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建物が吹き飛ばされ、木材や石材が空に舞う。ベヒモスは最外殻部の城壁まで吹き飛ばされた。体表は傷付いたものの体力は衰えていない。ベヒモスは怒りの咆哮をあげて水弾を放った。何度目かの水弾に城壁を守る兵達もしっかりタイミングを合わせられるようになった。
再びベヒモスは唸り声をあげながら新たな城門へと突き進んだ。結界とベヒモスが衝突すると城壁から魔法と魔石砲弾が放たれた。ベヒモスの突進は防がれる所か逆に弾き返された。
すると突然城門が開いた。中から武器を持った亜人が大量に飛び出してきた。ベヒモスは蠅を払う様に人々を薙ぎ払おうとしたがちょこまかと動いて中々当たらない。亜人部隊はベヒモスの後ろ側に回り込んで城壁側と挟み撃ちの形を作った。
亜人部隊の攻撃など、ベヒモスにとっては擦り傷のようなものだ。しかし突進するスペースを封じられた上に城壁からは絶え間なく魔法や魔石砲弾が降り注いでいる。亜人部隊は常に結界を張っていて、ベヒモスの攻撃で結界は壊せるのだが致命打には程遠い。
ベヒモスは怒り狂い、地面を強く踏み込んだ。すると黒い結界がベヒモスを包み込んだ。亜人部隊が結界を纏いながら同時に攻撃してくる。しかしベヒモスが前脚を振るうとベヒモスの黒い結界と亜人の結界がぶつかった。
亜人部隊の結界は簡単に引き裂かれて中の亜人達に大きな損害を与えた。後ろから放たれる魔石砲弾もベヒモスの黒い結界を破るには破壊力が足りない。ベヒモスは勝ち誇ったように歓喜の奇声をあげた。
亜人部隊は損害を受けると負傷者を回収してすぐさま城門へ戻った。邪魔する者が居なくなったベヒモスは少し下がって助走をつけて城門の結界へ突進した。魔法や魔石砲弾がベヒモスの突進に合わせて攻撃を放った。しかし黒い結界を纏ったベヒモスを止める事は出来ない。
結界同士のぶつかり合いはベヒモス側に軍配が上がった。都市の結界が徐々に歪んでくる。すると再び城門が開かれた。先程の亜人部隊とは違い、今度は全身鎧の騎士部隊が体当たりをしているベヒモスへと斬りかかった。
騎士部隊の攻撃によってベヒモスの動きが止まり結界が徐々に押し戻された。しかし暫くすると再びベヒモスが押し返してきた。すると騎士部隊は簡単に諦めて城内に戻っていった。城門が閉じられると装填を終えた大砲と魔力を練り込んだ魔法使いが一斉に攻撃を加えた。
ベヒモスは一斉攻撃を受けて吹き飛ばされた。
マサモリはこの戦いを見て、魔人軍が勝てる訳ないじゃんと思った。数年真面目に鍛えてもここまでの練度には辿り付かないだろう。もし、ベヒモスの侵攻に合わせて都市の攻略に成功したとしても魔物化したラギドレットの兵士達に一瞬で下剋上されそうな予感がする。
シュドラやゾグル、マナスは確かに強いが、ラギドレットの兵士達の戦いっぷりを見ると勝ち目は薄いかもしれない。だがもし運良く上手く取り込む事が出来たら、心強い味方になるだろう。
今の侵攻状況ではエルフが居る都市中心部に潜り込む余地が全くない。しかし懸命に戦うラギドレットの兵士を見るとつい応援したくなった。
ベヒモスはすぐに立ち上がった。しかし額からは無色透明の血液が滴り落ちている。ベヒモスは低く唸った後に目の前にある西側の城門を諦めて時計回りに北へ向かった。
城壁都市ラギドレットは強固な城壁が円形に建ち並び、それが五重構造になっている。城門は東西南北に四か所ある。ベヒモスは西門へ攻撃していたが何を思ったか時計回りに北へと向かった。
大砲は等間隔に並んでいるので城壁内のどこにいても対処可能だ。ベヒモスは円形の城壁内を走り回りながら先程より弱い水弾を打ち続けた。威力は減っているが動き回っているので大砲も有効打が与えられない。
ベヒモスは城壁内を水弾を打ちながら一周した。そして再び同じように城壁内を駆け巡った。水弾が小分けに撃たれると迎撃する方も攻撃に合わせて相殺が難しい。魔石砲弾の装填には時間がかかるのでどうしても迎撃できないタイミングが生じてしまう。
徐々にではあるがラギドレットの結界は削られていった。ただベヒモスの方も無事では済まされなかった。何度も魔石砲弾を受けて体中からは透明な血液が滴り落ちている。ベヒモスは貪欲に樹や逃げ遅れた住民を喰らった。
体の傷は少しずつ回復していっているがその回復速度にも衰えが見え始めている。魔法を打ちすぎたせいだろう。ベヒモスが城壁内で暴れ回って西門へ到達した。
するとベヒモスは突然足を止めた。ベヒモスの視線の先には大蜥蜴に跨った人と大蜥蜴の尻尾に縛り付けられた人がいた。尻尾に縛られた人間は袋に入れられているので遠目からでは判断が付かないが高い魔力を有している。
魔法を乱発していたベヒモスにとって尻尾に縛り付けられた人から感じられる魔力は最高の御馳走に見えた。ベヒモスは一直線に大蜥蜴へと向かった。大蜥蜴はすぐさま西へ逃げた。ベヒモスは誘導に引っかかり城壁都市ラギドレットから出た。
その様子を見て、マサモリは疑問に思った。ベヒモスを誘導するのは良いが大蜥蜴では速度が遅すぎる。もっと大きい個体ならそれ相応の速度は出るのだが、今誘導している大蜥蜴は並の大きさだ。
大蜥蜴の利点はその走破性と運搬能力だ。大蜥蜴の体にしっかりと商品を括りつけておけば断崖絶壁でも登れる。訓練次第では天井に張り付いて走る事だって可能だ。
そこまでやるのはエルフの森位だろうがとにかく障害物が多い場所向けなのだ。その代わり速度は他の騎獣に劣る。ベヒモスをシュドラの支配領域まで誘導するには少し大きさが足りない。だがその理由がすぐに判明した。
大蜥蜴は尻尾に縛れた人間ごと、尻尾を切り離した。切り離された尻尾が生きているかのように跳ねる。すると尻尾の激しい動きで袋がずれて中の人が見えた。エルフだ。可能性は考慮していたが実際に見るとマサモリは心臓をわし掴みにされたような気持になった。
尻尾が跳ね続けて袋が剥がれ落ちた。エルフの腹は不自然に膨れ上がり血が止めどなく流れ出ている。腹に魔石を詰め込まれたのだろう。豊富な魔力の正体は腹に詰められた魔石だった。少し魔力を加えればすぐに爆発できるように魔石には魔力が過剰に籠められている。