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猜疑心と反抗心が瞳の奥で燻っていたクザームだったが魔法を教えていく過程でそれらは徐々に晴れて行った。完全には信用していないだろうが多少の信用は得たと言えよう。それほどまでに強化魔法を覚えるのは特別な事だったようだ。
クザームは生まれて初めて手に入れた戦う力に歓喜した。ナツメに教えた時にも大層喜んでいた。超大陸では力を得る事が本当に特別なものなのだとマサモリは理解を深めた。
クザームは自意識が目覚めた頃には既に奴隷だったそうだ。とにかく鞭で叩かれながら水魔法だけを教わった。他の魔法は絶対教えない。反乱防止の為だ。強化魔法の初期段階なら習わなくても魔力が使えれば覚える事が出来る。
しかしそれには集中が必要だ。ハーフエルフには常に監視が付いていて水魔法を使う時以外に魔力を使おうとすると鞭で叩かれる。監視が二十四時間ついていて、時には意味も無くクザームに鞭を振るった。
鞭で叩かれながら強化魔法を練習するのは実質不可能だった。魔法の習得に必要なのは集中だからだ。水魔法を習得するとは後は薬漬けにして意識を奪う。ハーフエルフ達は反撃する事も出来ず飼殺しにされている。
「強化魔法はある程度使えるようになったな。次は念動魔法だ。念動魔法は魔力を使って力場を作りだす魔法だ。簡単に言えば魔力の手を作り出す魔法だ」
「やってみる」
クザームは魔力を体の外に放出すると手の形を作ろうとした。しかし魔力は空気中に霧散した。
「やり方はそれでいい。後は密度と精度だ。魔法弾を打つ時の感覚で魔力を集めるんだ」
今度は先程よりも魔力の量が増えて魔力の密度が増した。
「そうだ。物に触れるには魔力の濃度、密度をとにかく高めるんだ。そしてその状態を維持し、思うがままに動かす」
男が魔力を手の形状に集めていく。次第に物理世界に影響が与えられるだけの魔力密度に達した。手を動かすと微かだが空気が動いた気配がした。
「おお、空気が動いた!」
「そうだ。それを安定して出来るようになれ。後は訓練あるのみだ」
そう言ってマサモリはその場を後にした。部屋に一人残されたクザームは肩を震わせた。
クザームは徐々にではあるが強化魔法と念動魔法を習得していった。
「ある程度義肢を使って物を持ったり歩いたり出来るようになったな。それでは次の段階へ進む」
「おう!」
「義肢を動かすのに、今は義肢全体を動かしている。普通はそれで終わるがそれでは足りない。今のままだと魔力の無駄が多いし、何より戦闘での細かい動きが出来ない。その問題を解決する為に義肢の動かし方を変える。体内の筋肉を意識して動かすんだ。義肢全体を覆っている魔力を収束させて魔力の筋肉を生み出せ」
「こ、こうか」
クザームは拙いながらも魔力を収束した。細い魔力の手足が形成された。
「それは骨の形状だ。しかし初めてにしては良く把握できていると言えるな。骨は筋肉を効率的に運用する柱、軸となっている。骨を包む物こそ筋肉なんだ。義肢を骨に見立てて細かい筋肉を魔法で作り出す。すると少ない魔力で数倍の力を再現できる。超大陸では念動魔法が余り使われていないのは制御に問題があるからだ」
「使ったとして武器を空中に浮かべて放つ程度だ。念動魔法は物の運動の極意を知っているのと知らないのでは制御、威力、魔力消費が雲泥の差となって現れる。理を学べ。強化魔法の身体能力向上と念動魔法で手足を作り出すのはほとんど一緒なんだ。まずは残っている手の筋肉を意識して捕らえ、反対の手にその筋肉と同じ形状の魔力の筋肉を形成しろ。最終的には義肢無しで骨と筋肉を魔力で再現するんだ」
「難しいな……」
そう言ったクザームであったがやる気が体中に満ち満ちていた。
ハーフエルフのリハビリを手伝っていたマサモリであったがシュドラの統治は着実に進んでいた。農地開拓のお陰で自分達が食べる分の食料が遂に確保できた。そうなると無理に町や村を落とす必要もなくなってくる。
支配領域を増やす為に戦い続けているのだがやっと地に足が付いた状態だ。次の手としてシュドラは食料を非感染者の町に売り始めた。食料が足りたのなら次に必要なのは金だ。金を稼ぐには商売をするか略奪しなければならない。そこでシュドラは商売を始める事にしたようだ。
マサモリは客観的に見ても売れないだろうなと思った。それは正解だった。商人達も魔物人が作った食べ物は怖くて購入しない。樹海の食料が余り出回らないのはしっかりとした解呪を出来る者がほとんどいないからだ。もし出来るとしても別の事に魔力を使った方が金になる。
最初は敬遠されていた魔物人が作った野菜だったが暫くすると状況が一変した。多くの村が破壊されて食料生産が一気に減ったからだ。食べ物がないのなら、なりふり構っていられない。
魔物人が作った野菜が飛ぶように売れた。野菜が売れると分かると、マサモリの農地開拓作業の回数が激増した。シュドラは恐ろしい事に略奪抜きでも金を生み出す仕組みを作り上げたのだ。
「今日はこれを付ける」
マサモリはクザームの欠損部位に骨の模型を付けさせた。骨と骨の間はゴムで接着されている。
「この骨を自分の物だと思い込むんだ。そしてしっかり記憶する。まず骨に強化魔法をかけて、次に筋肉代わりの念動魔法の糸を付け足す。聞いているだけだと分かりにくいからやってみろ」
既に手足を念動魔法で再現しているので必要のない訓練に見える。しかし、しっかりとした骨を基点に調整しなければ砂上の楼閣になってしまう。クザームに用意された骨の模型は彼の体格から導き出された彼の骨に最も近い形状だ。
クザームが骨の模型に強化魔法をかけた。そして筋肉代わりの念動魔法の糸を骨に沿って再現した。念動魔法で足や腕を動かすがまるでおもちゃのような動きだ。
「筋肉は糸の集合体だと自覚するんだ。糸の本数が少ない内は単純な動きしかできないが糸の本数が増えると精密な動きを再現できる。糸つり人形から人へと動きが変わっていく。足を動かすのではなくて筋を動かすんだ。足の動きを再現するのは非常に難しいからまずは手を中心にやるといい。」
指一本一本に念動魔法の糸を這わせていく。手の動きを再現するには簡単に見えて非常に難しい。クザームは筋肉の配列の仕方にまず悩んだ。迷うと無事な方の手を動かして筋肉の動きを見て体感する。
人の体が非常に良く考えられて作られているのが筋肉の配列を見ただけでも分かる。クザームは無言でひたすら訓練を続けた。長い水瓶生活のお陰というのもあれだが、魔力が増えていたので魔力を抑えて使用すれば思いの外、長時間訓練出来た。
クザームは当分の間、筋肉の配置に思いを悩ませるのだった。
見た事も無い体内の筋肉を再現するのは非常に困難な作業だ。しかしそれを再現できれば彼の手足は蘇るだろう。