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「ゴミめが」
「なぜ殺した!」
「使用人とは違って、そのゴミはお前を裏切っていたのだぞ。お前もそれを知っていたのだろう?」
「まだ裏切ってなかった! 殺すまでもなかったはずだ!」
「ふん! 甘すぎる。弱すぎる。愚かすぎる。所詮、端女の産んだ子か」
「貴様ぁ!」
シュドラは咆哮すると体の魔力を爆発させた。するとシュドラの体は内部から膨れ上がり、全身がドラゴンへと変わっていった。シュドラが変身した十メートル級のドラゴンは全身から炎が立ち昇っている。
マナスとゾグルは半分以上破壊されたマサモリの体に駆け寄った。そしてシュドラから離れて結界を展開した。シュドラは全身から魔力を開放させて強化魔法を纏い、光のドラゴンへと襲い掛かった。
光のドラゴンは息を吸い込むと輝くブレスを放った。シュドラはブレスを回避しようとしたが圧倒的な視界を埋め尽くす光に回避は不可能だった。光のブレスは氷山に当たると乱反射してシュドラを襲った。離れていたマナスの結界は破壊され、ゾグルがマナスを守る為に盾となった。
地に叩き付けられたシュドラの鱗は輝くブレスによって簡単に溶かされた。シュドラはお返しとばかりにブレスを放つ。しかし光のドラゴンのブレスはシュドラのブレスをかき消し、勢いそのままにシュドラを焼いた。
「脆弱」
光のドラゴンはシュドラに近づいて巨大な尻尾を振った。シュドラは回避する事も出来ずに氷山に叩き付けられた。骨が折れる嫌な音が鳴り響いた。砕けた骨はすぐに治るが痛みは残る。シュドラは全身に走る痛みを無視して再び光のドラゴンへ挑みかかった。
光のドラゴンは余裕の表情でシュドラを待ち構えた。シュドラが全身の力を顎に籠めて噛み付こうとした。光のドラゴンが同じように大顎を開けて迎え撃つ。マナスがシュドラの攻撃に合わせてシュドラを結界で包み込んだ。
いとも簡単に結界は破壊されて光のドラゴンはシュドラの首元に噛み付いた。そして凍り付いた大地に何度も叩き付けた。叩き付けられる度にシュドラの体が軋んだが体内の魔力を消費して傷はすぐに癒された。
しかし首元に噛み付かれると抵抗するのが非常に困難だ。特に体格で負けるシュドラは足掻いても足掻いても拘束から抜け出せない。しかし光のドラゴンは途中でシュドラを叩き付けるのを止めて氷山に投げ飛ばした。
「お前の企みはお見通しだ」
光のドラゴンはそう言うと光の結界を展開した。そしてすぐに解除した。光のドラゴンを中心とした光の柱が徐々に広がり、氷山で囲まれた空間を埋め尽くした。
「お前の疫病もこれでかき消された。お前の魔物化特性など当の昔に判明済みだ」
「くっ」
「魔物化して手に入れた力がこの程度とは……。しかもその特性は邪道極まりないものだ。所詮は下民か」
「おおおお!」
シュドラは火の結界を展開した。火からは紫の煙が立ち上っている。シュドラが光のドラゴンに前脚で斬りつけた。しかし光のドラゴンは結界も張らずにシュドラに反撃した。シュドラの結界が壊され、前脚の強固な爪がいとも容易く破壊された。それでもシュドラは怯まずに光のドラゴンへと挑みかかった。
竜人族は人に近い種族の中では最強の存在である。竜人族を最強たらしめているのは竜に変身する能力だ。修練を積んだ竜人族は竜に変身できる。変身する前ですら、ほぼすべての能力が他種族を上回っている。
弱点と言えば、エルフと同じで子供が生まれにくいという点くらいだ。エルフがハーフエルフに活路を見出した時、竜人族は人口管理に力を注いだ。半竜人と呼ばれる他種族との混血児は竜人族の中では余り好まれなかった。竜に変身できてこその竜人族という考えが竜人族全体に根深く巣食っていたからだ。
竜人族の社会は階級制度によって成り立っている。それは竜人族の性質から来ている。竜人族と一言に言ってもその内訳は様々である。火属性を持つ者、鱗が硬い者、爪が異常に発達した者。そしてドラゴンの強さの根源にあるのは鱗の硬さ、牙、爪の鋭さである。それらは子供に遺伝する。
するとより強い子供を残す為に強い特性を持つ家系同士の交配が進んだ。交配が進むと竜人族の中でも明らかな強さの差が生まれるようになった。それが階級制度の始まりであった。
上級竜人、中級竜人、下級竜人といった具合に階級が分けられると歪な婚姻が急増した。誰もが上級竜人の血を求めたからだ。上級竜人の男には数多の妾が集まり、下級竜人の男は結婚できなくなった。
人口管理政策はより強い血を残す事のみに重点が置かれていたのでその流れを後押しした。上級竜人の男と下級竜人の女からは中級竜人に匹敵する子供が多く生まれた。稀に上級竜人並の子供が生まれ、下級竜人並の子供はほとんど生まれなくなった。
竜人族の上層部はこの結果に歓喜した。下級竜人の男は消耗品として利用されて同じ竜人族から嫁を取る事も出来なくなった。竜人郷の制度に嫌気が刺した下級竜人の男の多くが郷を捨てた。
上級竜人同士の交配を進めていくと上級竜人は更なる力を手に入れた。鱗は強固になり、牙は鋭さを増した。魔力も増え、竜人族は名実共に超大陸の最強種族となった。
血の濃縮が進むと強い個体が生まれる反面、欠陥を持つ個体も生まれる。それを防ぐ為に積極的に下級、中級竜人の女を上級竜人にあてがった。下級竜人族の男を除外すれば竜人族の人口管理は成功したと言えよう。
時間を経る毎に竜人の個体の強さが増した。その結果、中級竜人が下級竜人として扱われるようになった。竜人族は自分の地位を守る為に男も女も貪欲に力を求めている。
シュドラは下級竜人の母と竜人王の父、レックス・ラスター・ルベールの息子である。下級竜人族の母、ピュルム・ルベールは本来なら竜人王の妾になるのすら難しい立場であった。ピュルムの一族は代々病弱だったので、他の下級竜人の様に郷を捨てて外へ出られなかった。
そんなシュドラの母が何故竜人王の妾になれたのか。それはひとえに現在のウーク・ライム・ルベールからの推薦が合ったからだ。ライムは上級竜人の中でも上位の一族であった。若い頃から実力もあり、聡明だったので発言力も高かった。