュドラはその技術を欲した。格上のドラゴンは鱗自体が硬く、鱗の硬度が劣っているドラゴンは圧倒的に不利だ。
最初から着ている鎧に差があるのに加えて、鱗が硬いドラゴンは爪だって硬い。攻防ともに劣るドラゴンが格上のドラゴンに勝つのは困難だ。その差を埋める為の技をシュドラは求めていた。
ゾグルの技術は人形態の技ではあるが技の原理が分かればドラゴン形態でも使える可能性がある。シュドラはゾグルに鎧通しの技術を教わった。人形態での戦いでは使えるようになったが竜形態で使うにはまだまだ未熟であった。
シュドラが地道に鍛錬をしていく中、突然事態は急変した。