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「毒だ!」
マサモリが叫んで風魔法で周りの空気を吹き飛ばした。
「はああああ!」
マナスが周囲に満遍なく電撃を放った。すると大穴の外に気配が現われた。突然現れた敵に周囲の魔物達が襲い掛かった。
「マナス、ラギドレットからの妨害もあるぞ! 気を付けろ!」
「チッ!!!」
マサモリがそう言うとマナスが盛大に舌打ちをした。大穴は毒を撒くには最高の立地だ。毒を大穴の外から流し込めば危険地帯に近づきすぎる事も無く、大穴で戦っているマサモリ達とベヒモスに攻撃できる。
特に遅効性の毒は危険だ。即効性の毒なら即死しなければすぐに気が付いて対処できるが遅効性だと気が付きにくい。能力が下がり続ける状況で戦い続けなければならない。毒による攻撃よりも、身体能力が低下してベヒモスの攻撃を受ける方が致命的だ。
マサモリは石包丁を埋め込んでいない、もう一方の片手を無数の枝にしてベヒモスへ纏わりつかせた。ベヒモスの動きを止めるまでの力はないが動きを阻害する程度の効果はある。狭い環境はマサモリの妨害と相性が良かった。
思う様に動けないベヒモスは怒りで攻撃が次第に雑になってきた。シュドラに焼かれた傷口は消える事無く、ベヒモスの体を焼き続けている。だがそれにベヒモスが気が付いた時には既に体中に炎が広がっていた。
ベヒモスはシュドラを最優先抹殺対象と決めた。多少の被弾は気にせずにシュドラに近づき、顎を大きく開けて噛み付いた。マナスが最硬度の結界を展開し、ゾグルはその機会を逃す事無く、ベヒモスの顎へさすまたを捻じりこんだ。ゾグルのさすまたが歪み、マナスの結界が壊れた。そこへシュドラが魔力を溜め込んだ両手剣を全力で突き入れた。
マサモリは妨害用の片腕でベヒモスを包み込み、腕を切り離した。シュドラが突き入れた両手剣に全力で魔力を注ぎこむ。ベヒモスの体内でシュドラの魔力が暴れ回った。マサモリの切り離した木腕もシュドラの魔力と同調して爆発した。
四人は爆風で吹き飛ばされた。それと同時に地に満ちていたベヒモスの魔力が消えた。眷属化された魔物や魔物人が灰になって崩れ落ちた。城壁都市ラギドレットを掴んでいた泥の手もただの泥になった。
四人はすぐさまベヒモスの元へ駆けつけた。そこには炭化したベヒモスが残されていた。ベヒモスの体の所々がオレンジ色に燃えている。
「殺ったな」
「ぐはは、手強かったな。やはり戦いは良い。目が覚める気持ちだ」
「はぁ、さっさと逃げるよ」
「折角だから喰っておこう」
マサモリは樹になった腕を伸ばしてベヒモスの体を包み込んだ。
「あちっ、熱いなこれ」
マサモリの樹の手にオレンジ色の炎が移った。しかし炎などお構いなしにベヒモスを手で握りつぶした。樹の手に移った炎は消えなかったがベヒモスの炭は吸収できた。
「思ったより栄養が無いな」
マサモリが手に着いた炎を払う様に動かしたが中々消えなかった。マサモリは魔石を齧り、それと同時に樹になった腕に魔石を何個も突き刺した。
「ぐはは、サーモのやる事は面白いな」
「とにかく逃げるわよ、ほら!」
「魔石砲弾だ!」
マサモリは両手を地面に突き入れ、マナスが反射的に結界を張った。
城壁都市ラギドレットから騎兵部隊、魔法部隊、大蜥蜴に引かれた大砲、数人の亜人によって担がれた大砲が続々と吐き出されている。沼地と化した地面は全て凍りつき、部隊が前進している。
大砲が大穴を射程に捕らえると部隊は移動を止めて一斉に大砲を放った。城壁都市ラギドレットでもベヒモスの死は把握している。だがベヒモスを倒せる敵がいるなら弱っているであろう今殺すしかない。
大穴が深かったお陰で魔石砲弾の直撃は避けられた。マサモリ達は地下を西に向かって掘り進んでいる。周囲が沼地になっているので簡単に掘り進められる。時々マサモリが風魔法を使った。
「なんで風魔法を使うのよ」
「あー、都市の近くは色々な物が捨てられていて空気に毒が混じる事がある。それに大穴に追加で毒を流し込まれているかもしれないだろ」
「そ、そう……」
「あー、掘り進んでるがバレてるな。騎兵が近付いている。マナス、結界」
「命令しないで!」
マナスが結界を張った。掘る手を止めて地上の様子を窺う。地上で魔力を練る気配を感じるとマサモリ達の頭上で大爆発が起こった。マサモリ達は頭上から来る攻撃に合わせて結界を支えた。結界に守れた範囲以外の大地が消し飛ばされた。
「仕方ない。戦うぞ」
四人は地上に飛び出した。すると全方向から攻撃が放たれた。マサモリ達は結界越しに攻撃を相殺した。そしてマサモリは樹木化した手で辺りを薙ぎ払った。シュドラは火で、マナスは雷で応戦する。三人の攻撃で倒しきれなかった者にゾグルが襲い掛かった。
万全だったら時間がかかったかもしれないが城壁都市ラギドレットの兵は満身創痍だった。お陰で鎧袖一触で彼らを蹴散らせた。しかし周囲から騎兵が集まってくる足音が聞こえた。
「別に逃げなくてもいいか……」
「そうだな。相手は疲れ切っている。これはチャンスか! それにまだまだ暴れたりないぜ!」
「シュドラ様が言うならそれでいいかと」
「こっちの領域にベヒモスを誘導しようとしてきたのはこいつらだしな。そんな事よりみんな魔石持ってない?」
「ないな」
「魔石なんて持ってないぞ!」
「私の分をあげる訳ないでしょ!」
「足りるかなー。無くなったら一人で逃げるからな」
「その時には引こう」
「了解だ」
「ふん! 臆病者め!」
騎兵隊が結界を展開して突撃してくる。マサモリが吸魔石を撃ち出した。騎兵隊の結界があっけなく消えた。そこへゾグルを先頭にしてマサモリ達が正面からぶつかった。
シュドラは両手剣を、マナスは雷を、マサモリは巨木化した腕を、ゾグルがさすまたを騎兵隊に叩き付けた。結界を失った騎兵隊はマナスの結界を破れずに正面から吹き飛ばされた。そこへ追撃を行う。その様子を見ていた残りの騎兵隊は素早く城壁都市へ踵を返した。