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魔人軍にしたって非生産者を集めた集団だ。シュドラ以外の魔人軍は小さい村を轢き殺して食料を奪った。弱い所から手当たり次第奪うのは当たり前の事なのだ。
村人達は生け捕りにすれば奴隷として売れる。しかし戦いの熱狂に包まれた魔物は凶暴化し、村にいた農民を皆殺しにした。そして魔物達は彼らの死体を喰らった。人の味を占めた魔物はより一層人肉を求めるようになった。
超大陸ではタコが自分の足を食べるような行為が繰り返されている。魔人軍が村々を襲う様になると都市や町も村を襲う様になった。魔人軍に襲われるのなら自分が襲った方が良い、そう考えてだ。
食料生産を担っていた村が減ると当然食料も減る。しかし食料を生産するには奴隷村を作らなければならない。しかし村を作っても襲われる。ならある所から奪えば良いのだ。
魔物人は魔物化により力や魔力が上乗せされている。感染する前から強かった者は相性の良い魔物化を引いた場合、別次元の力を得る事になった。
だから魔人軍が生まれた当初でも、非感染者は同じく非感染者と争った。強いうえに今までとは違う戦い方をする敵よりも手の内が分かっている敵の方がやりやすい。
魔人軍が早期に討伐されなかったのはそういう事情もあるし、犠牲を出してまで魔人軍と戦おうとする気概のある者など皆無だった。それが魔人軍の進捗を助けた。
そして奪う所が減って強者のみが残った時、魔人軍は排除すべき敵だと強者達は理解した。結局は、砂漠の町で起こった戦いを再現する状況となった。戦場が煮詰まりつつあった。
「サーモ、お前の報酬は町だと言っていたが、どういった町を希望しているんだ?」
シュドラに呼ばれたマサモリはそう言えば詳しい話しはしていなかったなと思い出した。
「詳しくは話していなかったな。前回と同じになるが樹海沿いにある事、周りが安全である事が希望だ。町と言ったのは町の施設がそのまま使えると便利だったからだ。別に安全な所を指定さえしてくれれば建築物は魔法で作れる。ただ物資と工具は必要だ。樹海暮らしで力は得る事が最重要だった。合間の縫って知識も継承しているが、技術を伸ばしている余裕はなかった」
「なるほどな。既存の町を支配するのと、自分で新しい町を作るのとはどっちが良い?」
「技術者の派遣や物資の援助、後一番重要なのは結界石の調達か。それが得られるなら新しい町を作りたい。結界石は小さい物があるので、時間がかかっても良いのでしっかりした物が欲しい」
「わかった。援助を約束しよう。近くにうちとは別の魔人軍によって滅ぼされた町がある。略奪後だろうが燃やされていないのでそれなりに物資を補給できるだろう。とりあえずはそこで物資を調達するといい」
「了解した。候補地は?」
「三か所あるな。川に近い場所と川は遠いが交通の便が良い場所と特に何もない僻地だ」
「僻地にする」
「僻地にするのか? 近くに水源地は無いぞ」
「どうせ町を作るなら人が来ない場所が良い。住民の受け入れはしないぞ。住民はツリーマン一族のみだ。下手に他種族が混じると余計な諍いが増えるからな」
「はぁー、そうか。分かった。食料が輸送しやすい場所に作ってくれた方が良かったんだが……」
「俺達が自分で運ぶさ。それに空いているって事は土地に問題があるって事だ。農作物は期待するなよ。そもそもあれだけ開拓したんだからそれで十分だろ。何を企んでいる」
「何も企んでないさ」
「俺達は静かに暮らしたいだけだからな。変な事に巻き込むなよ」
「魔人軍に入っておいてその言い草か。ははっ、魔人王を前にして言う事じゃないな」
「そうだ、確認事項がある。物資回収時に他の魔人軍と接触した場合はどうすればいい?」
「争わないのが一番だが向こうから喧嘩を売ってきたら殺して良い」
「ほう、強気だな。他の魔人軍とは今後どうするつもりなんだ?」
「どうすべきだと思う?」
「相手の戦力次第だが今吸収しても足を引っ張るだけだ。誰かさんのお陰で食料生産は回復しているがな」
「おいおい、しっかり魔石は払っただろ」
「土いじりは性に合わない。くそっ、口を出すんじゃなかった。他の魔人王とはどうなんだ?」
「良い筈がない。みんな俺を含めて自分が一番に立ちたい連中だ。今は俺が一番強いからちょっかいを出してこないだけだ。力を得る為に魔物化を進めている奴も多い。大陸は荒れるばかりだ」
「魔人王で配下に入るような奴は居ないか。そうなると殺すしかないな」
「そうだな。もし、もしもだ。他の魔人軍を手あたり次第吸収したらどうなる?」
「時期尚早だな。取り込んだ所で使える駒はあるのか? はっきり言って雑兵を増やしても意味はないぞ。逆に損しかない。せっかく俺を呼ばないで軍全体の練度を上げたのにそれが台無しになる。それに食料にしても物資にしても運ぶと中抜きで大幅に目減りする。それでは食料配布の計算が出来ない。そして最後に信じられるのは個の力だ。大志を抱くならそれ相応の力を持つんだな」
「ふむ……。中々参考になる話しだった。魔石を払うから相談役として時々呼んでいいか?」
「おいおい、これ以上俺の仕事を増やすな。ゾグルは駄目だし、マナスは……駄目だな。人材の層が薄すぎる。マナスは優秀だが、融通が利かない。少数の有能な人材に仕事を任せていると一人欠けただけで組織が止まるぞ。まず四天王程度の強者を探せ。それに頭の良い奴が大量に必要だ。そいつらに任せたら物資は減るだろうが軍組織をお前達抜きでも回せるようになるだろう。中抜きの問題はお前がどうにかしろ」
「全く、やる気のない四天王だな」
「俺達に最も必要なのは鍛錬の時間だ。それとも、もっと野心がある奴の方が良かったか」
「それはそれで面倒だな」
「そういうことだ」
マナスは別作業をしながら使い魔を通して二人の会話を見ていた。
「クソがぁ!」
マナスが吠えた。マナスは丁度、農作業の監督中だった。作業していた魔物人はマナスの怒声を浴びて、金縛りになって固まった。そして恐る恐るマナスの顔色を窺った。
調子に乗りやがって、マナスはブツブツ言いながら爪を噛んだ。魔物人達はマナスに触れないように懸命に作業を続けた。作業員達は皆、生きた気がしなかったと後で語った。
マサモリはそんなマナスの反応を式神を通じて見ていた。思った通りの反応に、いたずらが成功した時のような面白おかしさを感じた。